第2話 仲間
校舎の敷地内にある様々な物についている無数の傷痕、地面は荒れ果てているが、校舎と校門のちょうど真ん中に飾ってある噴水は、ボロボロながらもきちんと動いている。
どうやらこの学校が活動中なのは確かのようだ、だが普通の学校とは到底思えない。
まだ時間は午前中で、日差しは眩しいくらいに輝いているが、人気のない荒れた学校はすごく不気味に見えた。
僕は校門の手前で立ち止まり、そこからの一歩を踏み出せないでいた。
ここを通れば後戻りできなくなる、そんな気がしたからだ。
漫画かアニメの影響もあるのか、僕はその風景を見ながらここは別世界じゃないかと思えてきた。
僕が校門をくぐるのを
その姿は女性で僕よりも年上に見られ、学生には見えないことから、おそらく教師と思われる。両手に何か持っているのが気になるがそれ以外は特に目立ったところはない。
――よかった、普通の人だ……
当たり前の話なんだけど自分の妄想が入った分、変な想像ばかりしていた。
僕はためらっていた足をあっさり前に進め、女性の方へと向かっていく。
……が、僕は数歩進んだところでふと足を止め、眼を凝らす。
別に女性に変なところがあるわけじゃない、ただ手に持っているものがあまりにも、今の時間帯と学び舎にはふさわしくないものだった。
――酒瓶と缶ビール……
女性が持っていたものは未成年が禁止されているアルコール類の飲み物。
生徒から没収したものであればわかるが、近づくにつれてわかる彼女の真っ赤に火照った顔を見れば、一目瞭然、絶対自分で飲んでる。
彼女が僕に近づくと酒瓶をそのまま飲みほし、酒の匂いをプンプン匂わせながら呂律があまり回ってない口調で話しかけてきた。
「やっほ~あなたが倉田君が言ってた転校生だね~、名前はえ~と……よつつつつつじ君」
「四辻です」
「そうそう、そんな名前!!私は君のクラスの担任の、のののののしろつかさよ、よろしく~」
――完全に出来上がっている……
こんな真昼間から泥酔まで飲んでいる……これが担任なのか、とてもじゃないが人を教える立場の人間とは思えない。
多分名前は野々代つかさと思われる。一度下がった不安がリバウンドを起こしたように急上昇し始めた。
「そいじゃあ、今からクラスに案内するからねぇ~」
そう言うと担任は校舎へと少しふらつきながらも歩き始めた。
――……え⁉迎えに来るってまさか、ここからだったの⁉
確かに駅から迎えが来るとは言われてなかったが、こんなとこから迎えに来られても校舎までは眼と鼻の先じゃないか、こんなところから案内されても……そう思っていると、ふらつきながら歩いていた野々代先生が、数歩歩いたところで、ピタッ立ち止まった。
「あ、そうそう、一ついい忘れたけど、校舎の中に入ったらぜっっっっったい、私の後ろから離れないでね、……この学校で楽しく過ごしたいならね♪」
その一言だけ言うと再び前へと足を進めた。
さっきまで酔っぱらっていてふざけた口調だった教師が急に真面目なその言葉を放った瞬間、何故だか僕はとてつもない寒気に襲われた、不安の上昇が止まらない。
――
校舎の中に入ってみると中は割と普通に見えた。
正面口に入るとまず下駄箱があり、そのすぐ先は突き当りになって左右に廊下が続いている。
廊下の窓からは広々とした中庭が見える。
「左はA組からD組、右はE組からH組の教室があるわ、あなたのクラスはB組だから左よ」
あっという間に酔いから醒めた担任が説明しながら左方向に曲がると、僕は言われた通り担任の後ろをつかず離れずに歩いた。
「ふふ、本当に言われた通り歩いてるわね、なんだか小動物みたいでかわいいな~、もなんだか幼いし、君本当に高校生?」
酔いからさめた野々代先生にそういわれると思わずドキッとしてしまう。
さっきは酔っていたことで気付かなかったが野々代先生はとても美人だ、髪は薄い茶色のロングヘアーで少し後ろ髪にウェーブが掛かった髪型でスタイルも抜群だ、まさに魅惑の年上教師と言える。
今までキモイとか汚いとかしか言われたことがないから余計だ、やっぱり髪をもっと早く切ればよかったと少し後悔した。
僕は顔の体温が上がってくるのを感じると、恥ずかしさをごまかすために話題を変える。
「あ、あの……ここってなんだか傷が多いですよね、なにかあったんですか?……」
「ああ、結構ボロボロでしょ?安心して、校舎の中はきれいだから、設備も他の高校よりいいわよ、傷に関しては……まあ、そのうちわかるわよ」
話題は上手く変えられたけどそれと同時に気になる回答が返ってきた
――そのうちわかるってどういうことだろう?
左の方向へ少し歩くとすぐに角にぶつかりその角を曲がると長い廊下が前へ広がっていた。しかしその廊下は少し不自然だった。
その長い廊下には教室らしいものは見当たらず、少し進むたびに階段が設置してあり、そこにはそれぞれAからDとクラス分けされていた。
「私たちのクラスはBだからBの書いてある階段ね、一応三階まであるけれど教室は二階にあるから、ちなみに他の階段にはぜっっっっったい上らないでね。」
またもやここでも念を押されてしまった。
もしかしたらそこに傷痕の原因があるのかもしれない、僕はBクラスの階段の位置を確認すると恐る恐る上る。
そして二階に着くと今度は四つの教室とそれぞれの横に男女のトイレが設置されていた。
さっきの階段と言いトイレと言い、この学校では完全にクラスが区分けされているようだった。
そして僕はちょうどBと書かれた教室の前まで来ていた。
――ここがぼくの教室……
新しいクラスを前に少し緊張が走る、心を落ち着かせようと深呼吸をする僕とは裏腹に、野々代先生は勢いよく教室の扉を開けた。
「よーっ!野郎ども!今日はお待ちかねの転校生が来たぞー!」
ハイテンションな紹介につられて、僕も慌てて教室に入り教壇の横に立ち教室全体を見渡した。
机は縦に六列、横に五列置かれていておよそ三十の席がある、しかしほとんどが空席で人数はざっと数えると男子七人、女子七人の計十四人しかいなかった。
「ほら、自己紹介する!」
背中を叩かれ急かされると、僕は黒板にフルネームを書き自己紹介した。
「えっえと、き、今日から転校してきたよつつつじ誠です。よっよよろしくお願いします。」
緊張のあまり噛みまくってしまった、自分の名字がここまで言いにくいものだとは思わなかった、きっと今の僕の顔はとなりの酔っぱらいと同様真っ赤になっているだろう。
僕の自己紹介を見ても周りはシーンとしていたが、一番前の席にいる眼鏡をかけた、いかにも優等生っぽい女子が小さく手を叩くと教室の所々から手を叩く音が聞こえた。
「よし、じゃああとは若い子たちに任せた!席は適当に座って!私は職員室に戻るから、お前らよろしく!」
「え⁉ちょっと先生⁉」
そういうと野々代先生はお酒♪お酒♪と鼻歌歌いながら教室から上機嫌に出ていった。
教室に再び静けさが残る。
――とりあえず席へ座ろう……
僕は空いてる席へ座ろうとするが、何分空席が多い分座るところも迷ってしまう。前の席は三つほど空いていて、右から二つ目の机にはさっき拍手してくれた友好的そうな女子がいるが、その隣の真ん中の席には額に赤いバンダナを巻いた鋭い目つきの男子生徒が机に足をかけて座っている、とてもじゃないが近くには座れない。
僕はバンダナを巻いた男子生徒と目を合わさないようにしながら、後ろの方にある空席が固まっているところへと移動した。
が……
「おい!」
最前列の男子にドスの効いた声で呼び止められる。
「お前、どこの席に座るつもりだ?」
「え?え~と、そこの空席のどこかに……」
急に話しかけられて焦った僕は、少し慌て気味に後ろ付近の空席が固まっている席を指さした。
「あそこの席は全部埋まっている、座るならここにしろ。」
そう言ってバンダナの男子は自分の隣の空席を指さした。
僕は無言で頷くと恐る恐る移動して隣に座った。
無言ながらも隣からずっしりに来る威圧感に今にも押しつぶされそうになる。
――やばい、逃げ出したい。
そう思っていたら再び話しかけられる。
「おい」
「はい⁉」
思わず敬語になる。
「お前、どこの組のもんだ?」
「は?」
唐突な意味の分からない質問に固まってしまう。
「お前、いきなりなに言ってんだぁぁー!」
ツッコミと思われる言葉と共に、鋭い蹴りが強面の男子の後頭部を襲う、男子はそのまま床へと倒れこんだ。
「ってーな、なにすんだ!京香!」
「あんたこそ何聞いてんの?向こうは堅気よ、いきなり転校生に怖がらせて、向こうビビってんじゃない!」
二人はそういうと驚いて目を丸くしている僕に視線を向けた。
――確かに驚きはしたけど、一番驚いたのは君の蹴りなんだけど。
知的そうなメガネをかけた優しそうな女子から繰り出された容赦ない蹴り。
その蹴りの鋭さはそこらの不良なら一撃で倒せそうだった。
「ごめんねぇ、この馬鹿がいきなり変な質問して、私の名前は
彼女が謝罪しながらそう自己紹介してくれると、少し緊張が和らいだ。その様子を見て、少しふてくされ気味に若田部と紹介された男子は僕に絡むのをやめ、腕を頭の後ろで組み天井を見上げた。
前の席で飛葉さんとやり取りをしていると、後ろに固まっていた他のクラスメイトも少しずつ、僕の席に集まりだした。
「ねぇ?どこから来たの?」
「前の高校では部活とかやってたの?」
「彼女とかいるの?」
「え、え~と……」
いきなりの質問ラッシュに思わずパニックになる。
「はい、ストッープ!四辻君が困ってるでしょ、質問は一つずつ。」
飛葉さんが手を叩いて話を止めうまくまとめてくれた。
おかげで質問はスムーズに受け答えがで来ていた。
「じゃあ趣味は?」
「え?」
頭に二つのお団子を作った活発そうな女子がしてきた質問にテンポよく答えていた言葉が止まった。
――最初の難関が来た。
僕の趣味は好みがわかれるアニメ鑑賞。正直に言ったらドン引きされないだろうか……
だがそれ以外に答えられる趣味なんてものはなかった、僕が質問の回答に戸惑ってしまう。
「ああ⁉そのキーホルダーは魔女っ娘えりなのストラップ!」
僕が回答に困惑していると遠くから声が聞こえた。
声の主は一番後ろの列で固まっていた男子の一人だった。とてつもない長髪で顔のほとんどが髪で覆われていて見えない。それは髪を切る前の僕に酷似していた。
彼は僕のポケットから出ている携帯のストラップを離れている席から見つけると、ものすごい速さで机まで走ってきた。
「なに?横田知ってるの?」
「知らないわけがないでしょ!そのキャラクターはアニメ魔女っ娘知恵の第八話にに出てくる主人公のライバルの妹で――」
横田と呼ばれた男子が熱弁してくれている。周りは若干引いてはいるが、嫌われている素振りはない。その姿を見て僕も趣味について打ち明けた。
「へえーじゃあ君も横田と一緒でアニメとかが好きなんだねー、良かったね、横田、共通の趣味が持てる子がきて」
「同士よ!」
横田君が僕の両手をつかんでくる、相手は男子ながらも向こうの手の体温を感じるととてつもない喜びを感じていた。
その後の質問にもしっかり答えられている。他の人たち積極的に話しかけてくれてすごく馴染みやすい、思った以上に歓迎ムードだ。
ここでなら新しい生活を送れそうだ……そう思った直後だった。
「ちょっと質問良いか?」
再び後ろの席から男子の声が聞こえてくる。今度は窓側に固まっている男子の一人で、坊主に近いほどの短髪を金髪に染め上げた少し柄が悪そうな背の低い男子だった。
「何、片瀬?質問ならこっちまで来ていいなよ?」
「いや、密度の濃いところはあまり来たくないんでね」
そう言って拒むとその場で質問をしてきた。
「お前、なんでこの高校に転校してきたの?」
いきなりの質問の内容に僕の表情が少し曇った。
「べっ別にそんなこと聞かなくても良いじゃん来てくれただけでも」
「良いわけねーだろ。お前も薄々感じてると思うがここは一般の奴が来るところじゃねぇ。ここにくるやつらは皆決まってるんだ、一般の奴が来るなんて今まで一例がねぇ、なら訳アリって事だろ?」
「別にどんなわけでも……いいじゃん!」
「そうよ!今の状況わかってんの⁉」
少し背の小さいおかっぱの女子とお団子頭の二人の女子に責められた片瀬君は渋い表情を浮かべた。
「チッ……言いにくい事なら別に答えなくていいよ。」
片瀬君は不機嫌そうに言った。
皆が僕を気遣ってくれているのが凄く嬉しかった、……だけど僕は――
「……いじめだよ」
うつむき加減で答えた僕にみんなが視線を向けた。
本来なら言うつもりはなかった、でも、言っておかなければいけない気がしていた。
この忌まわしき記憶はずっと隠して生活をしようと思っていた。けど隠し事をしたまんまでじゃ何も変わらない気がした。
皮肉なことに一度飛び降りたことでかなりの度胸が付いていたみたいだ。多分昔の僕ならそのまま内緒にしておき、きっと言わないままでいただろう。
そういう部分で言えば少し変われたかもしれない。僕は転校するまでの流れを説明した。
説明を始めてみると思ったよりも話しやすくて、終わった頃には胸がすっきりしていた。もしかしたら僕は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
ちゃんと打ち明けたのが良かったのか少しきつい口調だった片瀬くんを初め、気が付けば皆が僕の周りに集まり耳を傾けていた。
「へぇ、本当にそんなことってあるんだねぇ、テレビの中だけかと思った。」
「そいつら全員ぶち殺してやりたいぜ」
「ていうかその倉田って教師もなんで勧めたんだろうね?普通はそんな程度じゃここには来れないと思うけど。まあこちらはおかげで助かったからいいんだけどね。」
僕の話を聞いてみんながそれぞれいろんな反応を示してくれている。
それだけでも打ち明けてよかったと思えた。
「でも本当にそれでよかったのかい?」
優等生のようなきちんとした身だしなみの男子が聞いてくる。やはりみんなそう思うんだろう。虐めを隠ぺいしての転校、結果的に何の解決にもなっていなければ、いじめた側にもなんの影響もない。
「いいんだ、どうせどこに伝えたって一緒だよ。そんなことでは僕の望みは叶えられない。」
「望んでいるものって?」
その言葉にふと考えさせられる。
僕の望んだものって一体なんだったっけ?
あいつらに同じ苦しみを味会わせたい、それもある。
向こうに罪意識を感じてほしい、それもいい。
でもそんなのは絶対に無理だと思った、だから僕は別の望みをかなえるために転校の選択をしたのだ。
それは……
「友達がほしい……」
その言葉にみんなが一斉に黙り込んだ。
我ながら失言だと思った、今の言葉で完全に空気が変わってしまった。
慌てて取り繕うとしたら僕の隣から沈黙を破る声が聞こえた。
「友達ってなんだ?」
沈黙を破ったのは飛葉さんに蹴りを入れられて以降ずっと話に参加せず、机に脚をかけ天井を見上げていた若田部君だった。
「お前にとっての友達……仲間ってのはどんなんなんだ?」
若田部君の言葉に僕は答えられずにいた。
僕はずっと友達が欲しいと思っていた……だけど友達の定理なんて考えたこともなかった。
ただ、一緒に遊ぶのが友達?
何でも相談できるのが友達?
それともピンチの時に助けてくれるのが友達なのか僕にはわからないでいた。
僕が答えを出せないでいるとと若田部君の方から答えを言ってきた。
「俺はこのクラス全員は皆仲間……いや、家族だとだと思っている」
彼の言葉を聞いた瞬間、僕は彼ににとてつもない憧れを抱いた。赤の他人の人を家族とまで言ってのける彼に。
「こいつらは俺のために命を懸けてくれるし、俺はこいつらのために命を懸ける。」
彼の言葉に誰もが否定をしなかった。
そして彼は真剣な眼差しで僕の眼を見て聞いた。
「お前に仲間のために命を懸ける覚悟があるか?」
鬼のように鋭い目……でも今はその眼に恐怖は感じない。
「もし覚悟があるなら……俺達もお前に命を懸けてやる。」
彼の言葉に偽りなんてない、命を懸けるなんて大げさな事に思えるが、彼の眼は真剣だ。
彼の言う命を懸けるというのは言葉通り本当に命を捧げることなのだろう、ただ僕の答えは決まっている。
「ある」
若田部君の眼をにらみ返しながら言った。
一度命を捨てた身、本来なら何の役にも立たないまま終わる予定だった命だ、ならばその命を仲間のために捨ててみよう。
僕は真剣にそう思えたのだ、僕は真剣な目で見つめる彼の眼にきちんと向き合い答えた。
「……そっか、ならよろしくな」
ずっと仏頂面だった若田部君が小さく微笑むと僕に手を差し伸べてきてくれた。
僕がその手を握ると周りから小さな歓声が上がった、そして他の人たちとも軽い挨拶を交わして言った。
このメンバーのためなら本当に命を捨ててもいい心の底からそう思えた。
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