14 休日のご予定は?と聞かれたらデートの誘い



ーー千花さんが来るまで、ずっと待っています。


 そんなメッセージが、今朝、千花の携帯には届いていた。

 指定日は五月某日のゴールデンウィーク真っ直中、場所は駅前というテンプレ。

 最近は少女マンガを参考にしているなんて言っていたけれど、ベタすぎやしないかと千花は戦々恐々とした。

 受けても受けなくても、面倒なことは分かりきっている。うっかり付けてしまった既読マークを眺め、ため息をひとつ吐き出した。




「GWの予定?」

「そうそう!俺は千花ちゃんと遊園地とかに行けちゃったりなんかするといいなぁって思ってるんだけどさ!」


 茶色い中身の弁当を各方面からディスられながら昼食を終えた。

 千花達に、今日も、今日とて浮かれたウキウキパッションオレンジなご様子の雪路が、浮かれたウキウキスカッシュレモンな話題を出してきた。

 GWと聞くと今朝のメッセージを思い出し、千花は少し表情が歪んだ。

 結局、端末は千花の鞄の中に入ったままだ。せっかくだからと隠し撮り写真を消そうとしたのだが、ロックがかけられており開くことは不可能だった。

 千花の渋い表情など気にも留めていない様子の雪路は、返事を待ちわびている。


「遊園地にはそんなに興味ないかな……疲れるし」

「でも、千花はそんなクールなことを言いながら、なんだかんだはしゃいじゃうタイプでしょ」

「千花ちゃん、そういうトコあるよねえ。腰は重たいけど、上がったら超楽しいみたいな?」

「うっ……心当たりが、いくつかあるかも」

「え、もしかして流されやすいタイプだったりする?俺の努力が報われる日も近い系?がんばっちゃう系?」

「諏訪、うざい。報われない系だよ」

「そうそう、がんばっても無駄系だから」


 絵里子が片手と首を振りながら雪路に諦めるよう諭すが、当の本人は聞いている訳もない。

 意気揚々と「がんばるっきゃない」と妙にやる気に満ちていた。これは全く話を聞いていない系だ。

 そういえば、真壁はデートに行こうと誘ってくるくせに、行き先を告げられていない事に気づいた。

 何処に誘われようと受けるつもりは毛頭ないが、なんとなく、何処に行くかは気にならなくもなかった。


「そういえばきっちゃんはどこ行くの?」

「紀子は新しく出来た恋人とアウトレット行くよぉ?」

「あんた、また作ったの?いつのまに……」

「いいでしょ、別に。でもでも、千花ちゃんと予定が合うならショッピングモールにでもいく?恋人なんてまたいくらでも出来るし」


 さらりと新しい恋人に対し酷いことを言い切る紀子は、可愛らしく笑みを千花に向けた。新しい恋人の顔を思い浮かべ、少しだけだが彼の人を哀れに思う。

 紀子はもう少し相手を見てあげさえすれば、素敵な人が見つかるはずなのに……どうしてちぎっては投げたりするのだろう。


「新しい彼氏さんに悪いから遠慮しようかな」

「えー、顔も見たことない人に気を使う必要ないよ千花ちゃん。紀子、本当は千花ちゃんだけいればいいんだもん」

「ちょっと、紀子さん?私のこと、忘れないでくれるかな?」

「絵里子も好きだけどぉ、千花ちゃんは紀子の特別」

「紀子はホント、好きだよねえ……千花のコト」

「当たり前。ふふん、千花ちゃんも紀子のコト大好きだもんねえ?」

「うん。私、きっちゃん好きだよ」

「むぅ……大好きっていってくんなきゃヤダ!」

「ごめん、ごめん、きっちゃん大好きだよ」

「千花ちゃん!水野だけズルい!!俺ともいちゃいちゃして!」

「いや、それはふつうにオカシいよね?」

「理不尽!!」


 なにが理不尽だというのか……どうみても美少女の紀子と、どうみても男子の雪路では雲泥の差がありすぎる。

 ふてくされた様子の雪路を横目で眺め、千花は端末を開いた。

 楓をどこかに遊びにつれていってあげたいと思うが、姉と遠出するのはさすがに恥ずかしい年頃かもしれない。

 電車もきっと混んでいるだろうし、車を千歳に頼むのも忍びない。


「どうしようかな、GW」


 出来れば真壁を断れるような口実になりそうなイベントがいい。


「だーーかーら、千花ちゃんは俺とデートするんだってば!デートいこ!二人きりで」

「はいはい、デート……でー、と……」


 --連休中にデートに行って欲しいのは本当なので……考えておいてください。


 ふと、この間囁かれた低い声と、真っ赤な耳を思い出した。

 いつもより真剣で、どこか甘い雰囲気を纏ったような表情はどうにも千花を落ち着かなくさせる。

 言い方が変わるだけで、どうにも妙な雰囲気になる。

 どうして反応してしまうのだろうか……大体先ほどから何度も真壁のことを無意識に考えているかもしれない。

 そんなことを自覚した途端、頬に熱が集まっていく。


「えっと、その……デート、は……ちょっと無理、かな……」


 思いの外、言葉尻が頼りなくなってしまったと千花は後悔した。

 これではどう考えても、何か、色恋沙汰がある人間の反応じゃないか。

 決して真壁に惚れたなどと言うわけではないが、どうにも意識してしまうものがあった。

 しかし、そんな千花の表情を都合良く解釈するのが目の前の諏訪雪路であることを千花は忘れていた。


「千花ちゃんが、デートという単語を意識してる!?ついに俺のことを意識しちゃう感じになったの!?今までの苦労がついに実るのか!?次回へ続く」

「なんでいきなり次回予告風なの!?」

「諏訪は存在がめでたいんだから、頭の中くらい謙虚な姿勢見せた方がいいともうよ」

「うるせえ水野!てか、急に千花ちゃんってばどうしたの?」

「別になんでもない……」

「絶対、これなんかあるやつ!絶対、なんかあるやつじゃん!」

「な、なにもないってば!」


 千花の否定の言葉を出せば出すほど、周囲の疑いの目は募っていく。

 別に、話しても良い話だ。

 とてつもなく、どうでも良い話だと思っている。

 それでも、真壁とのやりとりを思い出し、顔を赤らめていたという事実が千花のプライドを刺激する。


「あー!もうすぐチャイム鳴るから、早く片づけよう!!」

「アウトー!!千花ちゃん、絶対にアウト!!あーやーしーい!!」


 机をバンバンと叩き出した雪路に、便乗した絵里子が、「ホシを逃がすな!」「取り押さえろ」などとノリノリで茶番を始めてしまったの。

 見事に千花が止めるすべはなくなった。

 いつの間にか机のポジションを綺麗に”ソレらしく”整えられる。

 彼らのテンションは鰻登りだ。ちなみに、千花はそれにつきあうつもりは毛頭ない。


「確かに怪しいねえ。ほらほら、お嬢ちゃんちゃん吐いちゃいなよ。」

「……とりあえずカツ丼でも食べて落ち着きな」

「いや、それ雪路君が作ってきたマドレーヌだよね?」

「ほら、家で寝ている千歳さんも泣いてるぞ」

「ちーとせがぁ、よなべぇをしてぇええええ、作ってくーれーたぁあ」

「らんらんらららんらんらん」

「ちょっとBGM部隊!適当すぎる!尋問に集中できないでしょ!?」


 尋問っていうの止めようよ、ちょっと残酷な感じになるから……

 千花は妙なテンションになっている三人に包囲されたままうなだれる。すぐさま、素直に話していればこんなコトにはならなかったはずだ。

 小賢しい底辺のプライドが邪魔してしまったがばかりにこんなコトになってしまった。

 めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい。


「あーもう!!真壁さんにデートに誘われただけだよ!」


 千花は机を叩いて罪を激白した。


「は、デートですか?」

「間違いなくデートって言いましたよね?」

「私も今、はっきりとその単語を伺いました」


 なんでみんな、敬語になってるの……というかデート、デートって連呼するのは止めてほしい。


「そうだね…デートって表現とも言えるのかな……うん、」

「いや、デートってハッキリ言ったじゃないですか」

「千花ちゃんがデートなんてどうかしてますよ、何で引き受けたんですか」

「引き受けてないから」

「千花ちゃん、それなら何故俺のデートを断ったんですか…」

「諏訪は黙ってて」


 あと数分後には予鈴がなってしまうというのに、千花の机周辺は動揺に包まれている。

 いつものお騒がせな席が、妙な空気感を醸し出しているのでクラスメイト達も注目していて千花のSAN値はゼロに等しい。

 雪路と紀子は動揺を隠しきれないままに、お互い目を合わせ始めている。なんだかんだ、この二人は仲が良いんじゃないかと千花は最近考えている。


「で、で、で、デートですって、聞きました奥さん?」

「き、きき、聞きましたわよ、しかも、お相手はよりにもよって、あの変態ロリコン野郎ですって?」

「信者二人はマジで落ち着いて。動転しすぎだから」

「そういえば、エリちゃん…デートってどういうスタンスで私は望めばいいの?」

「え、スタンスから考え始めるの?え、えっと…デートか…デート…」


 絵里ちゃん、どうしたの…私の周辺にまともな人が居なくなってるんだけど……

 気が動転した友人たちに囲まれながらも正常な判断を下せる人たちはいないだろうかと、辺りを見渡すがクラスメイトから目を反らされてしまった。

 このままだと千花が真壁と出かけることが決定事項のようになっている気がする。


「千花ちゃん!!」

「え、なに……」


 明らかに混乱状態ですといった様子の雪路が復活したのか、何かを決心した表情で、千花の両肩をつかんだ。


「今から恋愛マスターを連れてくるから!!」

「いや、ちょっと意味が分からないんだけど」

「それで、GWのデートをぶっつぶしてあげるからね!千花ちゃんは俺が守る!」

「ねえ、貴方の中でどういうストーリーが組み立てられたの!?大丈夫!?」


 俺に任せて!そう言いながら雪路は意気揚々と教室を飛びだしって行った。

 恋愛マスターなんて連れてこなくてもいいし、デートを引き受けると言ってないからアドバイザーの必要もない。より展開をややこしい方向へ向けている自覚が彼にはあるのか、甚だ疑問だ。

 そろそろ次の授業の教師がやってくるので、これ以上の騒ぎは心底勘弁願いたい。

 千花の重苦しいため息とともに、再び軽快な足音を響かせる雪路が意気揚々と教室に戻ってきた。

 

「千花ちゃん!!連れてきたよ、恋愛マスター君嶋」

「いや、普通に君嶋君だよね」

「はいはい、君嶋君ですよ。いやあ、雪路の言動マジ意味不明すぎてさ……まあ、なんだ、いつもの千花ちゃん病が、面白すぎたから来ちゃった」

「言いたいことは色々あるけど……私、病原体になった覚えないから」

「一条さんって着眼点がいつもユニークだよね。そういうトコ、いいと思う」

「そりゃどうも……」


 雪路が意気揚々と、恋愛マスターを用意してきました!と連れてきたのは、彼の友人である君嶋英司(きみじまえいじ)だ。

 派手な雪路と並ぶと地味に映りがちだが、彼の友人だけあって見た目は華やかであるし、結構な長身だ。

 明るい色の髪はいつもワックスで整えられているし、顔立ちも凛々しい眉にはっきりとした目鼻立ちにクラリとくる女子も非常に多い。

 そんな素敵です、キラキラです!と主張した風貌の彼の周りは、浮いた話が乱立している。

 君嶋のからかうような口調と千花を挑発してくる態度は。少しだけ不愉快で、千花の苦手とする存在でもあった。

 雪路はどうして、君嶋を連れてきたのだろう……どうみても不向きだし、混沌と方向へ導くこと請け合いだ。


「英司の分際で千花ちゃんに見つめられてんじゃねーよ!」

「勘違いも腹立たしいから君嶋君に絡まないの」


 そもそも連れてきたのはお前だ。


「えっと、なんか変な男に言い寄られてて?デートに行かざるをえなくなったんだよね?変な男って雪路のコトじゃないよな?」

「真っ先に雪路君の名前出すのは友人として大丈夫なの?」

「俺、一条さん関連の雪路は信用してないから」


 親友にすら疑われている彼の今後が少し心配になった。

 千花は深い深いため息を吐き出して、頭を抱えた。とりあえず手っ取り早く説明して次の授業の準備に取りかかりたい。


「別に雪路君は関係ないから……あと、変な人なのは確かだし、別にデートに行く必要もないの。彼が勘違いしてるだけ」

「なんだ、雪路の勘違いじゃん。お前、早とちりは格好だけにしてくれよ。」

「どういう意味だ!!つうか、勘違いじゃないし!千花ちゃんはこないだの電波男の魔の手にかかってるんだー!」

「はいはい。後でちゃんと聞いてやるから、戻るぞ」


 慌ただしく地団駄を踏みながら騒ぐ雪路の首根っこをつかんだ君嶋は手慣れていた。

 170前後の雪路を軽々と引きずろうとする腕力には感嘆の声を漏らしてしまいそうだ。

 たしか元々は運動部だったと言っていたし、室内に籠もり、裁縫ばかりしているモヤシっ子の雪路の力と比べれば雲泥の差なのかもしれない。

 モテ男の条件は見た目だけでは計り知れないのかもしれない。

 なんだかんだ気遣いも一級品だと彼の周りの女子たちが騒いでいた気がする。

 真壁も恋愛音痴の電波ではあるが、彼と同じように見た目以外のモテる要素を持ち合わせているのかもしれない。

 彼の読めない思考回路も、こういうモテ男に聞けば、もう少し把握出来るようになるのだろうか……そう考えれば、千花の中での好奇心が少しだけ芽吹いた。


「あのさ、君嶋君って普段どういうデートしてるの?」

「なに?やっぱり行くんじゃないデスカー、デート」

「違うから、後学のためだから。」

「ソウデスカ。まあ、女の子にもよるけど…水族館とか動物園は喜ぶよ?ほら魚とか動物見てカワイイーって言うじゃん?それに連れて君も可愛いなんて言われたいみたいだからさ」

「あ、そういうのって男の子も解るんだね」

「むしろ分かってるから可愛いと思うんだよ」

「よくわかんない…」

「一条さんにはまだ早いかもね」

「同じ年なんだけど…」


 なんだろう……聞かなきゃよかった……

 不適に笑う君嶋の表情がやけに腹立たしく映り、やはりこういうタイプの人間を千花は苦手だと思う。

 いつだって無理矢理大人ぶっている千花をあざ笑うように、自分の方が上だと主張するのだ。

 千花がどんなに頑張ったところで、本質はこどもっぽい事を密やかに感じているのだ。

 千花は大人っぽく笑う君嶋を睨みながら次の授業の準備に取りかかった。


「千花ちゃん!!英司なんかに、構ってないで俺とお洋服の話しよう!」


 二度目なんだけど、貴方が君嶋君を連れてきたんだけど覚えてるのだろうか。

 

「もうチャイム鳴るんだから、教室帰った方がいいよ」

「え、なんで急に不機嫌なの!?英司、千花ちゃんになんか言った?」

「べっつにぃ?一条さんは可愛いねえって言っただけ」

「(うっわ、コレ絶対にバカにしてる……)」


 スクールカースト上位の人間の余裕の笑みだ。


「英司のせいで千花ちゃんってば超不機嫌!超可愛い!!」

「雪路は怒るか喜ぶかどっちかにしろよ」


 いくら千花が不機嫌だろうと、八つ当たりしようとも関係ないのだ。雪路はいつも通りまとわりつくので、どんどん千花の不機嫌さは上がっていく。

 真壁のデートの事だって不服だと言うのに、これ以上千花のテンションを下げないでほしかった。


「ほら、次移動教室なんだから帰って移動すんぞ」

「ちょっ!!千花ちゃん、帰りはお洋服選びだから帰らないでねー!絶対だかんなァ!!」


 今日も今日とて騒がしい雪路は君嶋に引っ張られながら教室を後にした。

 廊下から教師の怒号が聞こえてきたので、また騒ぎすぎて雪路が何かしてしまったのかもしれない。

 千花は教室の騒々しさにゲンナリしながら、次の授業の教科書を開くのだった。



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