(3)


「あははははははははは!!」


 たがが外れたような笑い声が響く。


 分かっている。分かっているはずだった。

だが、七瀬は自分の認識の甘さを呪った。


 博徒とは人のなりをしているが、人ならざる者。

発現した異能力は、人としての真っ当な感性など容易く崩壊させる。

自身もそうであることなど、物心がつき、拒む者スプリガンに目覚めた時から自覚していたはずなのに――


 坂崎探偵事務所内は、既に火の海と化していた。

カットソーの裾の一部が燃えかすと化して、七瀬の脇腹は大きく露出している。


 右腕を失い、噴水のように血を吹きこぼしながら、マヤはまるでワルツでも踊るようにその場で回っていた。

隙だらけの懐に潜り込み、残った左腕を斬り落とすことを、鞭のようにしなりながら行く手を阻む炎が許さない。


 だが今は七瀬にとってそれどころではなかった。


「なんで! なんでよ!」


 半ば狂乱したかのように七瀬は叫ぶ。

自分の、坂崎の家が、なんの前触れもなく、唐突に現れたもの狂い女によって壊される。


 気が動転している自覚すらあるのに、頭は空回りするばかりでどうすればいいのか分からない。


 七瀬を、事務所を襲ったのは爆発だった。

マヤの腕を切り落とした直後、舞い散る火の粉は一斉に呼応し、爆音と熱を伴って発火した。

咄嗟に横っ飛びで離れた七瀬は致命傷を免れたが、古い事務所は薪木のようにあちらこちらへと火を渡す。


「痛みを感じたのは久しぶりだけれど、この刺激は何度味わっても慣れないわねえ!」


 高らかと笑いながら、マヤは残った左腕を七瀬に向かって伸ばし、手招きする。

頬は火に照らされているからではなく、うっすらと赤らんでいて、目尻は下がり、恍惚に耐えるような艶めいた表情がそこにあった。

このままでは失血死に至るのではないか、と、冷静に判断する力すら今の七瀬には無く、彼女の背筋を悪寒が這う。


「さっきの言葉、もう一度聞かせてよ。ねぇ、あなたは私にとってなんだったかしら?」


 煽り立てながら、マヤは大きくふらついた。

失血が過度に達したのか、表情こそ狂喜に充ち満ちているものの、唇が青ざめている。


「いけない。私ったら、はしゃぎ過ぎて死んじゃうところだったわ」


 我に返ったかのように、表情は打って変わって険しくなる。

唇の色味が、みるみるうちに元に戻ってゆく。


「時間を稼ごうとしたって無駄よ。私が持つ能力が一つだけだなんて、誰も言ってないわ」


 その言葉は、七瀬の意識を引き戻す。


 そうだ。取り乱している場合ではない。

この危険因子を排除しなければ、なにを考えることも許されないのだ。


 奥歯を噛み締め、鋭い眼光でマヤを射抜く。

そして、眼前で繰り広げられるショッキングな再生・・・・・・・・・から目を離さなかった。


 マヤの傷口の断面から、血のあぶくが噴きこぼれる。

それは棒状に伸び、瞬く間に元あった彼女の腕のシルエットを象っていった。

どす黒い色味が褪せてゆき、陶磁のような白い肌の腕に変わる。


二重能力者ダブル……いや、三重能力者トリプル


 目の前の超常現象を観測するなり、七瀬は自身にとって最悪の解答に辿り着いた。


「抜け目ないわね。お察しの通り、今使った能力は二つよ。愚か者ザ・フール生ける屍リビングデッド


「五感に干渉する痛覚鎮静能力と、細胞に干渉する自己再生能力、かしら。何のひねりもないネームセンスね」


「名前はそれを示す符号であればいいの。それ以上の意味なんかいらないわ」


 闇雲な皮肉を吐けど、七瀬の焦燥を鎮めることは出来なかった。

柱の一部が焼け落ちたらしい。建物そのものが軋む鈍い音が、断続的に響いている。

時間は無い。

この建物の、なにが残るのだろうか。

既に近隣の人間はこの火事に気付き、軍警隊ぐんけいたいに通報しているだろう。


 七瀬はもう、泣き出してしまいたかった。

ここから飛び出して、坂崎の元に駆けて、めちゃくちゃに八つ当たりして取り乱したかった。


 火の手はあちこちに回っていて、もうどうしようもないのに、なぜ自分が命を危険に曝して立っているのか、分からなかった。


「来なさいな、臆病者。出し惜しみも小細工も、全て透けてるのよ」


 七瀬が与えた致命傷は、マヤの右半身をべったりと濡らす血だけが跡を残すのみで、完治している。

圧倒的優位から、七瀬の全てを受け止めてへし折らんと煽り立てる。


 臆病者と言ったマヤの目が、七瀬には自分の内面を見透かしているように見えた。


 きっとマヤの言葉通り、自分には出し惜しみをして駆け引きを展開するような余裕は無いのだと、悟る。


 七瀬は観念して、自身を取り巻く不可視の触手・・を一斉にマヤに伸ばした。


 それはマヤに触れると、彼女の身体を押し込んだ。

目にも止まらぬ速さで触手は壁に当たり、それに伴い、マヤも壁に叩きつけられる。


「やっぱり、そうなのね」


 衝撃で肋骨が折れ、内臓に突き刺さったらしく、盛大に吐血する。

目つきは険しいが、口元は薄く微笑んでいた。


「あなたの能力を初めてこの目で見た時、私はその能力を物体と反発する能力だと推測したわ。ご丁寧に、発動のたびにカモフラージュでそのものに触れてるんですもの」


 七瀬は聞く耳を持たず、一歩、また一歩と歩み寄る。

そのつどマヤの身体は不可視の壁に押し込まれるようにして、衝撃音と共に事務所の壁に亀裂を入れる。


「でもそれでは、空高く飛んだ状態から本来百発百中であるはずの銃弾を躱したことに説明がつかないわ。けれど、実際にこうしてあなたの能力を受けてみて、分かった」


 先日黒子に襲われた不可解な出来事など、七瀬の中ではとうに今と繋がっていた。

知ったことか。

はやく、はやくしないと――


 マヤの背中は既に壁にめり込んでいた。


「あなたの能力はそれ自体が、破壊力を持つものではない。自分の領域テリトリーを、自分が認識した対象に強制し、排除する能力。そうでしょう?」


「ご明察ね」


 振り絞るようにして、七瀬は応じる。

マヤとの距離は既に腕を伸ばせば届くほどの距離で、七瀬の領域がマヤを排除する力と、壁は衝突し、腹部はあらぬ方向にねじ曲がっていた。


「領域から対象を追い出そうとすれば、それは吹き飛ぶ。逆に対象を起点とすれば、領域内に対象が入らないようにする形で、自分の身体を意図的に飛ばすことが出来る。弾を避けたのはその理屈の応用、かしら」


「もう、いいでしょ」


 うんざりだ。

マヤの身体は七瀬の領域を象る触手と物理的な壁の衝突によって固定されている。

常人ならば内臓をすり潰されて絶命しているにもかかわらず、彼女は歌うような調子で自身の考察を得意げに語っている。


 こんな女を、どうしようというのか。どうすればよいのか。

たとえばこの首を切り落としたとして、マヤは死ぬのだろうか。

この生ける屍を木っ端微塵に切り刻んだとして、それは自分が敷いた殺人の一線を踏み越えることになるのだろうか。


 坂崎のこと。事務所のこと。自分のこと。マヤのこと。


 取り留めなく浮かんでは消える思考の泡に規則性はなく、七瀬の頬を、一筋の涙が伝う。


「まぁ、これだけ聞いてよ七瀬ちゃん。私がこの僅かなヒントだけで、あなたの能力の正体にこぎ着くことが出来たのはなんでだと思う?」


 より一層力を込めて、七瀬は触手を、拒む者スプリガンをマヤの身体にねじ込む。

壁の亀裂が蜘蛛の子を散らしたように広がり、音を立てて崩れ落ちる。

と同時に、建物が大きく揺れた。

大黒柱が燃え尽きかけているのだろう。

壁に空いた風穴からマヤを吹き飛ばしてやる。

七瀬は更に力を込めるが、身体はびくともしなかった。


「え……」


「正解は、私があなたの能力と対極に位置する力を持っているからでした」


 ぞわりと肌を舐める感触に七瀬は身の毛立つ。

拒む者スプリガンを展開し、不可視の触手を伸ばす時、七瀬はこれに似たような感覚に陥る。


いつもそうするように、マヤという存在がいない領域に自身の身体を飛ばそうとするが、逆に、七瀬の身体はびくともしなかった。

それどころか、見えない力に引っ張られるようで、七瀬は必死に耐える。


黄金たる呪いブリージンガル。私を四重能力者クアドラプルたらしめる最後の能力よ」


 ありえない。

二重能力者ダブルですらその存在は稀有なのに、四重能力者クアドラプル? 馬鹿げている!

 七瀬は膝から崩れ落ちそうになり、そして、マヤの触手に引き寄せられる。


 両手を広げて、マヤは、慈しむようにして、七瀬を抱きとめた。


「一緒に死にましょう? そのあと、あなたの分まで生き直してあげるから」


 煌々と燃え盛る赤が、七瀬の視界の端から伸びる。

血が干上がるような熱。

そして、倒壊に伴う轟音。


 それは七瀬が拾い集めてきたものが崩れ落ちる音で、倒壊の衝撃が身体を揺らすたびに、フラッシュバックする光景が、七瀬の脳に情報過多オーバーロードを引き起こす。


 最早それは言葉にすらなっていなかったが、七瀬は、きっと彼女がこれまでの半生で出したことのないような、大声で叫び散らした。


 拒む者スプリガンが呼応し、あらゆるものを彼女の領域から押しのける。

触手というよりも、半円状に広がるその領域は、黄金たる呪いブリーシンガルすら跳ね除け、マヤを吹き飛ばした。


「この臆病者!」


 マヤの金切り声すら、七瀬には届かない。


 呼吸すらままならなくなっている。

七瀬が息を吸うたびに、熱が肺を焼くような痛みが伴う。

突発的に拒む者スプリガンを限界まで展開した反動は、身体に影響を及ぼす倦怠感となって七瀬にのしかかった。

床に膝をつけ、転がっていた長刀の柄を握る。

指が震えて、こぼれ落ちそうになる。

視界の端がうっすらとぼやけていた。

それは充満する煙ではなく、七瀬の身体が酸素の欠乏を報せる危険信号エマージェンシーコールだった。


 死にたくない。


 それは彼女の言語野というより、本能から漏れた声。

右手首を左手で握り締め、震えをこらえる。


 七瀬は、大太刀の柄を強く握りしめた。


 ▼


 吹き飛ばされたマヤは坂崎探偵事務所より遠く離れたゴミ捨場の、ポリ袋の山の上に寝転んでいた。


 幸い積み上げられたごみは可燃物ではなく、臭気はさほど気にならない程度には薄かった。

この体勢のまま、どれくらい時が経ったのだろうか。

マヤは気になったが、今は指一本動かすことすら億劫だ。


「お嬢さんの家はここかい? ごみ捨場が近くて羨ましいよ」


 自分を見下ろす影に気付き、マヤの表情が険しくなる。

声がした方に視線を向ける。

ブロック塀の上でしゃがみ込んだ迷彩服姿の青年は、気障な笑みをマヤに飛ばす。


「誰よ、あなた」


 もともと見知らぬ人間に愛想を振りまくような性格ではないが、身体にのしかかる倦怠感が声色に怒気を孕ませる。


「御堂善鶴。別に覚えなくていいよ」


 塀から飛び降り、マヤの元に歩み寄るなり、手を差し伸べる。

いやみのない所作だったが、施しを受けているような気がして、マヤは歯噛みした。

そして、渋々と手を取る。


 襟長で、彼の背丈には合っていない迷彩柄のコートは、この真夏の時期に見かけるにはあまりに珍妙だ。

そしてその男の手を取るのは、煤けた花魁風のなりの女。

誰が見ても立ち止まり、いぶかる絵面ではあるが、幸い人通りは皆無だった。


(えらく野暮ったい身なりね。何者……?)


「職業柄、ね。君が気にすることじゃないさ」


 マヤの心臓が跳ね上がる。

この男も、博徒? 今は、タイミングが悪過ぎる。

どこの回し者、一体何が目的で――――


「君は何も気にしなくていい」


 鉄砲水のようにどっとあふれ返るマヤの脳内の言葉に、むりやり蓋をするように、御堂は窘める。


「僕は博徒じゃない。少し人の顔色を見るのが上手い普通の人間さ。強いて特別なことを挙げるとするならば……軍には入ったけれど一年と経たずにお役御免になっちゃったことくらいだよ。笑えないかい? 徴兵令でむりやり呼びつけられたってのにさ」


 言いながら、マヤの身体を引き上げる。

腕がちぎれそうなくらい痛かったが、マヤは文句を垂れず、御堂の声に意識を集中させていた。

御堂の逆の手が背中に伸び、ふらついたマヤの身体を支える。


「その優しい軍人さんは、どうしてクビになっちゃったのかしら?」


「中尉の奥さんが僕好みの髪が長い女性だったから、かな」


「信じられない! 口説いたのね、普通なら打ち首ものよ」


 御堂の言葉に、素直に耳を傾けている自分がおかしかったが、マヤは満更でもない気分だった。

喋り方がいい。穏やかで、女の扱いを心得ている。


「おかしな人ね。で、女好きの軍人さんは私に何の用?」


 マヤは、能力の乱用によって重くのしかかる倦怠感から逃れるように、御堂の肩に額を置く。

華奢で、元軍人とは思えないほど細身の男であることが分かった。


「色恋の相談とでも言っておこうか。今、口説きたい女の子がいてね」


「へぇ」


「可愛い子だよ。一筋縄ではいきそうにないけどね。黛凛子まゆずみりんこ飛田遊とびたゆうを足して二で割ったような子さ」


 御堂の口から飛び出してきたのは、その洗練された美しさから人気を博している大女優と、活発な愛らしさから今じわじわと人気を獲得しているアイドルの名前だった。

そして、その二人の顔を足して二で割ったような容姿に、マヤは一人だけ心当たりがあった。


「美人さんね」


 マヤの声は、ほんの少しだけ上擦っていた。


「うん、あれは最高の女の子だよ。あの子がピンチに陥ったら、多分僕は火の中へでも飛び込んでいくんだろうね」


 マヤの背に回した御堂の手に、力がこもる。


「今日のところは退いてくれないかい? 僕とて、何の保証もなく君に声をかけたわけじゃないんだ」


 それは明確な脅迫だった。

涼しげな笑みを貼り付けたまま、御堂は、マヤの双眸を射抜くように見つめた。

マヤは御堂の中に、計り知れない悍ましい何かを垣間見た。

背中を、目に見えない虫が這う。

彼女の意思とは拘らず、身体は首を縦に振る所作を実行していた。


「君も、嫌いじゃない」


 ▼


 坂崎は目の前の光景に、眩暈を起こして倒れてしまいそうな思いだった。

事務所が、家が、黒く焦げ果てていて、原形などほとんど残っていなかった。


 財の消失が致命的であることは一目見れば分かることだ。

だが坂崎にとってそんなことは些事でしかなく、彼の頭の中は、少女のことでいっぱいだった。


「七瀬!!」


 野次馬を掻き分け、終わりかけた鎮火作業を締めにかかっている軍警の一人を突き飛ばして事務所へ駆ける。


「あぶねえぞ! 燃えた建物はすぐ崩れちまうんだ!」


「うるせえ! てめえの家に戻るのになんで人様に止められなきゃなんねえんだ!」


「あんたこの事務所の人間かい。焼け残ったモンは俺らが責任持って回収してやるから、下がっとけ!」


 立端たっぱのある軍警の男が坂崎を後ろから羽交い締めにする。

しかし坂崎はそれでも収まらず、すぐに数人の軍警が集まり、坂崎を取り押さえる。

野次馬がどよめき、中には坂崎のその無様な姿を笑う者もいた。

それを不快に思う余裕すらない程度に、坂崎は狂乱していた。


「モノなんかいらねえ、全部お前らにくれてやるよ! おいそこの禿げ! お前だよお前! ここにガキがいたろ! 十五の女だ!」


 男は人格者だった。禿げと詰られたことよりも、坂崎に対する同情の念の方が大きかった。

「離してやれ」禿頭が言う。「あそこだ」


 禿頭の親指が示す先には担架があった。

二人の軍警が、そこに仰向けになっている少女の腕に、包帯を巻いている最中だった。


「どけ!」


 駆け寄るなり、坂崎は軍警の二人を突き飛ばした。

荒っぽい声が返ってくるが、坂崎の耳には届いていない。


「おいクソガキ! クソガキ! 生きてるか!?」


 七瀬は濡れていた。たらいの水を頭から被ったみたいに。

坂崎が顔を覆う長髪を払うと、七瀬はうっすらと目を開けて、呻き声を漏らした。


「嬢ちゃん、あの物騒な刀で水道管を叩っ斬ったんだ。あの火の中だぞ。あんなちんまい建物だ、逃げるのなんか簡単だったろうに、火を止めたかったんだ。勇敢だよ」


 七瀬の目が、はっきりと開いた。

猫のような力強い目だが、顔つきは弱々しかった。


「……ごめんなさい。止められなかった」


 蚊の鳴くような声だった。

坂崎は七瀬の口元で耳をそばだてる。

背中を抱える手にこもる力は、強かった。


「家、無くなっちゃった……餡蜜パフェも、チーズケーキもしばらく、我慢するね……」


「んなもん好きなだけ食わせてやる。ガキがいっちょまえにそんなこと気にするんじゃねぇ」


 彼女にだけに聞こえるような、抑えた声色。

坂崎は七瀬の胸倉を掴んで、猫のような目を、真っ直ぐ見つめた。


「余計な真似しやがって。てめえが危なくなったらすぐ逃げろ。こんな家、後からいくらでも建てられるんだ」


「そんな言い方するな」と軍警の男。

「うるせえ!」と坂崎。


「生きててよかった。だから、めそめそ泣くんじゃねえ」


 大きな楕円から零れ落ちた涙が、一つ、二つ。


 七瀬は、自分の力ではどうしても止められない涙が恥ずかしかった。

坂崎が強がって笑う。

それが七瀬は悔しかった。


 どうしてこんなに悔しいのに、強がって、いつものように鼻で笑ってやれないのだろうか。

決まっている。彼は自分よりもずっと大人で、人の心と話すのが自分よりも上手だからだ。

 守りたかった。このろくでもない家を。

たった二ヶ月の、ろくでもない思い出を。


 そのように、七瀬は自分の涙がどういう風に流れるのかを知った。

喉の奥が痛くて、まるで鉛でも飲み込んでしまったみたいに、言葉すらままならない。


「泣いてなんかないわよ!」


 坂崎の胸に顔を埋め、背中に手を回し、強く、強く抱き締める。


 坂崎は、自分の胸の中でわんわんと泣きべそをかく少女の、ずぶ濡れになった髪を撫でた。撫でて、いた。

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