第15話 自分だけの武器

転校してから二回目の日曜日。

今日僕は片道二時間かけて一番近くの町に訪れていた。


 飛葉さんに言われた苦渋の選択……

 それについて深く考えすぎたのが顔に出ていたのか皆に、少し疲れを心配された僕は、気分転換に街に行くことを勧められた。


 目的は特にないけど、横田君がやたら勧めてくる魔女っ娘ヤクザ柴木ちゃんというビデオでも借りようと近くのビデオショップに向かっていた


――そんなの人気がるのだろうか?


 横田君が言うには変身時に全裸になる際に見れる刺青がエロカッコいいとのこと。

 ぶっちゃけそこまで興味は持てなかったが、三羽烏に勧められた、炊き込み戦隊スイハンジャーと言うなんとも魅力のない名前の戦隊モノよりはマシだろうと思い借りることにした。


―― 一応保険で魔女っ娘知恵も借りておこう。


 そう思い、ビデオショップに行くと真っ先に魔女っ娘知恵のDVDを借りるとシバキちゃんのコーナーへと向かった。


――……ほとんどレンタルされてる


 柴木ちゃんコーナーで、中身が空の入れ物が固まる場所で一人たたずむ。


――そんなに人気なのか?


 1話完結型のストーリーみたいで、普段は一巻から見ていくタイプなのだが、これだけ人気だと途中からでもいいから見たくなる。

 僕は空いてるDVDを手に取る。


「あっ……」


 BDを手に取ろうとすると逆の方向から伸びてきた手と触れ合ってしまった。


「あ、ご、ゴメンナサイ」


 まるで恋愛漫画のようなシチュエーションにテンパり顔を見ずに思わず頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ」


 聞こえてきたのは優しげな男性の声だった。


――男


 相手が男性だったのが分かり少し安心した。


……はずだった。

 だが僕の身体は緊張で、異常なくらいの汗がにじみ出ていた。何故なら僕はその声を聴いたことがあった。


「おや、あなた……」


 顔を上げて相手を見てみる、それは自分のよく知る人物だった。


 「くっ九条君⁉」


 今一番会いたくない相手、そしてそこに割り込むように見たくもない、うさ耳女子が現れた。


「九条様~どうかしましたか~、……あ、全裸土下座」


――最悪のツーショットに出会った


 僕はすぐさまこの場からの離脱を考える。


「あははは、九条君もそういうの見るんだね、じゃあ、僕はこれで」


 そう言ってすぐさま二人に背を向け、出口へと走り出す。


「宇佐美君」

「はぁい、九条様」


 僕が走り出したおよそ三秒後、すぐさま背中の襟を少女の手がつかみ

そのまま流れでコブラツイストをかけられる。


「いだ、いだだだ」


 女子に絡みつかれるのは悪い気はしないが相手が相手だけに余韻に浸ってる余裕なんてなかった。


「どうして逃げるのです?せっかく、校舎外で会ったんです、もっとゆっくり話をしませんか?」


 校則では郊外での怪我は停学にはならない。九条君に敵意がないのも分かるけど体が全力で拒否反応を起こしている。


「うわ、こいつめっちゃ汗かいてる」


 そう言って嫌な顔をしながらも離れないのはさすがのプロ根性だ。


「そうですね、近くに喫茶店があるのでそこでお話しませんか?いろいろ聞いてみたいですよ堅気の人から見たこちらの話をを……」

「もちろん行くよね?」


 締め付けがきつくなっていく。

 この状況に観念した僕は九条君に従うしかなかった。




――街にあるとある喫茶店


「どうです?ここのコーヒーは結構いけるでしょう?」

「え?う、うん」


――なんでこんなことに……


 学校の事で悩み、気分転換で街に繰り出したのにその学校で対立している人とお茶してたら意味がない。

 僕は平常なふりをするも、ガチガチな動きでコーヒーを飲む。


「どうですか?学校には馴染めましたか?」

「う、うん。馴染めた方だと思う。」

「それは良かった。まあ、本来ならこんな学校に馴染めてはいけないんですけどね。やはり貴方はそれなりにこちら側なところがありますね。」


 そう言ってコーヒーに飲みながクククと笑う九条くんに僕も精一杯不自然な笑いで返す。


「しかし、そう固くならなくても大丈夫ですよ、C組はしばらくB組には手を出しませんから」

「えぇ!?」


 静かな喫茶店で、高い声が、店の中で響く。

 元々そう思っていたけど本人自らこうも公言されるとやはり驚く、ただ一番驚いて、声をあげたのは九条君の隣に座る宇佐美さんだった。


「私はねぇ、楽しいことが好きなんですよ、こんな学校でも私たちには最後の学園生活、楽しく過ごしたいじゃないですか」


 まるで今まで争っていた相手とは別人のように穏やかに語る九条くん。話だけ聞けば普通の人だが、実際やってる事は普通ではない。


「じゃあ、その……B組を潰そうとしたのも楽しいから?」

「いえ、あれは単純に若田部か嫌いなだけです。」


 先ほどの穏やかな口調から冷めたトーンへと変わる。


「あいつは義理や任侠を思想に掲げ、仲間のためと言って動いているが、あんなのは義理でも任侠でもなんでもない、ただ単純に自分が気に入らないから暴れるだけ、ただの自己満足。あんな奴が義理と任侠を語るのは、はっきり言って反吐が出ます。」


 少し苛立ちながら九条くんがそう吐き捨てる。そう語る九条君の姿は今までの冷徹な九条くんの印象を変えてしまうほどだった。


「あなたの時だって、本当に義理を掲げているならあんな結果にはなりませんよ。そしてあいつがトップから降りた以上私にB組を狙う理由はありません。それだけです。」


 説明し終わるとすると、再び元の冷静な態度に戻るとコーヒーを口にれる。


 つまり、今までB組を狙っていたのは若田部くんがトップにいることが気に入らなかったから。

 ならば僕が組長になっても気に入らなかったら争うことになる可能性だって十分あると言うことだ。


――ならば聞いておかないと……


 僕は少し声を震わせながら質問した。


「そ、その、ぼ、僕は大丈夫なの?」


 はっきり言って、僕が九条君に対して、土下座したり、嫌味を言ったりとあまりいい印象は見せていない、暫く手を出さないと言っていることから、悪い印象は持たれていないと思いつつも聞いてみる。

 すると向こうからは意外な言葉が返ってきた。


「ええ、むしろ私はあなたを高く評価していますよ。」


 ――全裸で土下座させておいて評価しているって?


 予想外の言葉に思わず目を細める、散々土下座の事を煽りまくっていたのにそんな自分を評価していると言って来た。信じられないような言葉だが、しかし九条君の言葉に偽りは見られない。


「評価されることなんてしてないと思うけど……」

「そんなことありません、私はあなたと出会った時、あなたの姿に二つの本質を見ました。」


 僕が九条君と出会った時……それはおそらく、あの土下座の時のことを言っているのだろう。

 あの時僕はただ九条君の指示に従っただけだ、そこに僕の意思なんてなかった。


「まず、あなたが仲裁をしに来た時。あのときのあなたの目……覚悟の決めたいい目でした。仲間のためならどんなことをされても構わない、そう言う覚悟を決めた目をしてました。そしてもう一つ、それは私が土下座を要求したとき。私は本来なら誰もが嫌がる事を提示したのです、だけどあなたはそれに対してまるで物ともしなかった。仲間のためとかではなく単純にあの程度なら問題ないように。今まであなたがどのような経験をしてきたのかがわかりましたよ。」


 ――……

 僕はただ茫然としていた、あの時のあの状況でそこまで見ていたのかと。僕はあの時必死で戦いを止めようとしていた。何も考えず無我夢中でやっていた中で自分の全てを見抜いた九条君に、関心と同時に恐ろしさを覚えた。


 「この世界は力が強いだけでは生きてはいけません。度胸、我慢、経験も必要なのです。その中であなたのその経験はあなただけの大きな武器となります。」


――僕だけの武器……


 その言葉に胸が高鳴る。

 前に飛葉さんにも言われた言葉、今まであってきた、地獄のような日々が、みんなの役に立つというのならこれほどうれしいことはない。


「これから学校はB組を中心に大きく動くでしょう、この状況、あなたがどう考え、どう動き、どう乗りきるか、楽しみでなりません。だからしばらくは傍観させてもらいますよ。」


 そう言うと九条くんは立ち上がりテーブルに一つのBDを置いた。


「実話をもとに作った極道映画で、私のお気に入りの映画です。先ほどの譲ってもらったお礼です。よければ見てください。」

「……さっきのって九条くんが、見るの?」


 その問いに、九条くんは答えず、クククと笑い、勘定を済ませて先に出て言った。


 今日改めて話して感じた事、それは九条くんは本当にただ純粋にこの状況を楽しんでいると言う事だった。

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