第9話 本馬桜

「ふう……終わった」


 チャイムが鳴り、今日最後の授業が終わりを告げると僕は教科書を閉じ、一つ息を吐く。

 朝っぱらからひと悶着あったせいか今日の時間はとても長く感じられたが、終わってみればあっという時間だった。


 今朝の一件以後は、特に他のクラスとは関わることがなく問題なく過ぎていった。

 強いていうならば休み時間に僕がトイレに行く耽美に、トイレ前で待機している、護衛の喜田さんと秋山さんが廊下にいたC組の生徒と常に睨み合いをしていたくらいだろう。


 ヤクザの高校と言っても元々は普通の高校として通うように建てられただけあって授業の内容は一般と大して変わらない。

 教師に関してもサングラスをかけたパンチパーマの教師や、着物を着た熟年の女性の教師など見た目こそアレだったが、授業に関しては普通で、少し口調が横暴ではあるが、わかりやすい例えなどを入れてくれるので理解しやすかった。


 授業終了後からしばらくすると教室の教卓側のドアから担任の野々代先生が入ってくる。


「ホームルームを始めるわ!皆、問題ないわね?じゃあ解散!」


 教卓まで行かずドアの前でそういうとすぐさま教室を出ていく。


「あいつ本当に適当だな……」


 隣の席の若田部君があきれ顔でつぶやく。

 帰りのHRで長々と話をされるのも嫌だが、早すぎるのも逆に不安に思えてくる。

 帰宅の準備をしようとしたところで再び先生が戻ってきた。


「あ、そうそう一つ連絡、来週の頭に臨時のクラス会議があるから、上の三人はそのつもりだけしててね」

「だからそういうのをHRで連絡しろよ!」


……連絡漏れの不安が増大する。



――

「よし、じゃあ帰るとするか」


支度を終えた若田部君が率先して立ち、つられるように僕も立つがそこでふと今朝に担任から言われたことを思い出す。


「あ、ごめん、そういえば僕、この後職員室に呼ばれてるんだった。」

「そっか、じゃあ待っとこうか?」

「いや、どれくらいかかるかわからないし皆は先に帰ってて。」


 僕の言葉に一瞬、飛葉さんが食い下がろうとしたが、任せろと言わんばかりの護衛の二人を見て、言うのをやめる。


「わかったわ、くれぐれも気を付けてね、良子、紀子、組長の事頼んだわよ。」

「喜田一家に任せなさい!」

「傷一つ……つけさせない!」


飛葉さんの激励に喜田さんが自信満々の表情で、あまりない胸を叩いた。




――

「……で?何の話だったの?」


職員室から帰る廊下で喜田さんが質問してくる。


「ああ、家から荷物が届いたから中身の確認だよ。」


 学校外から送られてくるものは一度、本人のお立会いの上で中身の確認をすることになっている。

 もし、送られてきたものが学校指定外の武器であったり違法な物の可能性があるためだ。


「で……中身は!」


 独特の喋り方で秋山さんが興味津々に聞いてくる。


「ただの衣類だよ、流石に私服なしじゃ困るしね」


 そういうと喜田さんはなーんだ、とつまらなさそうに口を尖らせた。それを見て僕は苦笑いを見せる。 だが、次の角を曲がった瞬間、明るく振る舞っていた二人の表情が、真剣なものへと変わった。

 その理由は目の前を歩いてくる人物にあった。


 前からは三人の女子が横並びで歩いてくる。

 左右にいるのは学校指定の制服を着た女子で、右側の女子は、赤い髪をしていて右目が隠れるように前髪が被さっている。左側の女子は右側とは対照的に、青い髪で左目が隠れている。片方の隠れていない眼は二人ともやや釣り上がっており、両者とも顔だちも瓜二つで、多分双子だと思われる。


それぞれ後ろに戦国武将が使うような武器を背負っている。


そして注目すべきなのは真ん中にいる女子だ。

他の二人とは違い、制服ではなく黒い着物を着ている。


全く癖のないスラッとした髪が背中まで伸びていて前髪には簪がついており、

黒い和服を着て歩く姿は可憐と言って良いほど華やかでまるで人形のようだが、しかしその黒色の着物に描かれた白い花には何やら威厳と風格を感じる。


可憐でいて恐ろしい、それはみただけでどれ程の人物かが分かる、多分どこかの組の幹部で隣にいる二人は恐らく護衛だろう。


僕の護衛の二人が、先ほどとは違い全く言葉を発っさない。

逆にそれが緊張感を生み、僕も体から汗がにじみ出てくる。交戦を避けるためにも、前の三人に目を合わさずに通り抜けようとするが、すれ違う寸前で向こうが足を止めた。


「あらぁ?えらい見たことない顔やなぁと思ったら、そこのおバカさん達がいるってことはもしかしてあんさんが噂のB組の転校生どすか?」


 独特の方言で向こう側から話しかけてきた、だがその瞬間、僕の後ろからは見なくても分かるほどのただならぬ殺気が出ていた。


「あ゛ぁん⁉誰に向かってバカっていうとんのじゃ!」

「ブ……殺す!」


――ちょっと、怒りの沸点低すぎ!


 バカと言われただけでそこまで怒るのかと思うが言葉には出さず、とりあえず僕は二人を置いて前の女子と向き合い、敵意をみせないように丁寧に自己紹介をする。


「えっと、昨日転校してきた四辻誠です、B組で組長をやらせてもらっています、宜しくお願いします。」


 僕がそう挨拶をし、軽く会釈をすると着物姿の彼女は口に手を当てまぁと感心とも言える驚きを見せた。


「これはこれはどうもご丁寧に、うちはA組で組長をやらしてもろてる本馬桜もとばさくらと申しますぅ、これからもどうぞよろしゅうたのんますぇ」


そういうと軽くお辞儀をしてきて、今度はこっちが驚き、目を細くする。

別にお辞儀をされたから驚いているのではなく、驚いた先はその名字にあった。


その方言から京都生まれだと推測すると京都で本馬というヤクザと言えば一つしかない。


かつて、僕が生まれる前に関西で名を轟かせた巨大極道組織、祇園会。

紅蓮会と幾とどなく行われた抗争は、一般的にも有名になりその抗争は映画化されるほどだ。

そしてその抗争で度々名前が出てくるのが京都の本馬組だ。


今でこそ分裂し、消滅してしまった祇園会だが、まさかかつて敵対していた相手の組織に主軸が所属しているとは思いもしなかった。

いや、関係者の中ではきっと有名なのだろう。


僕は驚きをすぐさまグッと堪えて、挨拶を返すと向こうは優しく微笑んだ。


「まさかこないな学校で別の組の組長さんからきちんとした挨拶が来るなんて思いもせんかったから驚いてしもうたわぁ」


彼女の笑顔と独特の言葉に胸の鼓動が高鳴っているのが分かる。

吊 り橋効果とは違うが、こういう危険がある学校で、友好的に接してきてくれる人にはかなり惹かれるものがある、それを除いたとしても本馬さんはとてもきれいな人でもあった。


A組は大幹部がいたところだが、今は余り好戦的ではないと聞く、もしかしたら友好関係を結べるんじゃないか?そんな考えが脳裏に浮かんだ。


「しかしB組の人らもなかなか思い切った事をしはりますなぁ……」


本馬さんがしばらく僕を眺めた後、呟くように言った。まあ思ってもおかしくはない。

転校初日で、しかも一般の人を、……それも底辺の人物を組のトップに立たせるんだからかなり大胆に攻めてたと思う。そのことについては同感だ。ただ彼女が言っているのはもう一つの事についてだった。


「……まさか、全裸で土下座して靴をなめた人を組長に選ぶなんて、B組はえらい人材難やねぇ!」


平穏だった空気がガラガラと音を立てて崩れる、現在クラスの禁句タブーとも言える言葉を彼女はさっきとは違う悪意の滲み出た笑顔で言い放った。


――その話もう広まっているの⁉


まあ、中庭で騒いでいたのなら全生徒が見ていてもおかしくはない、これからは全員が見ていると考えるべきだろう、しかし、問題はそこではない。


――ヤバいヤバい、後ろがヤバい!


さっきまでの殺気とは比べ物にならないくらいの殺気が後ろで発しているのがわかる。

おバカと言われて殺気出しまくりの二人がこの事を弄られて大丈夫なわけがない。

僕はゆっくりと後ろを振り返る、そこには完全にヤクザの顔になっている戦闘準備万端の二人がいた。


「お前……五体満足で帰れると思うなよ……」

「殺すころす殺すコロス」


喜田さんが警棒を秋山さんが両手に銃を手にして構えると向こう側の双子も、後ろに担いでいた薙刀と長刀のような武器を手に持ち構えた。


「お嬢には……」

「指一本触れさせん」


双子が本馬さんの前に遮るように立ちはだかり、二人とにらみ合う、そんな一発触発な光景を本馬さんは楽しんでいるようにを余裕の笑みで見ている。


――これは完全なる挑発……


もしかしたら試されているのかもしれない。僕は一度息を吐きこの言葉に対する適当な返答を考えると、今にも飛びかかりそうな二人の前に遮るように手を前に出した。


「今このクラスに必要なのは、威厳や、力がある人じゃなくて、戦いを拒む勇気がある人。どんなけ面目がつぶれようが生き残っていれば必ず再起は図れる。それは元祇園会の本馬組が一番わかってるんじゃない?」


かつての敵の軍門に下っていることを指摘し、返してみる。

その言葉を聞くと彼女は不意を食らったように目を細くする。そしてしばらく何も言わずに目を瞑っているとクスクスと今度は悪戯っ子のような声で笑いだした。


「えらいすんまへんなぁ……、なかなか、かいらしい顔してはるさかい、ちょいといけずなことしてしもうたわぁ……堪忍しておくれやすぅ」


 そういうと先ほどの明るい笑顔で両手を合わせて謝罪をしてきた。


「フフ、なんや、堅気ん人と聞いとったさかいどないな人やと思ったら、なかなか痛いとこ突いてきはりまんなぁ。」


 あちらに敵意がないことを感じ取ると、殺気立っていた二人は武器を納め、それに伴い、双子も武器を下す。


「安心しておくれやす、うちらはB組には敵対心は皆無やさかい、今後もよろしゅうたのんますぇ」

「信用していいの?」

「信用するかどうか、それはそちらで決めることやさかい、……まあ、うちらとしては別に戦ってもええんやけどね」


 彼女が自信に満ちた表情で言う、きっと彼女たちA組からしたら今の僕たちを潰すことなんていとも容易いのだろう。


「まあ、戦わないでいいならそれに越したことはないしね。」

「それにA組には……望月がいる」


二人ももうさっきまでの感じはなくなり普段の態度に戻っている。

「ほな、挨拶もしたところで、そろそろ行きます、ほな、またな、誠はん。」


そう言うと、本馬さんは双子に名前、花蓮、蓮花と呼びかけると僕たちが来た方へと歩いて行った。


京都の本馬組が紅蓮会にいること一般には知られていない事。

ここに通うことで、極道の内部の事が嫌でもわかってくるということを知り

改めて僕が通っている高校がどういう高校なのかを知ることになった。

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