第3話 抗争

 

こんなに嬉しいことがあっていいのか?


僕はトイレで用を足しながら思わずにやける。

 転校の緊張が解けたからか、皆と改めて自己紹介を行ったあと、唐突な尿意に襲われトイレへと向かった。その間にクラスの人たちは、何やら仲間の絆を深めるために行うという、儀式をするのに必要な物を寮に取に行っていた。


――少し変わったところがあるけれど、皆優しくて何より、仲間を大切にしている。

 

そんな仲間のメンバーに入れて、これから仲間と一緒に学校生活が送れると考えると、頬が緩んでしまう。勇気を出してよかったと改めて実感した。

 僕は用を足し終わるとすぐさまトイレを後にした。


 トイレから出るとふと廊下の壁にもたれかかってる女子に目が行ってしまう。

 小柄でピンクのロングヘヤーの髪に肩から小さなバックをかけている女の子なのだが、気になったのは頭につけているウサ耳だ。


――コスプレなのかな?


 この学校ではああいうアクセサリーは何も言われないのか。

 僕がマジマジと様子を見ているとあちらも僕に気づき目が合ってしまう。


――あ、やばい。

 

僕は見ていたことをバレるとそそくさと教室に帰ろうとした……


「ちょっと!」

 

……が思わず呼びとめられてしまう。


「あ、ごめん、別に悪気はなくて……」

「あなた、見かけない顔だけど、転校生?」

「え?あ、うん」


 僕が問いに答えると女子はふーんと言ってずっと僕の方を無表情で見続けていた。


――なんか恥ずかしい……

 

じっと見られる恥ずかしさに思わず眼をそらすと、うさ耳をした女子はクスッと小さく微笑んだ。


「ねぇ、ちょっとこっちへ来て?」

 

 女子が二、三歩後ろに下がると僕に向かって小さく手招きをした。


「へ?どうしたの?」

 

僕は少しずつ彼女の方へ向かう。


「もっと、近づいて。」


 彼女に言われるままもう少し足を進めた。すると彼女に手でストップをかけられると肩から掛けていたカバンから小さな箱を取り出した。


「はいこれ、転校祝いのプレゼント、教室でみんなと一緒に開けてね♪」

「え?あ、ありがとう……」

 

箱を渡すと女の子はうさ耳を揺らしながらスキップでC組の教室へと帰っていった。


――あの娘、誰だったんだろう?

 

とりあえず教室に戻ることにした。


 教室に戻るとみんなが教卓の中心に集まって、それぞれ手に溝の浅いお茶碗のようなものを持っていた。


「おう、遅いぞ。」

「スッキリしてきたか?」


 男性陣に茶化されながらみんなの集まる教卓へと向かう。


「はい、これ、四辻君の分。盃よ」


 飛葉さんからみんなが持ってるお茶碗みたいなものを渡されると中に少量の液体が入っていた。


「この匂いは……お酒?」

「そ、甘酒だから安心していいわよ。私たちの間ではこうやって杯を交わして、仲間の契りを交わすの。本来はいろいろあるんだけど私たちのクラスではシンプルに仲間になった人と交わすことにしてるの。」


そう言って渡されると、若田部君が辺りを見回し確認する。


「よし、皆行き渡ったな?じゃあこれから共に過ごす、新しい家族に乾杯だ!」

 

その言葉と共に皆で盃を上へ掲げるとそのまま一気に飲み干した。

 その味は初めての味で、少し甘いようで苦みがあり思わず顔が渋くなった。


「いまいち甘酒じゃ乗り切れんなぁ、誰か鬼殺し買ってこいよ。」

「コラッ!未成年なんだからそんなもん飲むな!」


 盃の儀式がが終ると同時にみんなでガヤガヤと騒ぎ始めた。


――すごく楽しい


今まで耐えてきた分の楽しさが一気にきた、そんな感じだった。


「ん?お前それ何もってんだ?」

 

片瀬君が先ほどもらった箱に気づく。


「ああ、これ?さっき転校祝いでもらったんだ」

「へぇ……なんだろう?ケーキかな?」

 

髪をくくってお団子みたいに丸めた、お団子ヘヤーの喜田さんが興味津々に箱に近づく。


「転校祝いってなんかおかしいよね?誰からもらったんだい?」

 

さわやかな笑顔が好印象の青山君が質問してくる。


「名前はわからないけど、隣のクラスのうさ耳をつけた女子だったよ?」

「うさ耳をつけた女子?……まずい⁉おい!それを開けるな!」

「え?」

 

人物の特徴を聞いた若田部君が突如顔色を変える。その言葉と同時に横田君が開ける寸前だった箱を

後ろの席へと蹴り飛ばした。そのとき……


ドォォォォォォン!

 

蹴り飛ばされた箱は空中で開くとすぐさま小さな爆発と共に辺りに熱風を巻き起こした。

 もしあのまま開けていたら死にはしなかっただろうが、顔面に重度の火傷を負っていたかもしれない。

 悪戯にしては度が過ぎる悪戯に僕は口を開けたまま固まってしまう。


「四辻君!大丈夫⁉」

「クソッ、きっと宇佐美の野郎だ!ぶっ殺してやる!」


 そういうと若田部君が勢いよく立ち上がった。


「ちょっと待って、どうするつもりよ!」

「決まってんだろ!C組の奴らをブッ殺す!」

 

今にもC組に殴り込もうとする若田部君を飛葉さんが必死で止めに入る。


「何言ってんの⁉あんた今の状況わかってんの⁉今、C組と抗争にでもなったら間違いなくB組は壊滅よ⁉」

「うるせぇ!仲間を危険な目に合わされて、何もせずにいられるか!そうだろう?みんな⁉」


 若田部君の言葉にみんなが頷き、勢いよく立ち上がる。そして皆がそれぞれ胸元やスカートの下から拳銃のようなものを取り出した。


「ちょっとあんた達まで……」


 飛葉さんが必死に止めるもクラスの怒りは収まらずそのまま廊下へとなだれ込む。

 そしてその直後……


「九条でてこいやぁぁぁぁぁ!」


 若田部君の怒声が廊下中に響き渡った。

 その声に驚き、すぐさま廊下に出てみると、そこでは若田部君を先頭にみんながC組から少し離れた場所から、C組の方向を向いて仁王立ちしていた。


 しばらくの静けさが残ったあと、隣のクラスから後ろに髪を束ね、眼鏡をかけた知的そうな男子生徒がゆっくりと出てくると、その後ろからぞろぞろとクラスの人たちが教室から出てきた。


「おやおや?何か用ですか?若田部君?」


 多分、先ほど呼ばれた九条と思われる生徒が怒りで興奮している若田部君とは真逆に、紳士的な態度で、若田部君の正面に立つ。


「しらばっくれんじゃねぇ!お前んとこの宇佐美にうちのもんが危険な目にあわせられとんのじゃ!」


 怒りで怒鳴り散らしている若田部君に対し九条君は淡々とした態度で話をしている。


「はて?それは一体どういうことですか?宇佐美君?」


 九条君が後ろに振り向き問いかけると、教室の中から先ほどのうさ耳をつけた少女がひょっこりと顔をのぞかせた。


「誤解ですよ九条様~、私はそちらの転校生がうちの縄張りに入ってきたからちょっと警告しただけですよ~。」


 問いただされたことに甘ったるい口調で説明した後、僕に向かって指をさした。


「え?ぼっ僕?」


指さされ思わず戸惑ってしまう。


「ほらぁ~さっき入ってきたでしょ~?この線の中に」


 そう言われて指をさされたところを見ると、ちょうど廊下の床に黄色いテープがまるで境界線のように張られていた。


「あ……」


 それを見て思わず思い出す、先ほど彼女に誘導されたことを、そしてその場所はテープよりも先の場所であった事を。


「……ということのようですね、どうやらそちらに非があるみたいで。」


 そういうと九条君は眼鏡を押し、クククと笑う。


「ふざけんな!こいつは転校してきたばかりだぞ!そんなもんわかるわけないだろ!」


その言葉を聞いた途端、静かに笑っていた九条の笑い声がピタッと止まった


「転校してきたばかりだからわかるわけない?……そんな理由、通用するわけねぇだろうがぁ!」


 紳士に対応してきた九条君が突如大声を荒げてそのまま側面にある教室のドアの窓ガラスをたたき割った。


「この高校に入った以上ここのルールにのっとんのが当たり前じゃあ、そんなんもわからんのかい、おどれはぁ⁉」

「何も知らない奴をハメて縄張りに誘導したんはそっちだろうが!ふざけたこと言ってんじゃねぞクソがぁ!」


両者とも一歩も退かず、至近距離からにらみ合う。


「こうなったら埒が明かねぇ表出ろや!抗争じゃあ!」

「ハ、相変わらずの単細胞やのぉ、上等じゃぁ、後悔すんなよボケが!」


 そんな言葉を言い放つと、それぞれのクラスの階段から下りて行った。

 僕は何が何だかわからないまま、しばらく硬直した後、すぐさま皆の後を追った。




――

皆の後を追い、校庭に出てみる。するとそこではクラス同士による激しい争いが行われていた。


「ブチ殺すぞゴラァ!!」

「上等じゃ!!やれるもんならやってみぃ!!」


 校庭内から聞こえる激しい罵声と銃声の音。

 C組の生徒と激しい言葉で罵っているのは、さっきまで僕とアニメの話をしていた横田君だった。

 それ以外の人たちも、さっきまでの楽しく話していた姿はなく、皆がまるで別人のようになっていた。

 

明るい口調で話しかけてきた喜田さんは拳銃で相手に向かって容赦なく発砲している。

 爽やかな笑顔でいかにも優等生に見えた青山君は、三人の生徒相手にメリケンサックをつけて立ち振る舞う。

僕は今まで見たこともない光景に茫然と立っていた。


「あちゃ~、なにやってるんだ、この子たちは……」


 後ろから溜息まじりの声が聞こえ、振り向くと野々代先生が頭を抱えていた。


「先生……どうなっているんですか?」


 僕が問いただすと、先生観念したかのように深いため息をついて話し始めた。


「はぁ~、本当は今日は話すなって言われてたんだけど、こうなってしまっては仕方ないわね。

もう気づいてるとは思うけど、この高校は普通の高校じゃないわ。この高校に通っている生徒……いや、この高校に携わっているすべての人が日本最大の極道組織、紅蓮会ぐれんかいの関係者なのよ。」


――極道……つまりヤクザ⁉


その言葉に思わず言葉をなくす……さっきまで仲良くしていた普通の人たちが、全員ヤクザ関係者⁉しかも紅蓮会と言えば一般の人たちの間でも有名なヤクザだ。


中学時代はその名前を使ったチェーンメールすら出回って教師が注意を呼び掛けていた。それくらい有名だ。

未だに信じることはできないが、今見ている光景が答えになっている。

僕にやさしく接してくれていた飛葉さんでさえ、今は日本刀のようなもの振り回し戦っている。

未だに頭が現実に追いついてない中、先生はさらに話を続ける。


「そしてこの高校にはちょっとしたルールがあってね、クラスの人数が半数以下になると組織の機能能力が低いとみなされて学級閉鎖……つまりクラスを廃止されてしまうの。」


その言葉でふと教室に来たときのことを思い出す。


「確かあの時、数えた席は三十……クラスの人数は……十四人」

「そう、今クラスの人数は君を含めて十五人、つまりここで一人でも重傷を負えばクラスの人数は十四人となり、クラスはつぶれるわ」


その言葉に動揺を隠せないでいた。

それと同時に最悪な考えが脳裏をよぎる。


――……もしかして、僕は数合わせ?


 僕を入れて十五人ということは、元々十四人で壊滅手前だった、だから僕を入れるために、みんなあんなに優しかったのか?


「それは違うわよ」


 僕の表情から考えてることを読み取ったのか、何も発していない僕を先生は否定した。


「もしあんたを数合わせで考えていたのなら盃なんて交わさないわよ。そんなに簡単にできるようなもんじゃないのよ、私たちの世界での盃ってのは。」


 先生の言葉でふと思い返した。

 

――そうだ、今、戦っているのは僕が原因なんだ、


 今日転校してきたばかりの僕が傷つけられそうになったのが引き金で、クラスがつぶれるかもしれないのに戦ってくれているんだ。

 一瞬でも皆を疑った自分に怒りを感じ体を震わせる。


――もし、この戦いを止めることができる可能性があるのは多分、戦いの原因となった僕だけ……


 僕は覚悟を決めて先生に問いかける。


「先生、教えてください、この争いを止める方法を」


その言葉を聞いた野々代先生は、僕の目を真っすぐに見つめると、僕の決意を読み取ったのか、小さく微笑んだ。

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