第14話 ギブアンドテイク

 ――G組


 別名無法のクラス。

 その組は性格や素行の悪さから、他の七つの組に入れなかった者達が集った組だ。

 そこには義理や任侠、忠義と言ったものがなく、ただ互いの利益のためだけに手を組んでいる。


 そんなクラスをまとめているのが沖原組の子供、沖原大河だ。

 ヤミ金、詐欺、薬の売買で金を摂取し、紅蓮会に多額の献金をしているため、幹部という高い地位を得ている沖原組は、他の幹部の組からはあまりよく思われてはいない。しかしそうやってのし上がってきた組を見てきたからこそ、沖原大河はこのクラスの組員のまとめ方を知っていた。


 沖原は他の組ではご法度とされている、堅気への接触を許可し、組員たちに多大なる自由を与えた。

 ルールというルールはなく、ただ必要な時だけ従うというのがこの組の唯一のルールだ、もちろん、その指示に見合った功績を上げたものには報酬を与えている。


ギブアンドテイク


 これが沖原の信条でもあった。

 この制度に憧れてか、平松のようなそれなりに実力を持った生徒も少なからず集まってもいた。


 そしてそのG組の寮、組長が使用する部屋にG組若頭、平松は来ていた。


「あれから、一週間近くたつが、まだ動かねぇのか?」


 組長会議が終わってから数日、平松は沖原が未だに動きを見せないことに少しピリピリしていた。


「動く?なんのことだ?」

「とぼけんじゃねぇよ!!B組ぶっ潰すんだろ?ならちゃっちゃとやっとこうや」


 元々好戦的な平松としては戦いに飢えており、B組の新しい組長、四辻誠を見た時、恰好の獲物が来た、そう思っていた。

 だがそんな荒々しい態度の平松とはよそに沖原は静かにフフフと笑った。


「なあ?俺がいつB組と争うって言った?俺はむしろ力を貸してやろうとおもってんだぜ」

「なんだと⁉どういう事だ!」


 怒鳴り付ける平松に沖原は、ワイングラスを片手に余裕をみせる、そして沖原は知識を示すように自分の頭をつつく。


「相変わらず脳筋だなぁ、もう少し頭を使えよ。」


 はたからみればバカにした動きだが平松は特に何とも思っていない。自分に考える頭はないのは百も承知だったからだ。


「誰も『タダ』で助けるとは言ってないだろ?」


 その一言でようやく沖原の真意にき付く。


「なるほど!!守ってやる代わりに見返りを求めるって訳か!!」

「そういうことだ、B組には強い兵隊もいれば、いい女もいるからな、潰す前にいろいろと利用できるだろ?今の状況じゃ向こうは何を要求しても断れないからな。」

「じゃあ、あいつらとはやり合わねぇのか?ほっといたら停学中の奴らが復帰してきていろいろと厄介だぜ?。」

「復学時期は藤沢の奴に調べさせてある。復学直前に無理難題を要求して、そのまま争いに持っていくんだよ。」


全ての計画を聞いた平松も納得したのか荒々しく、そして豪快に笑った。


「ガハハ、そうか、そこまで考えていたのか、流石沖原だ。」


 平松の汚い笑い声と賛辞にも満足そうに沖原も笑う。


「世の中ギブアンドテイクさ、今は準備期間。調べる時間を与えて自分達がどれだけ危険な立場かを理解させるのさ。まあ、これは組長が脳筋の若田部のままだったら出来なかっただろうな」


 若田部なら、どんな状況でも屈しなかっただろう、それは組長としては無謀かもしれないが、弱みに付け込もうとする沖原ような男にはとかなり厄介な相手でもあった。

 しかしそこに気弱そうな、堅気の奴が組長に就任したのだ、これを逃す手はなかった。


「フン、なにが堅気の組長だ、平和な世界で暮らしていた、府抜けた輩にこの世界のトップが務まるかよ。」


そう言うと沖原は手に持っていたワイングラスを一気に飲み干す。そして不気味に笑った。


「まあ、これでようやくあいつが俺の物に……フフフ、B組……絞れるとこまでたっぷり絞り取ってやるぜ……」


 沖原は自分が考える未来を見据えて、獲物を狙う蛇のように舌を嘗めずりまわした。






――組長会議から五日


今日も何事もなく一日が終わろうとしている。

 あの日依頼、僕は夜、毎日会議室に集まっては偵察にいった飛葉さんと清川さんの定時報告を聞いているが、五日たった今日も大きな動きは全くないとのことだ。

 そして今日も異常なしとのこと。


「やっぱり僕の思い込みだったかな?」


 清川さんと二人っきりの会議室で僕は不安そうにつぶやく。

 所詮根拠のないものだから外れても仕方がない、だけどやはり間違ったことを教えたことになると罪悪感が出てくる。


「ん~どうだろうねー、調べたところで出てくるのはG組は恐喝とか親父狩りの話とか余り関係のない話ばかりだし、Fの方は新島が御堂澄香にこき使われてるとか、そんな話ばかり、B組の話題もたまに出てくるけど大体『そのうち潰れる』とか、『あそこはもう終わりだ』、とか小ばかにしてる話だしね。でもなんか京香は日に日に顔が険しくなっている気がするけど」


 清川さんの話じゃ、飛葉さんは何が掴んでるとも読み取れれば、なにも無かったことへの苛立ちにも読み取れる。

 どっちなのかはわかはないが、僕たちはただ飛葉さんが手に入れた情報から結論を導き出すのを待つことしかできなかった。


「ところで少し気になってたんだけど……」


 僕は前から気になってたことを清川さんに聞いてみる。


「偵察って何してるの?」


 そう、ずっと気になってたこと、それは偵察の仕方。 

 偵察と言えば敵の懐に潜り込み、探りを入れることだが、それをしようとすれば相手の縄張りに入らなければならない。

 見つかれば転校初日の二の舞になるからそれはないと思いつつ、なら何をしているのかが気になっていた。

 僕の質問で意図に気づいた清川さんは順を追って説明してくれる。


「ああ、そういうことね、偵察はクラスの様子を見たり会話を盗み聞いたりして情報を入手するんだけど、別に縄張りの中には入らないよ。主に食堂や購買といった共同施設の場所で気付かれないように近づいてこっそり見たり聞いたりするだけだよ。……まあ中にはクラスに盗聴器を仕掛けたりしてくるとこもあるけどね。」


 ――お隣さんか……


 もうその言葉でそれがどこのクラスのかがわかってしまう。


「でもそれなら他の人達でも出来たりしないの?皆でやった方が効率いいと思うんだけど」


 今働いているのは清川さんと飛葉さんだけでほとんどの人は待機中、使える人員はいるし、僕もじっとしているだけはそろそろ嫌になってきたところだ。

 しかしそう言うと清川さんはわかってないなぁと言わんばかりにチッチッチと舌を鳴らしながら、指を横に振って否定する。


「偵察はいかに目立たず、周りに溶けこめるかが重要なの、うちのクラスの人らじゃ濃すぎてすぐにバレちゃうよ。」


まあ、確かにうちのクラスの人は顔も知られている人も多いし目立つ。

その点、清川さんは他の人と違い目立たない。


 見た目も明るい茶髪のセミロングに巷で流行りの星の髪飾りを付けてるだけの、ごく普通の女子高生で、性格にも特に特徴がない。

 でも目立たないのなら他にも該当する人がいるのでは?


「横田君とか鷺沼さんとかは余り目立たないと思うけど。」

「その二人ならアリだけど今はツーマンセルのルールだからね、横田には青山と言う爆弾抱えてるし、英子に関してはアヤメがかなり目立つでしょ?」


 そう言われると言い返せない。

 青山くんはこの二週間でもよくわかるくらいアレだし、百瀬さんは女性ながら身長が百七十を超えていて、更に顔だちもかなり良く、人ごみの中でも一際目立つ。

 ……それに最近の百瀬さんは少し様子がおかしいところもある。


「じゃあ、やっぱり飛葉さんと清川さんじゃないと無理なのか……」

「そゆことー、適材適所だよ。皆には他のところで働いてもらうよ。」

「それにセナしかできないこともあるしね。」


 話に割り込んで来た声の方向を見ると飛葉さんがこちらに歩いてきた。


「あ、京香、なんかわかったの?てか顔色悪くない?」

「まあ、いろいろとね……恐喝、おやじ狩り、合法ドラッグ……情報を集めれば集めるほどヘドが出そうよ。」


 手元に情報をまとめてあると思われる資料を見直して少し青ざめている。

 僕はすぐさま話を変えることにする。


「ところで飛葉さん、さっきの清川さんじゃないとダメってのは?」

「え?ああ、その子、異常に記憶力がいいのよ、いわゆる瞬間記憶能力ってやつ?多分この学校の全生徒のクラスと名前と顔、覚えてるわよ。」


――……全然普通じゃないじゃん


見えないだけでこの人も普通じゃなかった。


「会話の内容もばっちり覚えてくれるし、話に出てくる人物についてもすぐにわかるし、かなり偵察としては有能なのよ」

「適材適所だね。」


そういうと清川さんはニコッと微笑む。


――見た目はただの可愛らしい女子なのに……


ここの人はそんな人ばかりだ。


「ところで組長、ちょっといい?」


 飛葉さんが清川さんに話を聞かれたくないのか少し距離をとって僕だけを手招きする。


「まだ確信じゃないから大きな声では言えないけど、もし私の予想が当たってるなら状況はかなり最悪だわ」

「かなり最悪?」

「そう、もしかしたら組長には苦渋の選択を迫るかもしれないわ、今はまだ言えないけど……それだけは覚悟しておいて。」


 そう言うと飛葉さんは無理やり明るく古振る舞うように、清川さんに話しかけていた。


――苦渋の選択……


 飛葉さんが顔色を変えてしまうほどの最悪な状況と迫られる選択……

 それがなんなのか何の情報を持っていなかった今の僕にはわかるわけがなかった……

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