第4話 けじめ
校庭で行われている激しい争いの中、校庭の中央付近では、二人のクラスのトップが激しい戦いを繰り広げていた。
「これでB組も終わりだな若田部!こんな安い挑発なんかに触発されて、組の頭が無能だと下に付くやつらも苦労するぜ!」
「うるせぇ!味方が倒れる前に、てめえをぶっ潰せばいいだけだろうが!」
若田部が金属バットを、九条が日本刀の模造品を武器に激しく合いまみえる。
「そんなことできるとでも?これだから脳筋の奴らは、バカなんだよ、ちょっと仲間を侮辱された程度で、頭に血が上りやがって、今後、紅蓮会での自分の組の地位を脅かされるかもしれないのに」
「……今いるやつらは、全員それを承知でついてきてるんだ、もしこれで仲間に何かあるなら俺の命捨ててでも責任とってやるよ!」
九条の言葉に動揺する素振りも見せることなく若田部はひたすら立ち向かっている。
――
校庭が戦場と化している中、僕は一人、校庭のちょうど中心にあるボロボロに崩れた銅像へと向かっていた。皆は戦いに集中しており、僕の存在に全く気付いていない。
僕は銅像のそばに立つと一度、辺りを見渡してみる。C組のクラスはB組の倍近くの人数がいるにもかかわらずB組は接戦している。
このクラスの人たちはかなり強い、だが時間が長引けば、人数が少ない方がすぐに不利になる。
詳しくはわからないがB組は一人でも怪我人が出ればクラスがなくなってしまうらしい。
――早く争いを止めないと……
担任の野々代先生から教えてもらった争いを終息させる方法は全部で三つ。
一つはクラスの指揮している生徒のどちらかが、倒れること、このクラスでは若田部君と九条君がそれにあたる。
だが、二人とも実力は互角で終わる気配は全くない。それにこちらは若田部君が負けた時点でクラスは解散になる。
次に二つ目は、素直に謝罪をし、相手側に許しを請うこと、はっきり言ってこれはほぼ、皆無に等しいだろう。
そして最後の三つ目……これが争いを怪我人を出さずに止められる唯一の方法だと思われる。
僕は銅像の前に立つと心を落ち着かせるため、自分の胸に手を当てる。
――大丈夫、虐められたり、飛び降りるわけじゃない。
手を当てると自分の鼓動の音が早く、大きくなっているのが分かる。
僕は鼓動を鎮めるように、小さく深呼吸をした後、大きく息を吸い込んだ、そして……
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
全身の息をを吹き出すように大きな声で、戦っている敵味方に呼びかけた。
余りの勢いに思わず本当にすべての息を吐き出し、少し息切れしてしまう。
これほど大きな声を出したのはきっと人生で一番であろう。
そもそも僕の人生で、大声を出すことなんて悲鳴くらいしかなかった。
僕の声に周りが気づくと、争っていた人たちはみんな手を止め、何事かと、僕の方へと視線を向けた。
周りが手を止めたのを確認すると、皆の視線が集まる中、僕はゆっくり九条君と若田部君がいる方へと歩いて行った。
「お前……」
「おやおや?どうしましたか?」
戦っていた二人の視線が僕に向けられる。
僕は唾を飲んで覚悟を決める。そして……
「この度は、なにも知らず、そちらの縄張りに入って、誠に、申し訳ありませんでした!」
九条君に向かって九十度近く頭を下げ、深々と謝罪をした。
「ほうほう、これはこれはわざわざご丁寧に……でも残念ですが、謝って済む問題じゃねぇんだよ!」
ドスの効いた声に圧倒される迫力と凄み。至近距離から浴びせられる怒声に思わず体が震え、ちぢこまりそうになる。
今まで生きてきた中でも言葉だけで圧倒されたことはない。一般の人たちから浴びせられる罵声とは比べられないほどの迫力。
それでも怯まずに先生に教えてもらった、やり方で謝罪をする。
「それはもちろん承知の上です、ですが今回の一件、B組にはなんの責任もありません。今回の件は僕がB組と盃を交わす前に起きた事です。ですのでこの一件の落とし前は、僕一人でつけさせてくれませんか?」
「ほう……」
先生から教えてもらったこの戦いを終わらせる三つ目の方法……それは僕一人で責任を負い、落とし前、つまり事態を終息させること。本来ならこんなことは難しいが、この件がB組と盃を交わす前だと言うこともあり、その点を突けば十分理解を得られるとのこと、ただその分、自分もただでは済まないだろう。
僕の振る舞い方に感心したのか、先ほどのきつい口調から再び、冷静な口調へと変化していった。
「つまり、君がけじめをつけると?」
「はい。」
けじめ……簡単に言えば償いだ。どういう風に償えばいいかは向こうの判断に委ねる形になる。
「フム……」
僕が頷くと九条君は眼鏡を軽く上に持ち上げ、少し考えた後、その話を承諾した。
「まあ、いいでしょう、筋も通っていますし。ではこの一件、あなたにきっちり落とし前をつけてもらいましょう。」
そういわれると僕はほっとすると同時に心の中で覚悟を決める。
極道の世界でのけじめのつけ方として、最も知られているのは、自分の指を切り落とし、相手に献上する指を詰める行為だろう。僕は自分の指を見てごくりと唾を飲む。
「ではけじめとして指を一本……と言いたいところですが生憎私たちはまだ子供ですからね、この組も縄張りも所詮は仮の組なのでそこまでしなくてもいいでしょう」
その言葉に少し心が緩むも、逆にどんな罰を命じられるか少し不安になる。今までいろんなことに耐えてきたんだ、どんな酷い別でも受ける覚悟はできている。ただ、もしこれで学校にこれなくなるまで痛め付けられたら結局意味がない。
周りの生徒たちもどんなけじめをつけさせるのか、構えている。
「本来なら、血祭りにしているところですが、それじゃあ、病院送りになって結局クラスがつぶれてしまうので面白くない、なのでここはひとつ……今、この場で全裸になってもらい土下座をして私の靴をなめてもらうということで手打ちにしましょう。」
その言葉を聞いた途端、若田部君が再び殺気立つ。
「九条……てめぇ……」
九条君が提案をしてきたのは一般の中でも屈辱的で、その行為は人間として扱われず家畜を彷彿させるようにみえる。
向こうの一言に再び争いが始まりそうになっていた。だが僕の心はそんな皆とは違っていた。
「なんだ、そんなことか。」
そうポツリと呟くと僕は、淡々と服を脱ぎはじめ、全裸になると、地面に頭をつけて土下座すると、九条君の靴を
なんの躊躇もなく、行った行為に周りの空気が一瞬にして固まってしまった。
「ククク……アハハハハハハ」
そんな行為をみて九条君が高らかに笑う。
「これはやられましね、屈辱を味わってもらうために要求したことを何の苦とも思わずにやってのけるとは、この子には何のプライドもないのですか?これは滑稽です。」
九条の笑い声にC組の生徒はつられて笑い、中庭はC組の笑い声で一杯になる、その光景を見てB組の生徒は歯ぎしりをし、怒りで体を震わせながらもじっと堪えている。
僕はその場でひたすらに頭を地面にこすりつけていた。
「ハハハ……、久々に笑わせていただきました。いいでしょう、今回の一件、これで手打ちと行きましょう、これからは気を付けていただきたいもんですね。」
盛大に笑い終わると、九条君は上機嫌にその場から立ち去り、C組の生徒たちも校舎内へと戻っていった。
僕は全員が戻ったところで頭を上げると、服を着始める。
「お前何考えてんだ!」
着替え終わった直後に若田部君が胸ぐらを掴み怒鳴りあげる。
「あんな要求、簡単に受けちまって!あんなことやらされて悔しくないのか!」
怒りが込みあがった若田部君が今にも殺しそうな目で僕を睨んでくる。
その眼は今まで見た誰の眼よりも恐ろしく鋭かったが、僕はその眼に不思議と恐怖を感じなかった。
むしろその眼をみて嬉しさが込みあがっていた。
彼は僕が恥をかかされたことにここまで怒ってくれている……そう思うと僕はただ嬉しかった。
その光景を見ていた他の仲間たちが慌てて駆けつけて引き離す。
引き離されてもなお興奮している、若田部君を見て僕は明るい表情で答えた。
「悔しくなんかないよ、だってこれでB組が守れたんでしょ?。もしこの行為が恥をかかされるためだけで何の意味もないのなら悔しかったかもしれない、でもこれでクラスの消滅が免れたのなら、悔しがる理由なんかないよ。」
そう、この行為には意味があった、今まで強引に服を剥ぎ取られ、全裸にされ、辱められた時とは違う、クラスを守るために自分の意思でやったのだ。僕はその行為に何の恥とも悔しさも感じなかった。
「仲間が一人のために戦うように、一人が仲間のために戦うのも時には必要なんじゃないかな?。」
僕の言った言葉にクラスの生徒たちは黙り込んでしまい、それ以上何も言ってこなかった。
そしてこの後から、僕は皆の輪からはみ出てしまった。
――キーンコーンカーンコーン
どの学校でも変わらない聞きなれたチャイムが午前中の授業の終わりを告げる。
朝の騒動からまだ数時間しかたっていないことに正直驚いている。
あれだけの騒動なのに授業は全く普通で、今までの出来事がうそのように思えた。ただ、周りの人から距離を置かれたままなので、現実ではあるようだ。
――やっぱり気持ち悪かったのかな。
僕を除いた他の生徒たちが離れたところで話し合いをしている。
また一人ぼっちになってしまった。そう思うと少し寂しいが、前ほどの悲しい感情はない。
何故ならこのクラスの人たちがどれだけ優しい人たちでどれだけ仲間思いかを知ってしまったから。
そして距離を置かれたのはそんなクラスの人たちを守るため、そう思ったら少しだけ誇らしかった。
――そうだ、購買いかないと。
昼食がなかったことに気づき食堂に行こうとするがふと立ち止まる。
――そもそも食堂って縄張りとかあるんだろうか?
朝の出来事のすぐでまた問題は起こしたくない。
そう思い行くことをためらい再び椅子に座る。
――むやみに動かない方が良いよね、とりあえず授業終わったら職員室へ行こう……
僕は空腹を紛らわすため、机にもたれかかると、ひんやりした机の上で、そのまま眠りについた
――
――……ん?なんだか周りが騒がしいな。
周りから聞こえてくるガヤに気づくと、思わず目を開け、体を起こす、すると周りには僕を囲むようにクラスの人たちが集まっていた。
「あ、ほら起きたよ」
「起きたんじゃなくて、起こしたんでしょ!あんたがうるさいから」
「俺だけじゃねーだろ!お前もだろ!大体なあ――」
「両方うるさいよ!」
周りから聞こえていた声はどうやら若田部君と飛葉さんらしく他の皆はこちらを見ていた。
「えっと、これは、どういう……ああ、そうか」
質問しようとしたところで気づく、きっと盃の返納だ。
そう察すると僕はとりあえず椅子から立ち上がると若田部君に向き合う。
「へぇ、わかったか、察しが良いな」
「うん、大体予想はできるからね」
そう答えると若田部君はニヤリと笑うが、隣の飛葉さんは本当にわかってるんだろうかと首をかしげている。
「そうか、なら話が早いな、じゃあ早速……えっと名前なんだったっけ?」
「四辻誠です……」
盃の返納の際には名前が必要なのか?そう思いながら名前を告げると、若田部君は覚えるように何度も僕の名前を呟く。
そして覚えたのか、よし!っと言って手を叩く、すると何故か周りにいた皆が一斉に横一列に綺麗に並んで膝に手を乗せ中腰になりながら頭を下げた。
「四辻誠さん!この組の組長になって下せぇ!」
「…………え?」
予想していたことの真逆の事に、文字通り僕は目が点になってしまった。
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