5.まだ生きていたいの





空気が悪いと感じた

物理的にも気分的にも

覆われた空は太陽なんて知らないみたいに

固く閉ざされ、光を拒んでいた


淀んだ空気の中

彼の白い髪は汚れることなく

紫の目は真剣に私だけを見ていた



「ごめん」


「は?」


「っ……ごめん、なさい」



追いついた彼は私が逃げたのが

気に食わなかったのか

ちょっと機嫌が悪くなっているみたいだ



「なんで謝んの?意味わかんねえ」



頭を掻きながらだるそうに下を向いた

まだ猶予を与えてくれるのか

近づいてくる様子はない



「もう、逃げないから……」



乾いた声が、届く

心臓の鼓動も、届いてしまいそうだ



「だから、私を食べても、いいよ」


「……」



彼の顔が歪んだ



「あ、貴方は人を 食べるんでしょう?

だから 私のこと食べても」


「なんでそう思うの?」



言い終わる前に彼は言った

声には少しイラつきというかだるさというか

そんな倦怠があった



「……今、気づいたの

私死にたかったんだって

ずっとずっと、自分の価値が見当たらなくて

親の期待にも答えれなくて

挙句の果てに こんなところまで

連れてこられて……」


「そういうのは求めてなかったんだけどなあ、いいよ話して」


「……生きてる意味が見つからないの

だからもう いいの」



まだ春と呼ぶには早い季節だ 少し肌寒い

唇の震えは寒さからなのか、あるいは



「……自殺願望者なら俺も喜んで食べるさ

まあ全部は食わねえけど

だけどなぁ、俺だって出来るだけ

そういうやつを選んで食ってんだ

誰彼構わず食ってるわけじゃねえ」


「……どういうこと?」


「まだ生きていたいと

願うやつは食えねえよ」



彼は今までの話を聞いていたのだろか

私は、死にたいと、言ったはずなのに……!!



「最初見た時はさぁ

すげー絶望的な目ぇしてんなぁって

思ってたんだよ

もう見るからに死にたそうだったし

俺も腹減ってたから

こいつ食うかって思ったの

でもいざ襲ってみたら

随分と生きたがるじゃん」



話すスピードが早くなっていることは

その時は気づいていなかった

私の感情が剥き出しになって

醜く醜く、彼に襲いかかった



「ねぇ……さっきの話聞いてた?

私、もう死にたいって言ったよね!?

生きる目標なんかない!!

誰からも期待されない!!

みんな私をいないものとして見るの!!」



血とは違う、違ったものが溢れていた



「……ここからも、出られないんだよ…

もう2度と やり直せないの」



初めて感情の牙を人に向けた

人前で泣いたのも初めてだ


静寂は私にとっては煩く

心にとっては冷たくなるぐらい痛かった


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