第8話 初登校


時計の針が七を指すと、それと同時に目覚ましのベルが部屋一杯に鳴り響く。

 体はうつ伏せのままで、時計を見ずに手探りで目覚ましのスイッチを押すと、ゆっくりと起き上がり辺りを見回す。

ぼやけながら見えるのはまだ家具も置いてない広々とした和室の部屋。

しばらくボーッとして、徐々に現状を思い出す。


――そういや、寮に入ったんだっけ。


頭が少しずつ起き始め、着替えの準備を始める。昨日の疲れが残っているせいか瞼が異様に重い。


目を瞑りながらもゆっくり寝間着代わりのジャージを脱いでいると、部屋の外からドタドタという勢いのある足音がこっちに近づいてきた。


「おはようございまーす!!組長、朝ですよー……ってもう起きてる!?しまった!七時起床なんだから七時に起こしに行っても遅かった」

「これは……不覚!!」


 勢いよく開けられたドアから二人の女子が入って来る。

 まだ着替えの途中で下着だけの状態の僕が声をあげるのは当然のことだろう。


「え!?ちょ、ちょっとノックくらいしてよ!!」

「なに女の子みたいなこといってんの?あ、見られるの気にするタイプ?」

「アレは見えてないから……セーフ!!」

「いや、そういう問題じゃないし!!」


 寝ぼけた頭が一気に目覚めると、彼女達を外に追いやり、すぐに服を着替える。

 壁越しから彼女達のブーイングが聞こえてくるが無視をした。


――

 着替え終わり部屋を出ると、扉の側で立っていた、僕の護衛をしてくれる喜田さんと秋山さんに挨拶をする。昨日の会議で、つまりじゃん拳を勝ち抜いた二人だ。


「今日から、組長の護衛に配属された喜田組組長が長女、喜田良子と」

「喜田組構成員、秋山の娘、秋山……紀子!!」

「二人共々これからよろしくお願いしまーす!!」


 クラス内のムードメーカー喜田良子さんと寡黙ながら後ろの言葉を強調する独特なしゃべり方の秋山紀子さんが改めてー自己紹介をしてピシッと敬礼をしてくる。


 正直女子二人と言うのに少し心配があった。しかし意外なことに喧嘩の実力に関しては若田部くんのお墨付きで、特に喜田さんに関しては男女合わせてもこのクラスで若田部君、片瀬君に次ぐ三番目の実力の持ち主らしい。

 

ただ飛葉さんに二人のことを聞いてみると


「う~ん、例えるなら三国志の張飛と魏延かな?。」


 ……と言う返答が返ってきた。

 どちらも話では武に長けた存在だが頭が弱くいろいろやらかしてるイメージの武将だ。

 ただ魏延に関しては秋山さんの口調が某ゲームの魏延の口調に似ていることから来ているとも思えなくもない。頼もしいのかどうか少し微妙である。

 僕達三人は皆が集まる予定の居間へと向かった。



 僕たちが居間へ入ると、そこには百瀬さんが皆の分の朝食を準備していた。

 制服の上にエプロンを着け、髪が朝食に落ちないように後ろでくくり、淡々と準備をしている姿は、まるで幼馴染が朝食を作りに来るというシチュエーションみたいで思わず見惚れそうになるが、隣にいる二人の女子に気づいて堪える。


 百瀬さんがこちらに気づくとおしとやかな態度で挨拶をしてくる。


「あ、組長さん、良子ちゃんと紀子ちゃんもおはようございます。」

「おはよう、百瀬さん。」

「アヤちゃん、おっはよー!!」

「お……っはよー」


 皆でそれぞれ挨拶を交わす。僕は椅子に座ると、辺りを見回した。


「他の人はまだ?」

「はい、でももうそろそろ降りてくる頃だと思いますよ。」


 一階に部屋があるのは僕だけで他の人は皆二階に部屋があるので、僕が早く着くのに特に疑問はない。

とりあえず朝食には手を付けずに皆が集まるのを待つことにした。


「これ、百瀬さんが?」


 テーブルに並べられた朝ごはんを見て尋ねる。置いてあるのは人数分のベーコンエッグとトーストだ。典型的な朝食だが人数分の数を用意するにはそれなりに時間がかかるだろう。


「はい、基本食事は私が作るので何かリクエストがあるときは是非言ってくださいね」


 そう言って手慣れた手つきでどんどん朝食を並べていく。

 するとちょうどドアからゾロゾロと残りのメンバーがやって来た。

 女性陣は身だしなみもきっちり整えられているが、男性陣の方は眠たそうに眼を擦りながらダラッとしている。


「こら!!男子!遅いぞ朝から気合いを入れろ!!」

「んなこと言ってもよぉ……」


 喜田さんの叱責にアクビをしながら片瀬くんが文句をいう。

 まあ、眠いのも無理はない。

 今日はメンバーからしたらいつもより一時間も早く起きているのだから。

 学校が始まるのが午前九時からで寮から学校までは約十分でつく距離だ。


 本来なら八時に起きても間に合うが今日は七時に起きている。それと言うのも昨日の会議で話し合った内容の一つだ。他クラスとの接触を極力避けるために、他のクラスが登校して来る時間より早く登校することにした案が飛葉さんから出された。


「昨日深夜アニメを見てたから余計に……眠い」

「気合い……注入!!」


 長い前髪からたまに見える眼をシパシパさせてゾンビのようにふらついてる横田くんの脇腹に秋山さんの回し蹴りが綺麗にはいる。


「ヤッヤバイ、脇腹が……」

「おいおい、なに綺麗に蹴りいれてんだ。こんなことで停学とかやめてくれよ……てか何でこいつら朝からこんなテンションたけーんだよ。」

「なんか、組長の護衛として朝起こしにいくためと言って六時頃に起きましたからね。」


 片瀬君の質問に、百瀬さんが答えると護衛の二人は少し自慢げだった。


「なんか早起きするとテンション上がるよねー」

「完全に……目覚めた!!」

「普段は起こしても起きない、女子力皆無の駄目女どもが?……」

「責任感は人を変えるのだよ。」


 喜田さんのドヤ顔に片瀬君が悔しそうに吐き捨てる。


「どうせ三日も、もたねぇだろ」

「大丈夫ですよ、私はいつも、六時起きますし、ちゃんと今後も二人を起こしに行きますので」

「お前らも百瀬に起こしてもらってんじゃねーか!!」

「何よ!起こされて起きるのが成長の証よ!!」


 その言葉に片瀬くんが眉をひそめ口を開けて呆れてる。


「それに比べて三バカは元気だねぇ」


 皆の目が覚め始め、少し騒がしくなっている中、ヒーローの話をしながら淡々と食事を済ませている三人を見てツンコさんが呟く。


「フッフッフッ我々は戦隊番組を見るために休日でも朝早くから起きているからな!」

「深夜アニメなんかと違って子供でも見やすい時間帯になっているんだぞ!」

「そりゃ子供向けだからね……」


 三人が横田君に勝ち誇った顔で言うが、朝から蹴りを入れられた横田君はかなりテンションが低い。

 皆が大方食事を済ませたころ、最後のメンバーである飛葉さんと目の下に大きなくまを作り鼻から血を流している若田部くんがやって来た。


「よかった、皆時間通りに起きてるわね。」


 居間を見渡し、全員がいることを確認すると、飛葉さんは腰に手を当て感心したように二度頷いた。


「ほら、さっさと顔洗って、朝食を済ませる!私たちは遅れてるんだから。」

「わかったから、そんなに急かすなよ」


 若田部君が鼻血を拭きながら飛葉さんと洗面所へと向かう、その光景は尻に敷かれている仲睦まじい夫婦の様だった。


――しかしどんな起こし方したんだろ?


少し鼻血が気になった。



――

 全員の登校の準備が終るとクラス全員で学校へと向かう。

 飛葉さんが最後に出て戸締りを確認すると僕たちは学校への道のりを歩きだした。


「クソねみぃ……」


 若田部君が歩きながらも今にも眠りそうな表情を浮かべている。


「昨日何時に寝たの?」

「……六時」

「まさかの私たちとすれ違い⁉……て言うかそのまま起きときなよ。」

「そんな時間まで何してたの?」

「ネットで徹マンだよ、なんか悔しくてなかなか終われなかったんだよな。」

「いや……そこは折れろよ」


 もう完全に目が覚めた人、まだ大きなあくびをしながら歩く人、皆それぞれ話しながら登校する。

 その光景は僕がずっと憧れていた光景でもあり、その輪の中に入れてることで自然と笑みがこぼれる。


 ……だが、校門の前に来ると皆が一斉に真剣な表情へと変えた。


「おや?これはこれは皆さん朝早いですね」


 その声のしたところには身の覚えのある集団がいた。

 昨日会ったばかりだ、忘れるはずもない。

 他クラスとの接触を避けるためにわざわざ早朝に出たのにそこにいたのは昨日抗争をした最も会いたくない九条君率いるC組の生徒だった。


「C組がどうして……まさか読まれてた?」

 

 待ち伏せされたのか偶然なのかは分からないが、自分の提案した作戦が裏目に出てしまったことで飛葉さんが悔しそうな表情を見せる。


――大丈夫、慌てることはない。


 僕は一度状況を整理する。

 出会ったところで争いは起こらない。この学校のルールでは、六人以上の人数がいるときの抗争は互いの組の組長の承諾と教師の許可が必要、つまり僕が承諾しなければ戦いは起こらない。

 ただ、遜った態度をとればみんなのフラストレーションもたまる、ないとは思うけど皆が怒りを爆発させて襲い掛かる可能性だってゼロとはいきれない、もしきっちりとした受け答えをしないと……


 相手の組長、九条君がこちらへと歩いてくる。


「こんなに朝早くに皆で登校とは、何か催し物でもありましたかね?」


 九条君の見せる余裕の笑みがどちらが有利なのかを物語っていて、それに対し、若田部くんがピリピリしているのが分かる。


「どうかしたんですか?九条様ぁ~……あ、全裸土下座だ」


 まるで見計らったかのように登場した宇佐美さんが僕を指さし、露骨な挑発を仕掛けてくる。


「これこれ、宇佐美くん、本人がいる前でそんなこと言ってはいけませんよ。」

「え~でもキモくないですか?みんなの前で、全裸で土下座しておいて普通に登校してくるとか、私ならもう学校これないですよ~」


 嫌味を言いながら小馬鹿にした笑みを浮かべた宇佐美さんに、まわりが睨み付けるが口には出さない。

 しかしそれが珍しかったの、九条君が眼鏡を触り首をかしげる。


「おや?何時もならここで喧嘩を吹っ掛けてくる「仲間思い」の若田部くんがやけに大人しいですねぇ?流石に全裸で土下座したやつは仲間とは呼びたくないんですかねぇ?」

「……本来ならこの場でお前をぶん殴ってるが、生憎、手を出すなと言う組長命令でな。」


その言葉に九条君が、一瞬小さく驚くが、そのあとすぐに察っすると楽しそうに笑い始める。


「ククク……そうですか。そういうことですか……君が組長を下りたということは次の組長はあなたですかねえ?」


そういうと九条君が視線を僕の方に向ける。


「成る程、無難な選択ですねぇ。しかし驚きました、まさか全裸で土下座した人を上にするなんてB組も切羽詰まってるいるんですねぇ」


 九条君の挑発の矛先が完全に僕に移っていた、だけど僕にはそんな挑発はあまり感じなかった。


 全裸で土下座……その言葉を言われるたびに少し昨日の事を思い出し少し体が熱くなるがすぐに収まってしまう。全裸で土下座なんて自分がやらされた屈辱行為の中では、大したことではないのだ。

 だが周りの仲間は彼らの挑発にかなりピリピリしている。とりあえず言われっぱなしではダメだ、とりあえず反撃しないと。


「しかし、全裸で土下座をするってどんな気分なんですかね?」

「なら一辺やってみたらどう?」


切り出した僕の言葉に一瞬周りの空気が凍る。すると九条君は何故か小さく笑った。


「いえいえ、私にはそんな勇気はありませんから、あんな恥ずべき行為を淡々となしとげられるのは日常的に恥に慣れたあなたくらいでしょう。」

「仲間を守るための行為に恥を感じる理由なんてないと思うよ?自分のプライドのために仲間を見捨てる方がよっぽど恥ずかしいよ。」


 一方的だった空気が少しずつ変わっていっている。余裕を見せていたC組の生徒が僕に殺気を向け始めている。


「まあ、私はあなたと違ってあんな状況は作りませんからね。」

「そうだね、土下座は上の人が地面に頭をつけることに意味があるから。元から地べたにいるような底辺の人には無縁の事だよね。」


そう言葉を良い放った瞬間、僕の横から銃口が向けられた、だがすぐに銃口は細い目をした一際身長が高い男子の手によって遮られる。


「銃≪チャカ≫を下ろせ、宇佐美」

「どけ、飯山、そいつを撃てないだろ?」


銃を構えてるのはさっきまで女々しい口調をしていた宇佐美さん、だがさっきまでと違い口調が変わっている。


「若に恥をかかせたいのか?」


 その言葉に興奮していた彼女が冷静になると、すぐに銃を下ろす。

 ルール上今手を出すことは禁じられている、もし、仮に手を出せばクラスにペナルティをあたえ、更に組長である九条君の顔に泥を塗ることになる。

 

 ましてや自分達から仕掛けた挑発で言い負かされて手を出すなど、この上ない醜態だろう。

 それに気づき銃をしまうが、周りC組の生徒もやらないだけで、周りは宇佐美さんと同じ気持ちだろう。ムードは今にも喧嘩になりそうな状況だ。

逆にこちら側は少し張りつめていた空気に余裕ができ、立場が逆転していた。


互いの仲間が睨みあっているなか突如その空気を割ったのは高らかな笑い声だった。


「ククク、クハハハハハハハ、本当に君は面白いですねぇ。その物言いと言い、全く恐れを知らない言動、君は一体どのような人生を生きてきたのでしょう?」


 彼の眼が興味津々に僕を見る。僕はそれから目を離さずまっすぐに見つめ返す。

僕の生きてきた人生……決して仲間などいない孤独と終わらない暴力が日常だった。


「ククク、B組はもう終わらせようと思っていましたが、少し惜しくなってきましたね、これからが少し楽しみです。」


 そう言葉を残すと九条君は校舎の中へと入って行きそれにつられて、C組の生徒も入る。


「……ふう」


 彼らがその場から去るとほっと胸をなでおろす。

 ぶっちゃけ最後のは言いすぎたと思いドキドキしたが、結果的にはいい方向に行けたと思う。


「やるじゃねえか、組長!」


その言葉と共に若田部君から背中を叩かれる。


「ああ、見ていてスカッとしたぜ」

「ホントホント、なかなか皮肉が効いていたわよ」


 皆の言葉に少し照れくさくなる。

 嫌味なんて今までは口にしたことはなかったが、心の中では

 毎日言っていた、今回はその思っていたことをただ口にしただけ、だがそれが思っていた以上にきつかったらしい。


「どう?飛葉さん、振る舞いとしてはどうだった?」

「ええ、良かったわ、臆さず堂々と言えてたし、ただ……」


 言葉を続けようとしていた飛葉さんがふと止まるとしばらく間をあけて改めて言い直した。


「ううん、なんでもない、ただもう少し相手を刺激しないようにする方が良いかもね。例え今は大丈夫でも五人以下の時になったら独断で襲ってくるかもしれないしね。」


 彼女の言葉に思わずあっと口を開く、今の事を反省の糧としながら僕は今後の事を考えることにした。

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