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純情メルヘン進行形

16 女の子はじめましたって言ってみた。


「嘘でしょう…」


 素敵なゴールデンウィークだ。

 せっかくのゴールデンウィークだ。

 それなのにも関わらず、千花は天を見上げて頭を抱えたくなった。

 どうして神は千花に味方をしてくれないんだと心の中で嘆くしかない。

 普段から特に普段から神を信じてなどいない癖に、千花は真壁のことになると神を呪いたくなるし、敬いたくもなる。

 千花の頭を悩ませる原因は明確だ。

 霊の待ち合わせに指定された場所は、ゴールデンウィークとは関係ない人垣ができあがっている。


 どうしてあの人は何処に居ても人垣が出来るの!?


 どうしてデートに来たはずの千花の心境は戦陣に立たされた武士の気持ちになっているのだろう。

 有象無象の人垣から見える一般人より頭一つ分抜きんでている長身の男は、

幸せそうに佇んでいる。それが更に千花の精神を疲弊させた。

 締まりのない表情で立っているから、そわそわと時計を何度も確認しているから、だからこそ、肉食獣立ちから遠巻きに見られるのだ。

 決して都会はサバンナではない。

 さらに、なにより千花が驚いたのは彼がめがねを掛けていることだ。

 普段コンタクトなのか伊達かは分からないが、ただその眼鏡が異常に彼には似合っているのだ。容姿が容姿なので芸能人のお忍びかと勘違いしそうだった。

 待ち合わせ時間より30分前。余裕があったので、少しだけ彼を観察させていただいたのだが……2分に一度の割合、いやそれ以上の間隔で声を掛けられている。

 声を掛けられるのは仕方がない。

 中身さえ知らなければ彼は、本当に見た目だけは最上級の男なのだ。


「あのう……よかったらぁ、今からあ遊びに行きませんかぁ?」

「君と話しているところを見られたら、彼女が妬いてしまうので結構だ」

「でもずいぶん待たれていますよねえ?」

「早く来てしまっただけだ。待っている時間もデートだからな。」

「そ、そうなんですか……」

「ああ、恋人に悪いので失礼する」


 断り方が千花を彼女として想定して断っている。

 不愉快の極みだ、もはや不愉快がすぎて必殺技的な波動を放ちそうだ。

 千花は真壁の恋人ではない。

 いや、恋人として言った方が追い払いやすいのかもしれない。

 千花の心は、すぐさま大人の対応をし始める。

 恋人とは、恋しく思う相手という辞書的な意味を使っているのだ。広い意味での恋人だという表現だ。

 流石、編集者、お詳しいですね……

 千花は心の中で、遠くにいる真壁へ賛辞の言葉を贈った。


「もう帰ろうかな……この30分で結構お腹いっぱいなんだけど……」


 そんな自らに救う悪魔の声を押さえ込み時計を確認した。

 待ち合わせ15分前、流石に潮時かもしれない。

 履き慣れないパンプスを不器用なリズムで鳴らしながら千花は真壁の下まで歩きだした。


「千花さん!!」


 え?この人もしかして足音だけで認識した?怖くない?


「……おはようございます。お待たせしてスミマセン」


 本当はしばらく観察してました。などとは、口が裂けても言わないでおこうと思う。


「いえ、待っている時間も幸せだったから構いません」

「そう、ですか……」


 まるでドラマのワンシーンのような甘い台詞を、甘さを含んだ穏やかな低音の声で吐き出した。

 本当に見た目だけは完璧だ。

 落ち着いた色合いのカーディガンに合わされたシャツは爽やかに映り、ラフなカーゴパンツはよく似合っている。

 この時ばかりは雪路や紀子の暴走に千花は感謝した。

 目の前の男は性格以外は、ハイスペックであるのでセンスもよろしいのだ。

 暫し呆然と目の前の美丈夫を眺めていると本人は不思議そうな表情をしている。本当に、見た目だけはいいんだよなあ……と自分の見目と比べても、人間という部分でしか、共通項を見いだせないでいた。


「今日の千花さんはとても素敵ですね!結婚したい!」

「テンション上がったら結婚したくなるのやめてください」


 真壁の圧倒的語彙力の崩壊を感じた。だらしない表情になった真壁をみた瞬間に千花の思考回路は冷静になった。

 嗚呼、さよなら……理想の見た目。

 先ほどまで上がったテンションが急激に下がった上に、とんでもなく今日の幸先が不安になる。


「す、すまない。千花さんのそういった服装をみるのは初めてだったから」

「そうですね。私も初めて着ているかもしれません。」

「先生から"今日の千花には金をかけた"とメッセージが来たときはどうなるかと思っていた」

「一体なにを想像していたんですか」


 というか、語弊のある言葉のチョイスは止めて下さい。


「海外セレブ的なもので現れるんじゃないかと……」

「真壁さん、もう少し常識で考えて下さい。あと、私がそんな格好するわけないでしょう」

「たしかにそうだな……」


――そういう君も見てみたい。

 そんなことを口走る真壁は、今日も頭が可笑しいと思う。

 頭の中はきっとお花畑が広がっている様な穏やかな表情で、心の底から幸せだとでも言いたげに千花に訴えかけてくる。罪悪感も相俟って、千花にはどうにも居心地が悪かいものだった。

 流されるがままに、待ち合わせに来てしまった千花にはそんなつもりがない。それでも、待ち呆けをさせて迎えにいく様なB級ラブロマンスを演じる訳にもいかなかった。


「デートをするのは初めてだが、今日は俺に任せてください。」

「ひどい矛盾のある言葉ですね……」

「今日のために、ありとあらゆる媒体の、初めてのデート特集を網羅してきたので!きっと大丈夫ですよ」

「すみません、一気に不安になってきました」


 千花は顔をしかめて真壁を睨んだが、彼は苦笑いを浮かべて何が悪いのか分かっていない様だ。

 いい加減、どこからか収集してきた恋愛マニュアルを声に出して実践する姿勢をやめてほしい。やるなら黙ってしてくれと毎度のことながらに思う。

 気づかないようにしてくれるだけで、千花はきっとこの完璧な美貌に目を奪われたままに落ちてしまう可能性だってなくはないのだ。


「とりあえず、ここに言っておけば間違いないというスポットに向かいましょう」


 そう言いながら微々たる動きで表情を作り直した真壁は、千花の手をそっと握った。自然な動作で握られた手の温度は冷たく、少しだけ震えていた。

 表情以外で彼の感情を感じ、千花は目を見開き、真壁をまじまじと見つめれば彼は首を傾げている。


「千花さん?」

「コレも恋愛ハウツーに載っていたことですか?」

「えっと、なにがですか?」

「……いえ、やっぱりなんでもないです……」


 自然と千花の手を握ったことも、彼の手の震えや冷たさも無意識のことで、彼の本心なのだ。そのことに気づかされ身体の温度が上昇する。

 やっぱり、恋愛のマニュアルなんて使わずに正攻法で口説かれてしまえば千花は一溜まりもなく彼に落ちてしまうのだと自覚させられた。

 なんて罪づくりな男だ。


「本当に、ずるいひと……」

「なにかいいましたか?」

「いえ、何も」


 千花のかすかな抵抗は街中の雑踏に飲み込まれて消えていく。

 電波と天然さえなければ、本当に好きになっていたところだ。

 それでも、彼の電波と天然と直向きさがなければ千花と彼はこうして一緒にいなかったのかもしれないと思うと、彼の電波も悪くないかもしれない。

 少しだけ、ほんの少しだけ、今日のデートを楽しんでも良いと思っている千花は現金な"こども"だ。


*** ***



「本当に見た目だけは最高傑作だな……それにしても千花は可愛い、浮かれポンチとクレイジーカッツェもたまにはやるな」

「千花ちゃん、見た目に騙されるなよ!!そいつはロリコン電波なんだからな!!」

「おい、雪路……お前浮かれポンチって呼ばれてるけどいいのか?」

「うう、俺がデートしたかった!!」

「聞いてないな、コイツ……」


 楓は雪路に残酷な真実を伝えるが、彼はストーキングに夢中な様でまったく相手にされなかった。

 店の物陰から二人の動向をチェックしている二人は、どこからどうみても不審者だ。

 八頭身モデル体型の大男である叔父は全身黒尽くめで、サングラスとマスクまで真っ黒だ。いつも明るい服装をしている雪路だって、全体的にモノクロな装いでサングラスまで付けている。

 楓は先日、多目的室で聞かされた安全講習会で絶対に声をかけてはダメだと注意を受けた人と同じ格好を二人ともしていた。見知った人間でなければ、確実に通報をしていたと思う。


「……ったく、なんでオレがこんなコトしなきゃなんだよ」


 過剰な二名を見ながら、楓はため息を吐き出す。大人しくしていろと千歳から渡された賄賂の品、搾りたてオレンジジュースはずいぶんと温くなっていた。

 手持ちぶさたのままに、手元の震えた端末を眺めれば姉の友人達から茶々入れのメッセージが大量に届いている。姉の千花と真壁がデートする事に対して、大人しく頑張ってきてね!報告楽しみにしてるよ!なんて言えるような人材が姉の周りに揃っているはずがなかった。

 千歳や雪路の他にも、友人と公言する紀子も同行を気にしているし、絵里子はこんなにも面白い事を見逃す方が損だと言っていた気がする。さらには真壁の上司で、以前は千歳の担当だった南ですら二人のことを気にしているのだ。

 姉の周囲はずいぶんと厄介な人が多いらしい。


「それにしても真壁は、本当にハイレベルだな」

「見た目だけなら姉ちゃんのタイプかもな。今まで好きだった俳優も、真壁みたいな顔だったし」

「千花には俺がいるだろうに……つうか、俺の方がかっこよくない?」

「ちとせは、すぐにそういうこと言うから姉ちゃんに無視されるんだぞ」

「なんつうか、千歳さんの顔には誠実さが足りねえよな」

「髪型で顔を誤魔化してる雰囲気イケメンに言われたかねぇよ」

「違うし!誤魔化してないし!千花ちゃんも顔はカッコいい方だよねって言ってたし!」

「顔はって、注釈入ってるぞチャラ男」

「楓!千歳さんが俺を苛めるんだけど!!」

「いや、小学生に縋るのってどうかと思うぞ……雪路かっこわるい」


 楓は渋い顔で、半泣きの雪路に答えたが彼は頭を抱えながら「味方はいない!」と控えめに叫んでいた。

 姉に見つかればただ事じゃないので、いつも大声の雪路なのに今日は少しだけ静かなように感じる。多分、気のせいだと思う。

 見た目だけは良いと、姉は絵里子たちに強調して話している程なのは、知っていた。恐らく、今まで会った人間の中では、一番の好みの外見をしているのだろう。

 千歳という顔面偏差値が、どうにかしている男と共同生活を送っている姉は、そんじょそこらの人間をカッコイイだの、可愛いだのと誉めることは希なのだ。


「オイ、楓!雪路!なにをしてんだよ!!早くこっちに隠れろ!」

「そうだ!千花ちゃんに見つかったら当分は口利いてもらえなくなる!」


 当分じゃなくて、一生口を利いてもらえない気もする。

 しかし、優しい楓は本人の為にも黙ってやっておくことにした。

 なんだかんだノリノリで物陰に隠れている雪路と千歳は、実は内心楽しんでいるのか?なんて思ったのだが、間違いだ。

 二人の表情は完全に獲物を狩るスナイパーである。彼らが憎しみを込めた目で真壁を見つめていることは、小学生の楓でも察することが出来る程だ。


「こんなことしても絶対に意味ないと思うんだけど……」


 楓の訴えは、様子を探るのに必死な二人に伝わるわけがない。遠目から見えてくる二人の様子は、小学生の楓からみても恋人同士にしか見えなかった。

 難しいことはわからないが、真壁はいいやつだと思っている。姉はワンダーマングッズをくれるから良い奴だと言っているだけと決めつけているが、決してそうではない。

 彼は楓に対しても、バカにすることなく、一人の人間としての対応をする。

 子供である楓に対しても、知らない、分からないと思ったことは平然と質問してくし、真壁のどうにも変わった質問に答えれば、躊躇なく彼は「ありがとう。君のおかげだ」と綺麗に微笑んで、楓の頭をなでてくれる。

 離れて中々会えない父親よりも、一緒に住んではいるが子供っぽい千歳よりも、破天荒すぎる前の担当の南より、真壁の誠実な態度に接している方が頼りになると思えた。

 確かに、理解が出来ない言動を繰り出す男だがそこまで毛嫌いするような人間でもないと思う。

 きれいな真壁の隣に並ぶきれいな格好をした姉は、悪くないとも思っているのだ。


「くっそ、なんか手つないだぞ!どさくさに紛れて手つないでやがんぞ!」

「羨ましい!俺だってつなぎたい!憎い……デートという免罪符で、合法的に千花ちゃんに触れる真壁が憎い……」

「いや、雪路と手を繋いでも犯罪になんないだろ?普通に拒否られるだけじゃないの?」

「俺の中で千花ちゃんは法律だから」


 いつから楓の姉は独裁政治をおこなう人間になったのだ。雪路のぶっ飛んだ思考回路に楓は表情をひきつらせることしかできない。

 二人の異様なテンションに疲れた楓は、二人の持ち物を見てみることにした。なんだか、今日はずいぶんと大がかりな荷物だな。楓は首を傾げた。

 軽装の極みのような千歳と雪路にしては珍しいのだ。

 なにより、ストーキングするなら必要最小限の持ち物の方が、身軽だ。先日、千歳と一緒に見たスパイ映画や、忍者マンガの主人公の持ち物はいつだって軽装だった。

 そんなことを思いながら千歳の鞄を見ていると、当然のごとく取り出された謎の機器に楓の背筋が凍った。


「千歳、ソレなんなんだよ…」 

「何って、千花のイヤリングに仕込んだ盗聴機に決まってんだろ」


――いや、決まってないだろ!?

 あまりにも過剰なキーワードが聞こえてきたことに、楓は目を見開いた。


「あ、千歳さんも仕込んだの?俺もバレッタにちょっと仕込んでみたんだよな、調子どう?」

「バッチリだよ。でも、お前の方が音質良さげだな」


 ついに、こいつら道を踏み外したな――開いた口がふさがらない楓は思った。

 尾行だけではなく盗聴器の件まで、バレたら千歳と雪路は姉に一生口を聞いてもらえなくなる。絶対そうだ。

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