6.あくまのかみさま




「あったじゃん、生きる目標」



沈黙を切り裂いた彼は

今までのだるそうな態度ではなかった



「え……」


「外に、出たいんだろ」



今まで食べたもの全てを吐き出したような

気分で生返事しか出来なかった

吐き出した衝動でなんだかヘロヘロだ


彼は暗い空を見上げ睨んだ

まるであの偽物の空に

とんでもない恨みがあるように



「もう一度外に出たいんだろ

もう一度自分の人生をやり直したいんだろ

やればいいじゃん 簡単」


「……出れないよ」


「そう決めつけてるのはお前だけだろ」



彼はゆっくりと私に近づいた

警戒する力もない

逃げる体力も 言い返せる精神力も






「なぁ、協力しようぜ」



悪魔が囁いた

その声は甘く魅力的で、

きっと溺れてしまったら戻れないだろう

だけど私は抵抗する免疫力がなかった

なんだかぼんやりしてきた気がする

うっとりとした空気にむせ返りそうだ

冷たい風と汚れた空気が

唯一の現実への手綱であった



「俺もさ、実は外に出たいんだよ

ちょっと用事があってな

だから俺と協力して脱出しよう

いいだろ?悪い話じゃない」



ああ、だめよ私 話を聞いてはダメ

まるで洗脳みたいに彼の言った言葉が

私の中を侵食し繰り返される

グルグルと目が回る

彼が2人にも3人にも見える





「一緒に空を見に行こう」



きっとこれは、悪魔の取引なんだ

彼の差し出された手は赤い血に染まっていて

本当に悪魔のようだった

手を取ればおしまい

わかってる

わかっているの







握った手は、暖かかった



「弥代甘利

……世界が自殺を望むような夜を作るぞ」



その言葉を最後に私の意識は途切れた

彼は笑った、恐ろしいほど残酷に

眠っている間に夢を見た 怖い夢だった

心の目まぐるしい変化に着いていけず

次目覚めた後も何度か気絶してしまった

実際は貧血でその場で倒れたそうで

ちぎれた醜い耳にはガーゼが貼ってあった

もう右耳は聞こえなくなってしまったらしい


後悔はなかった

不思議な気持ちだった

頭の中は焼き付いた最後の彼の顔ばかりだ

このどうしようもない気持ちに

ケリをつけるため

また明日彼に会いに行こうと思った


私は病気になった。

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