15 人の心は読めないけど、楽しければ良い


***


「千花ちゃんは肌が白いから、こういうパステルカラーが似合うんじゃないかなぁ」

「アー、ソウデスカ」


 雪路は晴れやかな笑顔で、春色のワンピースを千花の胸にあてがった。彼の手にはまだ二、三着の華やかな衣服があてがわれる事を待っていた。

 可愛い服と千花の表情が全く一致していないことに早く気がついてはくれないだろうか……

 視線の傍らに見えるアパレル店員が、渋い表情を浮かべていて千花は居たたまれない。

 きっと千花の表情ではなく、千花の後ろに控えている有象無象達が原因なのだ。


「こういう如何にも狙った風な童貞を殺す服が今の若い子が好きな感じなんじゃないか」

「ええ、ちょっとダサくないっすか?」

「紀子、男受けを重視するならコンサバっぽい服がいいと思うなあ」

「スカートはミニ丈の方が、俺は嬉しいな」

「ちょっと後ろ静かにして!千花ちゃんに集中できないだろ!!」


 服屋の中の客は全て知り合いという地獄絵図は、未だかつて想定したことがない。

 (デートではないけれど)デートならば新しい服が必要だと、雪路が騒ぎ出したので雪路が着いてくるのはわかる。

 紀子と絵里子も、友人として着いてきたし、千花のセンスが壊滅的なので様子を見に来たこともわかる。

 恋愛マスターである君嶋が着いてきたことは少し首を傾げたが、学校帰りなので辛うじてわかる。

 わからないのは後のメンツだ。 

 千歳は何処から聞きつけてきたのかわからない。

 そして、ついでだと言わんばかりに、存在している楓の存在も解せない。

 大体、何故、全員ショップの中に入ってきた?何人か遠慮して外で待っていてもよくない?それよりも、どうしてみんな着いてきたの!?

 千花が苦渋の表情を浮かべながら、淡い色の服を見つめていると飽きてきたのか楓が千花の袖を引っ張ってくる。

 

「楓どうしたの?向かいの店でドーナツでも食べとく?」

「いや、後でみんなで食べるから言い。それより、ドーテーってなに?」

「お願いだから、絶対にその言葉を後で調べないで」


 千歳さんは本当にロクな言葉を使わないな!!

 情操教育に悪い単語が飛び交っているものだから、キッと千歳を睨みつけたが彼は何を勘違いしたのか、両手でグッドのマークを作った。グットじゃない、バッドだ。


「楓、俺が直々に教えてやろうな」

「千歳さんにだけは絶対に聞いちゃだめだからね」

「平たくいったら雪路のことかな」

「俺の全ては千花ちゃんの為に残してあるから安心して」

「責任がすごく重いからやめて」


 雪路の心の枷が強すぎて受け止めきれないので、千花以外の女の子を早く見つけてきてほしい。

 花柄のワンピースというあからさまなアイテムを、清楚を逆立ちしたような格好の雪路が千花にあてがっている光景は非常にシュールでしかない。スカートを手にとっても裾の広がったようなシフォン生地をあてがう。

 千花ちゃんはお姫様だからなあ……と戯れ言を吐いているが、千花はもう少し動きやすい格好の方が好きだ。


「でもデートにはやっぱりスカートだよねえ、メスドのストロベリーチョコリングっぽい色も可愛いな」

「それだよ!私がずっと言いたかったのはそれ!」

「急にテンションあげてどうしたの?」

「メスドの最新ドーナツは後で一緒に食べるから大丈夫だよ?」

「そうじゃない!」


 今日、一番のビックイベントな気がしないでもないけれどそうじゃない。


「どうして、デートにいく前提で話が進んでるのか説明してくれないかな?」

「えっ、千花ちゃん行かないの!?」

「えっ、ねえちゃん絶対コレは行くノリだろ!?」

「えっ、乗るしかないだろ、このビックウェーブに!!」

「お客様、店内ではお静かにお願いします」

「あ、はい。すみません」


 私が悪い訳じゃないのに!!なんで!?

 コンサバ全開のお姉さんの内面は、全然コンサバティブなんかじゃない笑顔を見せ始めたので、千花たちはショップを出ざるを得なくなった。

 そのあとも2、3件ほど同系統のお店を回り、2、3パターンのデート用の服を千歳が購入してくれたのだが、千花の心は晴れることはない。


 どうして、周りの方がデートに乗り気なの……みんな、反対してたよね?


 真壁とつきあってもいいのか?と聞けば、大反対する。かといって、デートに行くという行為を推奨している。何か裏があるんじゃないかと疑うが、何かが出てくるわけでもない。

 周囲の意図が全く読めずに困惑している千花のことなどお構いなしに、彼らは楽しげに帰路を歩いている。


「姉ちゃん、どうして難しい顔してるんだよ」


 先ほど、路面店で購入したフルーツミックスを片手に持った楓は首を傾げて聞いてきた。どうやら弟様は、この珍道中を大変お楽しみになっているご様子だった。


「そりゃ、難しい顔にもなるよ……真壁さんと仲良くする事には反対してるくせに、デートには行かせようとするんだもの」

「おれは真壁と仲良くするの反対してねえけどな」

「ああ、そうだったねえ……」


 楓は世にも珍しい真壁推奨派だ。しかも、裏取引済みという黒い関係である。

 ジト目で楓を見れば、楓は悪びれもしない表情で千花の手を握った。


「なんていうかさぁ、何事も楽しんだもの勝ちだろ?」

「結局それなんだ」


 千花の周りは愉快犯ばかりなのかもしれない。


「そーれーに!楽しいことは良いことだって、千歳がいつも言ってるじゃん」

「そうだぞ、千花。こんなに楽しいこと逃さないでいられるかってなもんだよ」

「人を玩具にして遊ぶのやめてもらえませんか?」


 楓とは逆側の手をとった千歳が自信満々に宣言してくるが、ただの屑だ。人を玩具にするなんて最低だ。

 大方、なにかネタ切れか何かを起こしたから千花と真壁のデートをこっそり見に行くつもりなのだ。絶対にそうに決まってる。

 だから、真壁とのデートになんていきたくないのだ。

 ……あれ、これじゃあ、千歳さんがなにもしないなら、普通に了承している形になってない?あれ?

 千花の深層心理が解らなくなっている状態でも、周りの野次は止まることなどなかった。


「紀子、真壁の事はだいっきらいだけどぉ……千花ちゃんの可愛い姿が見られるならお手伝いしようかなって思うよ?」

「俺も真壁とデートなんて、断固反対!!だけど、千花ちゃんの服コーディネイトする機会なんて、そうそうないから良いかなあって思ってさ」

「私は楽しかったらそれでいいから」

「右に同じく」

「みんな、私のこと暇つぶしにしてるんじゃないよね?一つの娯楽として受け止めてるわけじゃないよね?」


 デート当日は誰も着いてこないように釘を指すためにも、千花は真壁に待ち合わせ場所の変更を連絡する羽目になるのだった。

 これでは千花が誰にも邪魔されずに真壁とのデートに集中したいみたいで、大変不愉快だ。

 べ、別にデートなんて楽しみにしてる訳じゃないんだからね!!

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