404
実家のホームページを消してしまった。
小さなカフェを経営する父親に依頼され、適当に作ったホームページだった。格安のデザインテンプレートをダウンロードし、それをそのまま適用しただけ。
「すごいじゃないか」
それでも父親は喜んでいた。ブログ部分は父親でも更新できるようにし、メニューやお知らせなどの更新があればその都度、俺が担当する。バイト代としてもらった小遣いは、なにかと出費のある大学生にとって大きな助けになっていた。
だが、そのホームページをうっかり消してしまった。気づいた時にはもう遅い。
慌てて店の名前で検索をかけてみたが、画面に表示されてのは「404」、そして「そのページは存在しません」という文字だけ。
「どうしてくれるんだ!」
親父は血相を変えて怒っていた。
「ドメインは残っているんだ」と俺は説明をした。
「だから、今のアドレスに新しいサイトを立ち上げることはできる」
面倒そうだが作り直すしかない。さすがにこれは無報酬だろう、などと思っていたのだが、親父の関心は別にあった。
「ブログはどうなる?」
「ブログ?」
「俺がこれまで書いてきたブログだ」
「それは……」
俺は少し黙り、そして答えた。
「多分、戻らない」
「はぁ!?」
親父は目を丸くした。そして目を丸くしながら次のようなことを主張した。良いか?俺は日々の出来事をこと細かにブログに綴っていた。それは見る人に親しみやすさを感じさせ、そのおかげで新規顧客の獲得、およびリピーター客の固定化へと繋がっていた、と。
「この店の強みは俺のブログだった!」
そんなわけないだろと思ったし、思った直後に「そんなことわけないだろ」と口にしていた。今時、カフェを探す時は大概、地図アプリを使うし、目当ての店がある場合だってグルメサイトのクチコミを参考にする。
「わざわざホームページを見る奴なんていない」
その発言が親父に火をつけた。烈火の如く怒りだし、アナリティクスの解析ページを見せてきた。
「見ろ!デイリーで10人も俺のブログを見てる。月で300人だ。300人といえば3丁目の集会所が埋まる人数だ」
「そのほとんどは多分、あんた自身のアクセスだよ」
そう反論するより前に、親父は口角泡を飛ばして「機会損失だ!」「営業妨害だ」と騒いだ。
「今すぐ元に戻せ!」
高圧的なその物言いにイラッとした。イラッとしすぎて、自分が実家暮らしの学生という身分であること、毎回5分足らずの更新作業で1万円というバイト代をもらっていたこと、そもそも今回の原因はどう考えても自分にあること、それら全てを棚上げして俺は席を立った。
「どこにいく!」
親父の声を無視して財布とカバンを手に取る。
「おい!」
親父の声を背中に受けながら、ちらっとパソコンの画面が視界に入った。404という文字が不自然にボヤっ光っていた。同時に、ぐにゃりと世界が揺れた気がした。
時刻は23時45分。俺は駅へと向かって歩いていた。頭の中で、自分の行動を正当化するための主張が次から次へと出てくる。そして、考えられ得る全ての意見を可能な限り冷静に検討し、俺はこう思った。弱い。言い訳として弱い。どのように論理を取り繕っても自分が悪いことは明らかだった。
だからといってすぐさま自宅へと踵を返し、素直に謝ることができるほど人間が出来てないはい。そもそもそんな人間であればハナからこんなことにはなっていないはずだ。
今日はどっかに泊まろう。
そのような結論に達した俺はスマホを取り出す。地図アプリを起動し、「漫画喫茶」と入力した。駅の南口に2件ヒットする。何度か行ったことがあるが、宿泊で使ったことは無かった。どちらが安いのだろうか。
「ん?」
スマホの画面を見て俺は首をかしげた。地図アプリから近い方の漫画喫茶のホームページに飛んだのだが「404」の文字が表示されていた。先ほど自宅で見たものと同じように、「このページは存在しません」と書かれている。
「潰れたんだ」
全く知らなかった。仕方ないのでもう一つの方の店舗を調べてみた。同じく地図アプリから該当のホームページへリンクで飛ぶ。すると。
「……404」
やはり、404の文字が画面上に表示されている。
俺はしばらく考えてみる。こんな偶然あるだろうか。二つの店はそれぞれ親会社が別だ。同時に閉店するなんて考えにくい。
地図アプリはいつものように起動していた。となると通信会社の問題ではないようだ。他に可能性としてあるのは、検索エンジン自体の調子が悪いとか。試しに今度見にいくつもりの映画のホームページを検索してみる。1秒もかからず目的のサイトが表示された。
「とりあえず、店まで行こう」
この時、若干の嫌な気配を感じていた。休みの日に学校に来てしまったような、反対方向の電車に乗ってしまったような、そんな違和感を確かに俺は感じていたのだ。しかし、俺はそれに気づかないふりをし、駅までの道のりを早足で歩いた。
漫画喫茶はいつも通りの場所にあった。雑居ビルの3階。店の看板も出ていて、ビルの入り口には料金表の書かれたポスターが貼られていた。
「あるじゃん」
ホッとしながら俺は言った。思わず笑みを漏らしながらも、1段飛ばして外階段を登った。少しでも早く店の中に入りたかったのだ。だが、入り口の前まで来た俺の足は、そこで固まってしまった。漫画喫茶の入り口はシャッターが降ろされており、そして、その中心には一枚の紙が貼られていた。中央には小さな文字が印刷されている。近づきながら目を細める。
印刷されていた文字は404だった。
「なんだこれ」
当然だが実店舗が稼働していない時に「404」などという表現は使わない。「臨時休業」とか「閉店」とか、そういった言葉が使われるはずだ。もう一度、俺はA4サイズの紙を見てみる。真っ白な用紙に「404」と書かれているアンバランスさが、なんとも言えず気持ち悪かった。シャッターに耳を当ててみた。中からはなんの音もしない。訳もわからず、俺はもう一つの漫画喫茶へと向かう。
最初の店と同じだった。入り口のシャッターが下され、同じくA4の張り紙が貼られていた。その中央には404の文字。家を出る時に見た自宅のパソコン画面が脳裏をよぎった。何かが起きている。何か、俺にとって良くない事が。
「隣町に行こう」
俺は直感した。この町にいたらマズイと。俺は駅の北口に位置するロータリーへと向かう。あそこならタクシーが止まっているはずだ。途中、高架下の居酒屋が軒並みシャッターを下ろしていることに気がづいた。普段、朝方まで営業しているはずの居酒屋だ。シャッターに近づいてみる。やはりと言うべきか、全ての店に「404」と書かれた貼り紙が貼られていた。そういえば、まだ24時だというのにやけに暗い。その理由が、駅周辺の家々の灯りが全て消えているからだと気づいた瞬間、たまらなく怖くなった。俺の周りで色々なものが存在しなくなっている。
「あった!」
タクシー乗り場には1台のタクシーが止まっていた。黄色の車体がロータリーのライトで照らされたそれは、まるで俺を待っているかのように光って見えた。すがるようにして俺は運転席へ向かう。誰でも良い。とにかく人と話したかった。この異常な状況を共有できる人と会いたかった。だが、タクシーの表示板を見て俺は凍りつく。「空車」や「回送」と書かれている箇所に「404」と表示されているのだ。運転席には当然のように誰もいなかった。
「どういうことだよ」
後ずさりながら振り返った俺は、さらに自分の目を疑った。その光景は、これまでの出来事と比べてはるかにレベルが違った。先ほどまで確かに存在していたはずの駅が、綺麗さっぱりなくなっているのだ。目の前に広がるのはただの更地。南口にあった2つの漫画喫茶が、北口からでもはっきりと見える。
更地の真ん中にはポツンと看板が建てられており、そして真っ赤な文字で「404」と書かれていた。
気づけば自宅までの道を全力で走っていた。
「やばいやばい」
原因はあのホームページだ。アレのせいで全てがおかしくなったのだ。親父のホームページをどうにか元通りにすれば、きっとこの馬鹿げた現象も収まるはず。いや収まってくれないと困る。大丈夫。ホームページさえ直せば!
「大丈夫、大丈夫」
自宅にたどり着いた俺は、息を荒げながら玄関の扉に手をかける。しかし重たい感触が手のひらに伝わった。鍵がかかっているらしい。急いでチャイムを鳴らす。なにも応答がない。再びチャイムを鳴らす。何度も鳴らす。やはり応答がない。
「なんで!」
自分で言うのもなんだが、子供が出ていったのだ。少しくらい夜のうちに帰ってくる可能性を考えるものじゃないのか!
「もしかして」
嫌な予感が頭に浮かんだ。まさか両親までも消えてしまったのか?そんな!なんてことだ!しかしその時。
「はい」
玄関の扉が半分だけ開いた。
「……か、母さん」
そこにいるのは、紛れもない俺の母親だった。思っていた以上に俺はこの状況に狼狽えていたらしい。
「母さん」
母親の顔を見た瞬間、俺はポロポロと涙を流してしまった。
そんな俺を、母親は不審そうな顔で見ている。
「……どちら様ですか?」
「え」
俺は目をパチクリとさせた。途端、背筋に悪寒が走る。半開きの扉の向こうで俺を見つめている母親を残し、俺は家の表札を確認した。
そこには上から、父の名前、母の名前、そして「404」と書かれていた。
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