女には色々と準備が必要なんですよ

13 御誘いはもう少し優雅にしてください


「真壁さん、勝手にこういうモノを楓に与えないでくれますか?迷惑なんです」

「嗚呼、バレたのか……」

「バレたのかじゃないです!しかも、あなた……人の写真をもらう手引きまでして!」

「俺が君を撮ったら犯罪じゃないですか」

「その自覚はあったんですね……」

「一応は社会人ですからね。」


 それなら、もうすこし夢と現実の区別はつけておいて欲しい所だ。

 千歳との打ち合わせに来た真壁に、千花は真っ先に例の端末を投げつけた。彼はさして驚いた様子もなく、悪びれるでもなく端末を見つめている。

 早く鞄の中に入れて帰ってくれないかと考えても、彼は行動に移すことはない。


「あの引き取らないんですか?そして帰ってください」

「千花さんはどんどん正直になっていきますね……心を開いてくれたようで、うれしいです」

「いや、そういうのいいですから。」

「楓くんは結局スマフォを持つことになったんですか?」

「……楓にはまだ早いです。だから早く持って帰ってください」

「そうですか……じゃあ受け取りません。」

「じゃあの使い方、間違ってますよ?」

「千花さんがゴールデンウィークに俺とデートするまで受け取りません」

「はあ!?何言ってるんですか!!というか、なんでそっちが明らかに優位な条件持ち出してきてるんですか!!」

「受け取りません」

「頑な意志を見せつけないで!!」


 優雅に足を組んだ真壁は輝かしいまでの笑顔を浮かべる。どこぞの帝王か何かのように荘厳な美しさを放っているが、中身は倫理観の怪しい電波野郎なので、千花の心が浮つくことはない。

 目の前のこじんまりとした一世代前の機種と真壁を見比べる。

 この男とデートするのか、この端末を楓に渡して不良への道を押し進めるのか……


「千歳さんはデートに反対です。今時、SNSの一つや二ついいだろ」

「今時だからなんです!昨今の悲惨なニュースの数々、嗚呼、楓が巻き込まれたらと思うと……気が気じゃありません」


 ニュース速報や新聞の一面を飾る残虐な児童虐待事件や、幼児誘拐事件をみる度に千花は不安で仕方がなくなってしまうのだ。もちろん、楓には一人では決して帰らないように言い含めているし、異変があれば気にもかけている。

 母がいないだけでも負担なのに、父親と離れて暮らしているのだから、少しでも変わった様子があれば虐めの標的にだってなってしまう。千花は楓の成長には細心の注意を払っているのだ。


「だからこそ、今のうちにインターネットリテラシーを身につけておくべきなんじゃないのか?」


 尤もらしい意見を聞いた千花は力強く机を叩いてしまった。そういう問題じゃない。


「楓はただの小学生じゃないんですよ!?美少年、世にも珍しい絶世の美少年なんです!美少年が自撮りの一枚でも載せれば悪いことに使われまくるに決まってます。ああ、これが自撮りアイドルの一歩になって、数々のメディアで乱暴に扱われ、素直な大人への道をすくすくとはずれていくんです。」

「千花さんは楓くんの事になると少々頭が可愛いことになるんだな」

「お前の言い方は優しいけど、残酷だな……こいつは只のブラコン拗らせたバカだ」


 拳を握りながら力説する千花に真壁はあきれることがない。千花の様子に見慣れた千歳は顔をしかめながら首を振っている。

 それでも千花の主張はとまらない、とめられない。頭の中が駆けめぐるのは可愛い楓の姿や仕草、守ってきたこれからも守らなければならない弟の姿だ。


「嗚呼!幼い頃にお姉ちゃん、俺のこと守ってとテディベアを抱えながら涙目で見上げていた私の可愛い楓は不遜なよく分からないインフルエンサーとか言うのになって、芸能事務所に所属してるわけでもないのに、妙に業界のことを知って、どうやって生計を立ててるのか分からないナルシストになり果てて、将来路頭に迷ってしまうじゃないですか!!」

「彼女はインフルエンサーになにか恨みでもあるのか?」

「むしろSNSに対する執念を感じるな」

「時代が時代なら読者モデルに、大いなる偏見を持っているタイプじゃないでしょうか」

「読者モデルに対しても、きっと思うところはあると思うぞ。あとカリスマショップ店員という田舎モノには皆目理解が追いつかない存在とかな」

「嗚呼、ここは都心からは少し離れてますからね」

「冷静に分析してやんな、可哀想だろうが」

「拗らせてるわけじゃないんですけど!!というか、とにかく真壁さんはスマフォを持って帰ってください!」


 男子高校生がこじれているのはよく見るが、女子高校生でも一緒なんだな。と納得したように頷く真壁は大変勉強熱心だ。

 というか、拗らせてないから!!

 一介の女子高校生の心の闇が露呈されていくリビングの空気は、なんとも形容しがたいものとなっている。鶴の一声を添えるのかと期待していた千歳でさえ、半目で千花と真壁の会話を見ている。


「嗚呼、自己肯定感覚が少ないんですね。そんな彼女を全面的に肯定していきたいと思います、先生、千花さんを僕にください」

「ナチュラルに了承を求めてくんな。微妙な会話に参加させんな。あと、うちの子はやらん」

「そうですか……とりあえず締め切り早めておきますね」

「なにがとりあえずなんですか!?」

「職権乱用すんな!!」

「それじゃあ千花さん、連休中にデートにいきましょう」

「貴方はちゃんと会話する努力をしてください!!行きません!!」


 なにがそれじゃあなんだ、なにも纏まってないじゃないか。真壁は会話をする気がないのか、彼の言葉の出だしは全て突飛過ぎた。

 なにを考えているのか分からないこの男は、大した落差のない表情のまま「デート、デート」と低い声でコールをはじめた。よく響く質の良い低音でも許される事と許されないことがある。

 あまりにも質の良い低音なので、千花は耳をふさいで聞こえないふりをした。


「あーあー聞こえません。というか良い年した大人がなにを言ってるんですか!」

「君も女子高生にもなって子供ぽい事をするんだな」

「きーこーえーまーせーん」

「仕方ない」


 ため息をはきながら真壁はポケットから50円玉に紐を括り付けたものを取り出してきた。そこ、ふつうは5円玉じゃないんですか?と突っ込みたくなったが、千花は我慢する。


「貴方はだんだんデートに行きたくなーる」

「なんですか、その古典的なボケは、やりなおしてください」

「真壁君、俺も、そういうお約束はちょっと生理的に無理かな。」

「そうですか……もう少し練り直してきます。古典的なパターンだと聞いたんですが……」

「真壁さんはいったいなにをお手本にしてるんですか?」

「最近はまとめサイトのハウツーよりも、少女マンガを参考にしています」

「出典元を明らかにする癖、そろそろやめてください」


 なんだか恥ずかしくなってくるので……

 真壁と千花の攻防戦は平行線で続いたが、腐っても彼は忙しい社会人というものだ。時間には追われている。

 端末のことも、デートのこともはっきりしないまま、千花の精神を疲弊させるだけ疲弊させて、そのまま彼は帰るのだと考えていた。

 しかし、玄関先までキッチリお見送りをした際、彼は千花の手をとって真剣な表情を作り出す。


「連休中にデートに行って欲しいのは本当なので……考えておいてください」


 すこし照れたように、掠れた声でそう言った真壁はどうにも千花の感覚を狂わせる。

機械的なのか、事務的なのか、真剣なのか、いい加減、はっきりして欲しい。


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