第10話 腰抜けの幹部

この学校に来てから四日が過ぎた。今日が終えれば明日からは休日に入る。

初めこそあった諍いも初めのあれだけで、それ以降は特にないまま、問題なく過ごしている。


まあ、本来はこれが普通らしい。そんなに毎日毎日小競り合いが起こることは敵対してる真っただ中でないとまずありえない。C組とは度々睨み合いになるが、現在の状況はあくまで冷戦状態だ。


向こうが襲う理由もこちらが襲う理由もきっかけも一切ないのだ。

あとはただ大人しく授業を受け、他クラスと関わらないようにそそくさと帰るだけだ。

初めはどうなることかと思ったが、このペースなら二か月なんてあっという間に過ぎるかもしれない。

そんなことお考え過ごしていた。



――授業四時限目。


先生が黒板に書いていることをノートにまとめていると、ふと隣からカチャカチャと金属製のものを弄っているような音が聞こえる。隣を見ると若田部君が拳銃を分解していた。


「ん?どうした組長?これが珍しいのか?」


僕の視線が気になったのか若田部君が分解した銃を示して聞いてくる。


――そりゃそうでしょ。


そんなもの持ってる高校生なんていないよ。ましてや授業中に弄る人なんて見たことがない

だが、ふと辺りを見てみると、女子(一部を除く)以外の人はそれぞれが使っている武器となるものの手入れなどをして弄っていた。

それに関して教師は気づいているも、一切何を言わずに黒板に問題を書いている。実質教師公認のようだった。


「そういや、組長はチャカ使ったことないんだっけ?」


僕の席から遠く離れた席に座る青山君が、僕に聞こえるように大きな声で話しかけてきた。

……一応今は授業中だけど、いくら何でもそこまで堂々と大きな声出しても怒られないんだろうか?

僕はとりあえず声に出さずに頷いて肯定する。


「そっか!、でもここで生活するなら、使えるようになっておいた方が良いと思うよ!、なんなら今週の日曜……」


――あ。


前から聞こえていた黒板にチョークの音がピタリとやむその瞬間悪寒が走る。視線を前に戻すと、先生が書いてる途中で手を止めて青山君の方を睨んでおり、青山君もそれに気づき口は開いたままで硬直する。


「おい、青山……俺は一応、私語にはあまり口うるさく言うつもりはない、授業を聞くのも聞かぬのも自己責任だからな。……だがな」


先生が握っていたチョークを粉々に握りつぶす。


「こうも露骨に邪魔されると流石に腹が立つんじゃぁ!」


言葉が終ると同時に教師の手から、青山君目がけて黒板消しが放たれ、見事に青山君お顔にヒットする。


「ず、ずみばぜん」


鼻血を垂らしながら青山くんが崩れていく。


――……まあ、これは学校云々ではないよね。



――

「まあ、青山の事ははともかく、確かに組長もここでやっていくからには銃は使えるようになっていた方がいいよな。」


授業終了後、皆が周りに集まり改めてさっきの話題に戻る。


「銃って本物なの?」


そんなことはあり得ないと思いながらも心の隅の方で少し不安になる。

殺しが規制されてる学校で本物の銃を良しとするはずがない、ただ僕が抗争で見た銃は本物と大差はなかった。


「大丈夫だよ、銃の作り自体は本物に合わせて作ってあるけどだけど、弾はゴム性の物で当たっても死にはしないから。」

「まあ、重傷は負うけどね。」


清川さんが笑顔で否定したあと飛葉さんがボソッと呟いた。

まあ、それでも殺したりすることがない分マシだろう。


「銃かぁ。」


一般の世界にいたらまず触ることがない代物だ、殺したりすることがないのなら一気に興味が沸いてくる。


「お、その顔は興味ありって顔だな。」

「まあ、銃はアニメやゲームでは鉄板だからね、まあ、でもあんなに簡単に撃てると思ったら大間違いだよ。」


僕に警告を入れるように横田君が言ってくる。


「まあ、そういう話も含めて細かい話は、とりあえず学校終わってからにしようぜ。」


授業も順調に終わり、今日もこのまま何もなく終わるだろう。そう思った矢先のことだった。


――昼休み


「なんだと!!もういっぺん言ってみろ!!」


突如聞こえた怒鳴り声に思わず皆を見回す。

自然と確認したのはその声と僕たちに関わりがあるかだ。しかしB組の皆には特に変わった様子はなかった。


――良かった、B組は関係ないか。


ホッと一撫ですると、今度は声の聞こえた方を見る。聞こえたのは廊下の窓の外から……つまり中庭からだ。

僕は窓の外を覗いてみる、するとそこには男子が一人そして対立するように一人の女子とその取り巻きと思われる四人の男子がいた。


男子の中にいて一際目立つ女子。綺麗に染め上げられた金髪の髪が肩にかかり胸より上の肌が露出した服を着た女子は大人のような雰囲気が出ている。


「なんだい、しっかり聞いてなかったのかい?それとも本当の事を言われて聞こえない振りでもしてるのかい?」


女子の小ばかにしたような言葉に取り巻きの男子がクスクスとを笑う。


「あいつはF組の参謀の御堂澄香だな。向こうのやつは話からしてD組のやつか」


僕のとなりから片瀬くんが顔をだし紹介してくれる。


「なら何度でも言ってやるよ、おまえのとこみたいな腰抜けの幹部が率いる組のやつが目の前にいると目障りなんだよ、とっとと視界から消えな。」


再び言われたと思われる言葉に男子が逆上する。


「腰抜けの幹部?」


ふと引っかかった言葉を呟くと片瀬君が説明し始める。


「D組の現組長はこの学校の四人しかいない大幹部連中の一人なんだが、実はD組だけが大幹部のいる組で前にあった全面抗争に参加してねぇんだ。あいつらの言ってるのはその事だろう。F組は組長が大幹部ではなかったが参加してたしな。」


片瀬君の説明を聞き、再び視線を中庭に戻す。

怒り狂う男子を御堂さんが挑発するかのように嘲笑う。

いや、多分挑発しているのだろう。向こうから手を出させるために。


「兄貴の事をまた侮辱しやがったな!もう許さねえ!」


痺れを切らせた男子が、五人に向かって襲い掛かる。


……が、威勢のいい声とは逆に実力のともわず、男子の攻撃はいとも簡単にかわされ、そのまま腹に膝蹴りを一撃を食らいそのまま倒れこむ。そしてそこから集団での暴行が始まる。


ビシッ、ドコッ


聞こえてくる体を痛めつけられる鈍い音、この音は何度も聞いている、だが自分以外の人がやられるのを見るのはこれが初めてだ。

体中が傷つき抵抗する力がなくなるも、決して止まろうとしない暴力。


――……


何故だろう?自分がやられているときには感じなかった感情がこみ上げている。


「そんな感情は捨てちまいな」


片瀬君の言葉にふと我に返る、自然に作っていた拳を開くと、僕の掌には深い爪痕が付いていた。

血が出なかったのは単純に力がなかったからだろう。


「ここで生活するならこんな光景は日常茶飯事だぜ、しかも今回手を出したのはD組の方だ。そもそも助ける義理も余裕も俺達にはねぇ」

「……」


 そんなのはわかっている。僕たちは今一人でもかけたら終わる状態だ、そのためにいろいろ作戦を考えて他クラスと揉めないように行動しているんだ、それをわざわざ知らない他人を助けるために壊す必要はない。

ただ……

再び中庭の光景を見返す、一人相手に集団で笑いながら暴行をする奴らにかつて自分を暴行していた奴らと影を重ねてしまう。


「それにそんなことをあいつ自体も望んじゃいねぇんだ。あいつを助けるのは俺達の役目じゃないあいつを助けるのは……」


片瀬君がそう言いかけた時、中庭への出入り口から野太い男子の声が聞こえた。


「そこまでにしてもらおうか」


 その声に暴行をしていた四人の男子が動きを止め声の方に目を向ける。

 出てきたのは三人の男、その中でも真ん中の男はかなりの風格を漂わせていた。

 少し他の人より焼けた肌にグラサンをかけたスキンヘッドの筋肉質で大柄な男。生えてる無精ひげで見た目ではとても高校生とは思えない。


「お、言ってるそばから来やがったぜ。」

「あれは?……」


いや、聞かなくても分かる、おそらくあの男が……


「D組組長、熊切大輔、今残ってる組長では唯一の大幹部の家の奴だ。」


若田部君や本馬さん、九条君とも違う雰囲気、家柄が高いとこうも違うのかと思えるほどだ。


「おや、当人の登場かい」


彼女は余裕の笑みを見せる。だが少し緊張しているのが感じられる。


「言っておくが、先に手を出してきたのはあんたのとこだよ。」


 御堂さんがきつい口調で言うが、熊切君は一切表情を変えない。

 無言の圧力……攻めているのは御堂さんの方だが何故が追い詰められているように思えた。


「わかっているさ……だからF組とどうこうしようとは思わない、だが……」


――ゾクッ


 僕に対してではないとわかっていても思わず怯んでしまうような殺気に覆われた。


「だからと言ってこのまま、うちのもんが黙ってやられているのを見てられるはずもない、もしこのまま続けるのなら今度は俺が相手をしよう」


 横の二人は一切動かず熊切君だけが一歩動いた。

 だがその一人に前の五人は後ろに退く。


「ふ、ふん。あたしたちもこれ以上は特にするつもりはないさ、お前ら行くよ」


 そういうとF組の面々は校舎の方へと戻っていった。

 それを確認するとすぐさま横の二人が傷ついた仲間に肩を貸す。


「あ、兄貴……すんません。弱いくせに出しゃばってしまって。兄貴の事を言われたらいてもたってもいられなくて……」

「男にはどうしても退けない時があるものさ。それがお前には、今だったのだろう……責めはしないさ。だがこのまま離脱するようなら俺はお前を許さないからな。」


 組長の言葉に思わず涙を流す。

 その光景を見ていた僕が思ったことはただ一つ


――かっこいい……


 学年が一緒だから同じ年齢なのだろうけどこれほど憧れを抱いたのは初めてだった。

 同じ年のはずの組の男子が兄貴と呼んでいたのも頷ける。


――僕もあんなふうになれるだろうか……


 思い描けなかった理想の組長像が浮かんだ瞬間だった。

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