別れのメール

『別れよう。もう、僕には君の心がわからない』 

 

 メールの文面を見て、わたしはため息を吐いた。

 内容は、彼氏からの別れの通告だった。


「意気地ないなぁ。直接言えよ」

 毒づきながら、わたしはベッドで寝返りをうつ。

 別れること事態はどうでも良い。なので特にこころが傷むわけでもなく、わたしはいつも通り、寝たまま両腕を頭より上に上げ、ぐっと伸ばして柔軟をした。

 

 交際期間は約半年。向こうもまぁ、よくも我慢したものだ。

 この半年、わたしは彼と手を握っていなければ、キスもしていない。当然ながらセックスもしていないし、ついでに言うなら二十一歳にもなってわたしは未だに未通だ。

 

 彼氏、いや、元彼氏は、まぁ、悪くはない人間だった。

 

 高い身長に人当たりの良さそうな草食系の顔、かといって中身まで完全に羊ちゃんというわけでもなく、たまに羊たちを纏める牧羊犬くらいにはなってくれる。趣味は映画と読書、それにたまの旅行という、人にバレても問題のない部類。際立った才能があるわけでもなく、奇行に走るわけでもなく、それなりに人とコミュニケーションが取れ、それなりに人に気を利かせることのできる心穏やかかつ優しい人物だ。

 

 ようするに退屈なひと。

 

 だけど、普通すぎる、ということを除けば、そう悪くはない物件だろう。

 

 わたしよりひとつ年下の彼は、なにを血迷ったか、文化祭の後夜祭でわたしなんぞに告白してくれた。好意を伝えてくれるのは嬉しいし、わたしも彼のことが嫌いでなかったので、数日後にオーケーを出した。

 

 ここで問題なのは、わたしは彼のことが嫌いでない、というだけで、決して好きではなかったということだ。彼と付き合ったのは、好きです、と言ってくれたことが嬉しかったことと、周りの女の子が、皆卒業しているなかで、自分だけ処女だという焦りもあっただろう。

 

 だからまぁ、彼と恋人になったのは、好意というよりも世間体が理由だ。

 

 当然、世間体から生まれた恋人関係に恋愛感情などなく、わたしたちは恋人らしい恋愛交渉を行うこともなく、ずるずると半年間を共に過ごした。

 とはいえ、半年も一緒にいれば、それなりに恋愛的・恋人的なイベントは起こりうる。


 彼の部屋で一緒に漫画を読んでいるとき妙に良いムードになったり、デート中の帰り道に別れ際が不思議と惜しくなったり、なかにはお互いにちょっと意識して、そのままエロいことが起きそうな雰囲気になったときもあった。

 

 草を食む草食獣とはいえ、彼も男の子。そういうときは、わたしに手を出そうとしてくる。

 

 けれど、わたしは彼が伸ばした手をすべて拒んだ。その度に、彼は手を引いた。

 

 言い訳になるかもしれないが、わたしは別に、彼を拒絶していたわけではない。触れられるのは構わないくらいには、彼に気を許していたし、まともな恋愛感情こそなかったが、親愛の情はそれなりにあったのだ。


 触れようとする彼を拒んだ理由は、とてもわがままで、単純なもの。

 

 わたしは、彼の愛を計りたかったのだ。


 好きだ、と伝えられる言葉も、好意を伝えるために渡されるプレゼントも、愛情を計るためのツールとしては、わたしには不足で、それがどれくらいの重さの愛情なのか、よくわからなかった。

 

 だから、わたしが愛情を計る方法として選んだのは、もっと単純なこと。

 

 わたしを欲しい、と行動で具体的に示してくれることだった。 

 

 彼がわたしに触れようとするとき、わたしはそのすべてを拒んだ。けれどすべて、拒んだ回数は一回だけ。一回拒むと、彼はそれ以上は決して触れようとはしてこない。


 もし彼が、わたしの意志なんて関係なく、わたしのことを欲しいと、行動で示してくれたのなら、彼のことを好きになっていたかもしれないのに。

 

 だから、わたしは彼の愛情はその程度のものなんだと思い、結局、彼と恋人としての仲を深めることはなかった。


  正直、わたしも悪いとは思うが、彼の方も悪いと思う。というか、全面的にあいつの方が悪い。近頃の若者はみな草食系というが、幾らなんでも一回拒まれたくらいで手を引っ込めるのは、意気地がなさすぎるというものだ。彼らは相手を傷つけたくないというけれど、それは相手を傷つけて、自分も傷つきたくないという臆病さからくるものだ。

 

 決して愛情からではなく、自己の保身から生まれた気遣いだ。

 

 そんな相手にわたしは愛情を向けられないし、体も預けることなどしたくない。

 

 こんな考えだから、二十一歳にもなって、未だに処女を続けているのだろう。

 

 なんだか段々腹が立ってきた。

 考えれば考えるほど、わたしじゃなくてあいつが悪いように思えてくる。

 あいつのせいでわたしは半年という貴重な時間をなくし、ついでに処女も卒業し損ねた。

 

 むかっ腹にいかっ腹という奴だ。

 

 この鬱憤を晴らすには、文句のひとつでも言うしかない。

 わたしはすぐさまスマホを取り、奴にメールを送った。

 文章はたったひと言、けれど、彼への文句の総決算だ。


『この意気地なしッ!』

 

 これで奴も心を入れ替えて、次からはもう少し積極性を見せるだろう。

 わたしの次に付き合う女の子は、こんなまだるっこしい思いもせずに済むというわけだ。

 

 うん。とても良いことをした。

 

 

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