19 男の友情は秘密だらけ


「盗聴は犯罪です」

「ええ、ごもっともです」

「ストーキングも犯罪だし」

「す、ストーキングじゃない!尾行だから、探偵ごっこみたいなもんだから!」

「姉ちゃん、何頼む?やっぱりガッツリ肉?なあ、まかべ肉でもいい?」

「ああ、構わない」

「コラ、楓!もうすこし遠慮しなさいよ!」


 勿体無いとは思いながらも私達は水族館を出て、しばらく歩いたところにある大手ファミレスチェーン店に入った。昼ご飯にしては遅いぐらいの時間だが、千花は苛立っているせいかお腹を空かしている。

 千花が軽くバカ二人に説教をしている横で、のんびりとメニューを眺める楓の表情は自分は関係ないと主張していた。今も悠長に自ら水を取りに行った真壁に、お礼をいっている。


「真壁さん、何というか…ありがとうございます」

「いや、大丈夫だ。それより千花さんはファミレスで良かったのか?」

「一体、どこに連れて行くつもりだったんですか」

「デートといえばイタリア料理店だと聞いた。まあ、リストランテではなくトラットリアだったんだが、ファミレスよりは良いかと思っていて」


 よくわからないけど、どっちもハードルが高そうなので、ファミレスでお願いします!!

 申し訳なさもあり店名を聞いて検索すれば、名のある高級店が現れたのですぐさま却下を出した。


「で、なんで着いてきたんですか?」

「千花が電波とデートするって聞いて心配だったから」

「可愛く着飾った千花ちゃんがロリコン電波とデートなんてやっぱり許せなかったし、心配だったから」

「千歳が一人で留守番はあんま良くねえって言うから」

「そういう問題じゃありません!!」


 怒りのあまり机を叩いた興奮気味の千花を、宥めるように目の前にメニューが現れた。視線を動かせば真壁が無表情でメニューを差し出している。


「千花さん、落ち着いてくれ。ほら、とりあえずメニューを見ましょう、何が食べたい?」

「……デザートは付けてもいいですか?」

「ああ、勿論構わない」

「エビグラタンとチョコレートパフェ…」

「千花さんは可愛いな」


 子供っぽいとは思いつつも食べたいと感じたメニューを言った。その後すぐに、とろけるような甘い表情を見せる真壁は、美形だろうが心底気持ちが悪かった。

 以前から思っていたのだが、千花の幼い行動を可愛いと賞賛する事があるので、もしかしたら真壁は雪路の言うとおりロリコンの気があるのかもしれない。凹凸は少ない体型だが、幼いとは言いがたいものだからロリコンではないと思いたかった。

 千花が真壁に対して怪訝な顔を見せるとここぞとばかりに正面の雪路が騒ぎだす。


「お前、千花ちゃんに警戒されてんじゃん!よくそんなんで水族館デートなんてできたな!」

「雪路は姉ちゃんに遊園地断られたの引きずり過ぎだよなぁ」

「その、諏訪君だったか……静かにした方がいいんじゃないか?」

「おまえ、電波と思ってたけど、案外常識人だよな」

「………先生、前から思ってたのですが、その電波ってなんなんでしょうか?」


 至極、真面目な表情で悩み出している真壁は、本当に変な人だと思う。しかし、電波に、電波の自覚を持たせるのは、とても難しい事なので放置しておこうと思う。

 あれが食べたいこれが食べたいの先頭に、千花のが付く千歳を叱りつけながら、周囲にメニューを決めさせ、真壁にボタンを押すように言う。


「ボタン………?」

「………あのファミレス来たことないんですか?」

「そうだな、あまり来ないな。ファストフードやコーヒーチェーンにはよく行くが、ファミレスは二回目か………」


 その場にいた人間が絶句した。なんでこの人は会社員なんてしているんだ。

 驚きのあまり言葉を紡げないで居ると、何を思ったのか楓がニヤニヤとしながらボタンを指さした。


「だまされるなよ、真壁!このボタンを押すとイスが飛ぶんだ!」

「なんだと……それは、俺もバラエティでよく見たことがある。楓、教えてくれてありがとう」

「そんなわけないでしょう!?コラ楓、人に嘘を教えないの!!」

「ちょっと冗談言っただけなのに。ごめんな、真壁。嘘なんだ。実は、コレは押すと爆発する」

「ファミレスにはそんな危険があるのか!?」

「コラ、楓やめなさい!!真壁さんも簡単に信じないの!!」


 二人を叱りつけながら千花は、とりあえず真壁の近くにあったボタンを押した。真壁の身体が強ばり、小さな悲鳴を上げていた。

 爆発する訳ないのに、彼は電波の上にバカなのだろうか……千花は隣の成人男性が段々哀れに思えてきた。


「これは店員を呼ぶ為のベルです。なるべく用事がないときは押さないようにしてください」

「へ、へえ、なるほど便利ですね」

「水は取りに行けたのに、どうしてボタンは知らなかったんですか」

「一緒にいった奴が、大声で店員を呼んでいたんだ。そのまま店員を口説いていた、綺麗な店員が現れたら口説かなければ失礼だと教えられた」

「ご迷惑になるのでそれは止めましょう」


 この人の友達も結構な感じでご迷惑な方のようだ。

 どうしてファミリーレストランに来ただけだというのに千花は頭を抱えたくなるのか不思議で仕方がない。

 しかし、可愛らしい女性店員に口説こうとしている千歳を注意すれば、やはりマナーだと思ったらしい真壁が口説こうとした。違うとの意味も込めて、頬を抓れば嬉しそうな顔をしてきたので千花はすぐさま手を離した。


「嫉妬、してくれたんだな!つまりは俺のこと…」

「おい!千花ちゃんに気安く触るなよ!手離せバカ!」

「断じて違います。雪路君も騒がない」

「千花、このチャレンジパフェすごくね?家で作ってみないか?」

「千歳さんは甘いものを控えてください。それから作りませんから!!」

「あの……お客様、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「ごめんな、ウェイトレスさん。注文大丈夫だし、確認もべつにしなくていいです。あ、待ってやっぱり食後にチョコレートパフェも追加してて」

「はい、かしこまりました。」


 千花は早々に家に帰りたいと、切実に願っている。食事一つ頼むのに、どうしてこんなにも時間を浪費してしまったのか、今も感覚は定かではない。






「じゃあ、デザートもいただきましたし、そろそろ帰りましょうか」

「えっ、帰るのか?」


 食事もそこそこにすませ、千花達はドリンクバー特有の味の薄い珈琲や風味が感じられない紅茶を飲んでいた。

 そんなだらけた様子でいる間に、そろそろ帰ろうかと打診すれば彼は渋った様子を見せる。

 すこし戸惑うような表情をする真壁に首を傾げながらも、千歳と雪路、楓に視線を向けながら千花は口を開いた。


「だってこんな状態じゃ、デートも何もないじゃないですか。この後分かれたとしても、この人達、着いてきますよ。」

「あ、いや……そういうことではなくて」

「真壁さん?」


 彼は視線を右往左往とさせながら、何か色々と言葉を探っているような気がした。

 ただ、もう少し待ってくれないか?夕方までで良いから時間をくれと懇願してくるものだから、千花は余計に首を傾げる。理由が分からなければ、どうにも出来ないだろうし、きっと千歳達も納得して帰ることもないだろう。


「何か理由があるなら言ってください。全部じゃなくてもいいんです」

「その……どうしても、貴女と、観覧車にのりたいんだ」


 できれば、夕方がいい。節目がちに続けて言った真壁はどうにも不自然だった。何か彼にとって意味のあることなのだろうかと、不思議な気持ちで聞いた。


「観覧車、ですか……」


 意図が分からず、千花は彼の言葉を繰り返した。さらに真壁は困った表情を浮かべる。


「その……カップルはデートの際に必ず乗るものだと思っていて、だな……」

「なあ、まかべ、観覧車乗ったカップルってダメって噂の方が多いと思うぞ?クラスの女子が言ってたの聞いたことある。」

「よし、観覧車に乗ることを許可しよう」

「そして結ばれるな永遠に」

「まあ、迷信ということもありますから、絶対ではないと思いますよ」

「……そうなのか」


 沈んだ低音が千花の鼓膜を震わせた。

 そこまでして彼が観覧車に乗りたがっていた事を意外に思ったが、どうしても乗りたいといったくらいだし、当たり前と言えば当たり前だった。

 真壁の中で観覧車に思い入れがあるのかもしれない。彼が千花の事を知らないように千花だって真壁のことをよく知らないのだ。

 だからといって、千花は彼に干渉しよう等という気が起きる訳でもなく、ただ相槌程度の感想が漏れただけだった。


「できれば……貴女と観覧車に乗りたい。しかし、一緒に居られなくなるのは、とても悲しい」

「えっと、私はどうすればいいんですかね?」

「……どうすればいいのだろうな」


 こっちが聞いているんですが。そんな言葉も告げられない、微妙な空気が千花と真壁の間を通った。いつもなら茶々をいれてくる千歳も雪路も、入ってくる雰囲気もない。

 観覧車に乗りたいという希望は真壁のものであって、千花は観覧車に乗っても乗らなくても、困ることなどないのだ。

 一日中、真壁と過ごしたがいつものような不快指数を高めることはなかった。水族館マジック故なのかはわからないが、純粋に楽しいと感じられたのだ。たかが十分程度の密室にはいる行為に抵抗はなくなっている。

 真壁の返事をじっと待っていると、炭酸飲料を飲んでいた楓が頬をつき、ため息を吐き出した。


「なあ、まかべ。そんなに乗りたいなら乗ればいいじゃん。」

「え?」

「なあ、姉ちゃんも観覧車くらい乗ってやってくれよ。」

「最初から別に断ってないよ。ただ、どうしてなのかなって思っただけ」

「乗りたいだけだろ。この際なんだから最後まで、まかべにつき合ってやんなよ。そしたら満足するんじゃない?それが真壁の憧れなんだよ、分かってやってくれよ」

「楓くんっ……」

「おれは、まかべの味方だからな」


 乙女のような表情で感謝の意を表す真壁と、得意げな表情を浮かべる楓は、どうみてもちぐはぐな組み合わせにしかみえなかった。

 二人の間で一体どのような友情が芽生えているのだろうと、疑問と一抹の不安を覚える。

 千花と同じことを考えていたのか、ジト目で二人を見つめていた千歳が口を開いた。


「楓、ずいぶんと真壁の肩を持つんだな」

「前から言ってるだろ、オレはまかべ派だって。それに、姉ちゃんいつも言ってるだろ?お友達には優しくしなさいって、味方は大事にしなさいってさ。」

「それは、そうだけど……」

「つか、いつからお前等は友達になったんだよ」

「男と男の秘密だよ」


 一体どういう関係なんだと、益々、千花と千歳の疑問は深まった。

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