第3話 神の試練? あっ、信仰するのやめます
「テヒュポリスは北には鉱山の街があります。ここでは多くの鉄が採れますが、その分他国から狙われやすくなっております。北にある国とは長年この鉱山地帯を巡って何度か争いが起きていますが、魔王が目覚めた今では魔物との戦いになることも懸念されております」
午前のお勉強である。今はやっているのは地理で、テヒュポリス王国内の大きな街や砦などの要所な場所の解説を俺は受けている。
夜這い云々ととても人には言えぬ事件から数日、自分の名前ぐらいは書けるようになった。やっべ、村長や神官様の次ぐらいに頭良くなったんじゃねえか俺?
ちなみに、名前が書けるようになったのだから説明を受けながら地名の名前を書いてみようという訳で手持ちサイズの黒板に何度も地名をチョークで書いては消してを繰り返している。
教えてくれているのは領地を持たぬ宮廷貴族の男爵家嫡男の人で、何も知らぬ俺にも分かりやすく丁寧に教えてくれる。何か他国にまで留学したことのある若いながら偉い学者さんのようで、そんな人にこんな簡単なことを教わってる俺って何様なんだろうね。あっ、勇者様か。まいったなーこれ。っざけんな。
「どうしましたか勇者殿。何か分からないところでもありましたか?」
「自分の村がどこに位置しているのかちょっと興味が出てきまして」
「成る程。確かに地理を習えば自分の故郷がどこにあるのか気になりますね。勇者殿の村は確か……南西のこちらですね」
そう言って教師は魔王が支配する土地のある方角とは真逆の場所を指し棒で指した。わぉ、反対側ー。何でわざわざこんな遠い場所から俺を引っ張ってきた。
「近くの森で木を切って生活してたんですが、この向こうには何があるんですか?」
「テュナ王国ですね。交流のある国ですが、この山を超えなければいけないので遠回りして行くしかないのであまり活発とは言えません」
「へーそうなんですかー」
『懐かしいな。私はこの山に封印されていたのだ』
アブディエルが気になる発言をするが、今は人がいるので反応しない。そういや、こいつ何で騎士達が持ってたんだ?
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも――」
「飯にするんで出てけ」
午前の学習が終わって部屋に戻るとレミリアが待ち構えてよくあるセリフを無表情で言ってきたので飯だけ置かせて部屋から追い出す。
『この数日で大分雑な扱いになってきたな。手馴れてきたとも言うが』
「人間って慣れる生き物なんだって実感するわ。それよりもさっきの話、山の中で封印されてたっての聞かせてくれよ」
椅子に座って、目の前のテーブルに置かれた料理を見下ろす。出来立てと言わんばかりにホカホカである。俺が戻るタイミングを見計らって用意したんだろうが、何でメイドとしては有能なのあの女。
『ああ、それか。私は前の使い手が魔王と相打ちになった後、彼の仲間によって回収されて誰の手にも届かぬあの森に置かれたのだ』
「前の持ち主もやっぱり勇者だったのか……」
食べながらアブディエルの話を聞く。最近だと味が分かるようになってきたので食事が楽しみだ。流石王城に勤める料理人が作ってるだけあって美味い。
『他国の領主貴族の息子だったんだが、その家は骨董商に手を出していてな。偶々レプリカだと思われて流れてきた私を彼は見つけたのだ。一応、ただのインテリジェンス・ウェポンで勇者とは関係ないと言ったんだが、彼の父親が騒いでな』
「どこも一緒だな。可哀想に」
『だがそれでも彼は世界の平和の為にと彼は戦った』
やべぇ、立派な人だ。逃げる算段立ててる自分が恥ずかしくなってくるだろう!
『彼が死んだ後、彼の仲間が私をあの森の奥に安置したのだ。仲間に私の事実を話していてな、悪用されないためにと』
俺もそんな秘密を共有できる仲間が欲しい!
『おい、どうした? そんな顔をして』
「自分がちょっと恥ずかしくなって」
『気にするな。当たり外れもある。中には勇者なんて関係ないと国と家族を捨てて別大陸に渡った挙句に最終的に私を売った奴もいる』
わぁお。こんな話で心が軽くなった自分自身にもわぁおだわ。
ちょっと自己嫌悪に陥っていると部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
返事をすると入ってきたのはレミリアだった。
「失礼します。本日午後の訓練ですが、来客があるために開始は遅れることになりました」
「来客?」
「はい。神殿の枢機卿が一人、バジル様です」
『なんだと?』
「すうききょうって何?」
え? 何でそんなに驚いてるのアブディエル。だから「すうききょう」って何よ? 神殿は知ってるけどさ。レミリアが何か生暖かい目で見てきてキモイんだけど。
神殿とは世界を作った女神を崇め称える組織だ。世界中に影響を与えており、どの村でも教会が一つ建っている。それ以上の事は知らない。いや、だって教会つっても結婚式と葬式ぐらいしか用無いし。住んでた村の中には信者もいたけど、自力で生きてくのが開拓民やら辺境の村の連中の生き方だし、やる事全部やって後は運任せの時ぐらいしか女神様に祈らないからそれ以上の関心はなかった。
『大昔から世界中に教会を置いているという事はそれが出来るほどの影響力を持っているという事でもある』
そんな無知な俺にアブディエル先生が解説してくれる。何でも、アブディエルがインテリジェンス・ウェポンとなる前から存在し、その時から既に世界中に影響力を持っていたとか。何か凄そうっすね。
『この様子からすると、影響力は健在のようだな。神殿は時に国の方針にも口を出してくる』
マジか。すげぇな神殿。
『だから気をつけろ。中には神殿の威光を盾に己の欲を満たす輩もいる』
勇者の聖剣がこんな事言ってますが、そこんとこどうなんすかねえ?
「辺境の村出身と聞いていましたが、聖剣に選ばれた勇者殿だけあって堂々としていらっしゃる。大人物となる器を持っているという事でしょうな」
それにしてもデカイ腹だ。神官の上、神官長の中でも選ばれた者のみが成れるのが枢機卿らしいが、正直なところそこまで凄い人に見えない。
生え際の後退はともかくとして、まずは図体がデカイ。そして腹がデカイ。包容力があると言えば聞こえは良いがぶっちゃけデブって事だ。デブな聖職者って何? なに食ってどんだけ運動してなかったらそうなんの?
村にいた神官のじいちゃんなんか骨と皮しかないような怪人だったぞ。日が昇る前に起きて体操して掃除して朝日に向かって祈って水飲んで散策しながら村人に挨拶とお祈りして飯食ってお祈りして薬草取りに行って水飲んで月に向かって祈って寝る生活をしていた。
異様ではあったが、目の前のデブ神官長よりも徳がありそうだった。何より話も分かりやすく短かった。
「――であるからして勇者殿には是非とも神殿と密接な関係をですな」
ごめん。半分も聞いてない。というか理解できなかったんで結論だけ言って欲しい。
『別方向の負荷でまたセレグが死んだ魚の目をしている……』
そうだね。貴族様とか王様相手でもそうだったよね。
「つまり、どうすれば良いのですか?」
聞くのも面倒になったのでこっちから聞いてみる。すると待ってましたと言わんばかりに神官長のバジルが食いつく。もしかして聞いてくれるの待ってたのか?
「勇者殿には是非とも神官騎士の試練を受けていただきたいのです」
なんで?
「神殿は歴代の勇者達を助けて来ました。今回も勿論そうですが、より密接な協力関係を築くために是非とも神殿に来ていただきたい。最初は神官にと思いましたが戦う者としてならやはり神官騎士の方が良いかと」
二重の意味で知らんがな。
『神官騎士とは名前の通り神官の中で戦闘を主目的にした者のことだ。神殿固有の戦力でもある』
私兵団ってところか。いや、でも神官でもあるんだよな?
「なので勇者殿には神官騎士と試練を受けていただき――」
「いやです」
「――え?」
あ、やっべ。つい本音が。目の前の枢機卿は目と口をまん丸にしている。だって試練とか言われたら気後れするのが一般人だろ。しかも神官ってつまり敬虔な信徒だろ? しかも騎士ってつくなら余計お堅そうだし。ただでさえ勇者なんて主に背負ってるのにこれ以上の肩書きなんていらない。
『セレグ、言い繕え。自分はまだ未熟だからとか今はまだ訓練中だとか』
「自分は勇者に選ばれ日々精進を続けていますが未熟者ですこれ以上の重せ――ではなく重要な責務と誇りを持つ神官騎士になるにはやはりまだまだ研鑽不足ですよって自分には――」
云々かんぬん。俺は今何を喋ってる? 言葉遣いとか単語とか滅茶苦茶だけど早口で捲し立てて何とか誤魔化す。誤魔化せる自信はないけど。
「そ、そうですか。勇者殿はなんと思慮深い方だ。それに謙虚だ」
生まれて初めて言われたが嬉しくないのは気のせいだろうか。
『よくそんなにほいほいと言えたな』
目の前の神官長の真似しただけ。
「ですがそんな気にすることはありません。あなたは十分に――」
神官長がまた何か長々と喋りだそうとした時、部屋のドアがノックされた。それに気付いた神官長は話を遮ったノックに不機嫌な顔をした。それが見える訳でもないだろうが、外からドアが遠慮なく開かれてレミリアが姿を現した。
「失礼いたします。お話中のところ申し訳ありません。バジル様、大臣様が是非ともお話したいことがあるとのことです」
「大臣が?」
神官長の眉が寄る。なんにしてもチャンスだ。喋り過ぎて喉も乾いたし、とっとと逃げよう。
「でしたら自分は退席させて貰います。大臣との話は大事でしょう」
何か言われる前に立ち上がり、俺はさっさと部屋を出て行く。通路に出ると後ろではレミリアがドアを閉めていた。
「何か言われましたか?」
通路を歩きながら、レミリアが聞いてくる。
「神官騎士? それにならないかだって」
「そうですか」
愛想のないメイドである。それなのに隙あらば誘惑してくるので意味が分からん。
「さっきの大臣が呼んでたってのは本当?」
「はい。大臣に頼まれました」
『気を利かしたのだろう。あのままならしつこくいつまでも続けただろうな』
ううむ。そんなに続けられたら寝る自信があるぞ。
「あの神官長って有名なのか?」
「ゲスデブ」
「…………はい?」
思わず立ち止まって後ろを振り返る。レミリアは手帳を開いてそれに視線を落としていた。
「強突張り。金の亡者。腐れ神官。腹には金貨が詰まっているなど、そんな評価を受けている方です」
「ああ、そう……。もしかして都会の神官ってあんなのばっかり?」
「興味がないので分かりかねます」
お前はそうだろうね。
『私が見た限りで言うと、人それぞれだ。尊敬できる者もいればその逆もいる。どこであろうと言えることだがな』
うちの村もそうだったなぁ。大人も子供も、名士も猟師も。
「あれ、でも何で最初から助け舟出さなかったんだ?」
ここは城だ。自分で言うのもなんだけど、(本当の)仮にも勇者にそんな悪い評判ばかりの神官が簡単に会いに来れるだろうか。
『無理矢理にでも通ったんじゃないか? 私が知っている時代と変わっていなければ枢機卿の権力は国の重鎮だレベルだからな。しかも世界中に信徒がいるから無視できない』
それってマズくないですかねえ。
「王子が手引きしたようです」
王子ぃーっ! あんた何やってんの! 見た目好青年な将来の王として期待されてるあんたが何やってんだよ。あれか、妹とは別ベクトルで駄目な人か!
「王子ヒュッツバイン様は熱心な信徒です。王族で無かったら出家して神官騎士になってると言うほどに。だからバジル枢機卿の頼みを無碍に出来なかったのでしょう」
王子ならもっと強気に! そんな体たらくで王様になったら外交とか政治とかどうするんだ(知ったか)!?
「へえ」
そんでもって俺は聞き流す。下手なこと言って問題になったら嫌だから。
「勇者様はこれからいかがしますか? 時間が空いてしまった訳ですから、甘い午睡のひと時でも」
なんかメモ見ながら棒読みに言われても。
そんな訳で練兵所に移動しました。甘い午睡? 昼寝なら一人でやるよ。レミリアには騎士団長を呼んできてもらうよう言ってどっか行ってもらった。
練兵所では騎士達が木剣を手に訓練していた。ウオーッとかワーッとか言って迫力がある。しかし、騎士団長のデカイ声と比べれば非常に大人しいのですっかりビビらなくなった。戦闘技術だけでなく耳と心臓まで鍛えられる練兵所はテヒュポリス王国だけ!
何て嬉しくない場所なんだ。それはともかく、騎士団長が来るまでどうしていよう。下手に動きて騎士の迷惑になるのもあれだし、準備体操でもして座りっぱなしだった体でも解すか。
「そこにいるのは勇者ではないか」
いざ柔軟、とか思っていると声をかけられたので振り向く。動きやすい運動着を着た金髪に青紫の目をした美男子が立っていた。顔の造形は王女のリーゼロッテを男にしたような感じ。うん、王子だな。
なんでこんな汗臭い場所に王子がいるんだよ。いや、女騎士だっているけど、動く以上汗はかくものだし、ねえ?
テヒュポリス王国の王子ヒュッツバイン・テヒュポリスは肩に剣を担いでいる。前見たときは長袖だったから見えなかった腕が運動着の半袖からは見えており、その爽やかな顔には似合わず筋肉モリモリだった。農作業してる村のおっちゃんらとはまた違う筋肉の付き方で、言っちゃなんだが戦う為の筋肉ってちょっとキモイ。ここで訓練続けてたら俺も将来こうなるのか……。
「バジル殿と会談していたのではなかったか?」
「先程終わったばかりです」
「そうだったか。神官騎士になれば魔王打倒の為に各地を回る時役に立つぞ」
王子は嬉しそうにそう言った。いやちょっと待て。お前、神官長の目的知ってたのかよ!
「その話ならお断りしましたよ」
「なんだと? どうしてだ。神官と言えば誰もが羨む職業だぞ。人々から尊敬の念を与えられ収入安定、養育費の援助、一部交通機関の割引や関所での通過も融通が効く」
マジか。えっ、マジか。神官ってそんなに美味しい職業なの?
「神官騎士となれば羨望の的だ。女神に信仰を捧げ、力無き者達の為に武器を取る。冒険物語の主役にも多いほどだ。しかも医療手当はつくし武具の配給だってある。万が一死んでも家族には多くの遺産も残せるのだ」
前半はどうでもいいが後半は聞き捨てならねえ。マジで好条件過ぎる仕事先じゃないか。
『セレグ、目の色変わってるぞ』
――ハッ!? おっといかんいかん。ついつい釣られそうになってしまった。だが、いくら何でもそんな命の危険がある仕事なんて嫌だ。それにそんな真面目な人間じゃないと務まりそうにないのは無理だ。
だいたい、既に勇者という望まぬ立場にいるのにそんな肩の重そうな地位は余計要らん。誰かにあげたいぐらいだ。
「ぬぅ、女神を思えば神殿に行くのは普通だと思うのだが。わたしも王子でなければ神官騎士を目指していたというのに」
「自分はまだまだ未熟。このまま神官騎士になれば周りに、ひいてはバジル枢機卿にも迷惑をかけてしまいます。だから今回の件はお断りさせていただきました」
余計なことしやがってクソ王子。
「未熟か……。そういえば勇者はグレイズに稽古をつけて貰っていたのだな。ならば俺――私が手合わせしてやろう」
何言ってんだこの王子。
「よし、では剣を抜け勇者! 勇者だけが持つことを許されたその聖剣の威力を見せてみろ!」
威力って切れ味のことですか? そんなの見せたら怪我するだろ。
「このところ政務で忙しかったが、俺は普段から鍛錬をして己を磨いている。なぁに、一日の長があるのだ。怪我の心配は必要ないぞ!」
とか楽しそうに言って王子が剣を抜いた。待てやコラ。俺は怪我するの嫌だし、王子を怪我させてしまったら大変じゃねえか。俺の立場的に。だからそんな一人称が私から俺に戻るほど興奮すんなよ。
「さあ、構えろ!」
構えろ言われましても。
『――まずい。セレグ、掴め』
アブディエルが切羽詰まった声で言ってきたので、慌ててなんちゃって聖剣の柄を掴む。言われて反射で掴んだが、このまま王子と模擬戦だなんて――
「――――え?」
なんかいきなり銀閃が煌めいたと思ったら、手に凄い衝撃が来て思わず後ろに蹈鞴を踏む。いつの間にかアブディエルが鞘から抜かれて俺が片手で構えていた。そして前方では剣を振り下ろしたと思われる姿勢の王子がいる。
「しっかりと反応するか。それでこそ勇者だ」
おい……おい、おい! こいつまさかいきなり斬りかかって来やがった!
『セレグ、しっかり両手で持て! 次が来るぞ!』
「ちょ、ちょちょちょちょっと!」
王子が剣を構え直して俺に向かって突撃した来た。そんで斬りかかってくる。躊躇がまったくない。
『とんだ王子だなっ!』
まったくだよ!
王子の剣撃をアブディエルで防ぐ。一回防いだだけじゃ飽き足らず、王子は次々と攻撃を繰り出してきた。アブディエルはそれを見事に防いでいく。
王子の剣を防いでいるのはアブディエルだ。剣だから、というのではなく、アブディエルが自分で動いているのだ。柄を両手で握る俺はただの飾りだ。
最初に会った時、アブディエルは自分で鞘から抜け出てモンスターを斬った。そう、アブディエルは別に使い手がいなくても勝手に魔物を倒せるほど自由に動けるのだ。だから王子と斬り合ってるのはアブディエルと言っていい。剣を習い始めて数日の俺が鍛錬を毎日してると言っている王子と切り結べる筈がない。
もうお前一本で魔王倒せよという感じだが、やはり誰かに振って貰わないと体重が乗ってない分威力は軽いらしく、何よりしんどいらしい。俺が自分の身を守る程度の実力をつける必要もあって、最初の時だけ――あっ、レミリアに夜這い仕掛けられた時にも――動いただけであったが、王子を相手にしているこの時、再び動いている。
剣が擦れ合って火花が散り、王子が後ろに軽く下がる。剣の性能の違いか、王子の剣には刃こぼれが見えた。逆に王子は元気ハツラツもっと楽しもうぜって顔をしている。
『これは戦闘狂の類だな』
うん、見れば分かる。これが戦闘狂って奴なんだな。くっそ迷惑な! おい、王子。さっきまでの好青年顔はどうしてどうせなら最後まで取り繕えよ。目とか獲物を定めた猛獣みたいで怖いんですけど!
こっちは王子とは対照的に剣はまだまだ元気で俺は既に疲労困憊だ。一撃受けるごとに骨まで響く振動が来て痛い! 岩に斧を叩きつけたみたいに痛い!
「フフフッ、想像以上だ。木こりの息子と聞いていたが、まさか短い期間で俺と打ち合えるほどにまで成長しているとは」
違います。アブディエルです。こいつが頑張ってるんであって、俺じゃないです。
「共に戦場に立てる日が楽しみだ」
嫌だよ戦場なんて。
「まだまだ行くぞォ!」
来んな! ああ、もう! 王女といい、まともな王族はいねえのか!
『耐えろ! どうせこのままでは向こうの剣の方が保たん!』
王子の剛剣は凄まじく、しかも竜巻のように速い。アブディエルが防いでくれているが、向こうの剣より俺の腕が先にダメになりそうだ。
だけど思ったより俺の腕は頑丈だったらしい。途中、王子の持つ剣が甲高い音を立てて砕けた。アブディエルすげー。
剣が砕けたことで、バトルジャンキーが距離を開けて離れ、剣を捨てた。ふぅ、これでようやく解放される。
「クッ、ククク、クハハハハハハーーッ!」
何かいきなり王子が三段笑いし始めた。怖い。目もイっちゃってるし。狂ったのか? いや元々かこの王族は。
「ハハハハ―ーノってきたぁ! 来い、マッドウォー!」
『何ッ!?』
「はい?」
王子がバッと右手を横に振る。直後、練兵所の天井の一部が内側に向かって吹っ飛んだ。飛び散る破片と粉塵の中から何かが飛び出してくる。高速で飛来するそれは王子の右手に導かれるように移動する。王子は来るのが当然と言わんばかりにそれを掴み、構えた。
天井を突き破ってきたそれは剣だった。禍々しい刀身の色は赤と黒。全長は王子と同じくらい。あと、何か赤いオーラ出てる。
「インテリジェンス・ウェポン!?」
『違う。だがあれは魔剣だ!』
ヒューッ、さすが王族だぜ。そんな物持ってるなんてな! 冗談じゃねえぞオイ。
「さあ、震え立てマッドウォー!」
いやああああっ、王子の体からも赤いオーラみたいのが出たァ! 明らかにヤバいもんだって俺でも分かるほどにおっかねえ!
『くっ、こうなったら覚悟を決めろセレグ』
何で城の中で覚悟を決める状況になってるんですかねえ? 味方(?)に殺される勇者とか人類の恥じゃん。やっぱ勇者って地雷だな!
王子が魔剣を大きく振りかぶる。笑顔で。狂ってやがるぜ。
本気で覚悟しなきゃならんと思った時、王子の肩を掴む者がいた。先程までそこには誰もおらず、近づいて来てもいなかったのに一瞬でそこに現れた。
「殿下! 今日もお元気そうで結構なことですな!」
騎士団長のグレイズだった。
「政務で忙しい中時間を作っては鍛錬に励むその姿は、このグレイズ感心しきりでございます!」
相変わらずデカイ声である。
「グレイズか。何か用か? 急ぎでないなら後にしろ。今、良いところなんだ」
良くねえよ。肩に手を置かれてるって時点で止めに入ったことぐらい察しろよ。何でまだギュンギュンとオーラ出しているのかそれが分からない。
「勇者殿との戦いですね! 魔剣マッドウォーを持つ殿下と聖剣アブディエルを持った勇者殿の戦い! 実に! 実に興味ある一戦ですな!!」
おい、止めに来たんじゃねえのかよ。
「ですが施設を破壊してもらっては困りますな! それに陛下から戦場以外でのマッドウォーの使用は禁じられていたはずですぞ!」
「むっ……確かに、そうだったな」
説得された王子が魔剣をゆっくりと下ろした。同時にオーラも霧散していく。信じてたぜ騎士団長。
「残念だが楽しい時間はここまでだ。また闘ろう勇者よ!」
さっきまでのバトルジャンキーっぷりとは打って変わって爽やかな笑顔と共に王子は魔剣を担いで練兵所から去っていく。楽しくもねえしまた戦わねえよ。
やーっと帰ったよ。この後に訓練があると思うと凄いしんどい。というか疲労が一気に体を襲って倦怠感に加えて全身の筋肉が熱いわ骨はビリビリするわもうヤダァ!
「勇者殿!」
うわっ、来た! 踵を揃えてその場で回転し騎士団長が振り向いてくる。
「先程の戦い、見事でありました! 王子は我が国でも一、二を争うほどの実力者! 剣を握って僅かな期間で互角に戦うとは正しく勇者に相応しき才能の塊! このグレイズ、感服いたしましたッ!」
王子が最強って実はこの国ってヤバかったんだな。というか王子と争えるほどの奴がまだいるのか。まさか騎士団長以外にいるとは言わんよな? それに戦ったのは俺じゃなくてアブディエルだから。本体が剣だから勇者とか言うな。
「勇者殿と研鑽を積みたいところではありますが、練兵所が壊れてしまいました! それにこの騒ぎ、勇者殿も落ち着けないでしょう! 枢機卿との会談もありましたし、今日はもうお休み頂き鋭気を養ってはどうでしょうか!」
えっ、マジ休んでいいの? ええの? じゃあ、遠慮なく休んじゃうよ。
『そうした方が良いだろうな』
「それではお言葉に甘えて自分は休ませてもらいます」
ありがとう騎士団長! 声のデカイおっさんが癒しになりつつあるわ。
実際、体はもうボロボロなので気力を振り絞って練兵所を後にして部屋に向かう。このまま倒れてもおかしくない。
なのにどこから聞きつけたのか王女が途中で待ち構えて何かもう興奮した様子で兄と戦ったことを褒め讃えられたと同時に魔王退治を煽られた。
適当に誤魔化して抜け出し、部屋に戻ればレミリアが半袖ミニスカのメイド服に着替えた状態でいやらしいお店な感じで待ち構えていた。取り敢えず目に痛い派手な色の容器やら道具は蹴り転がして普通にマッサージして貰った。変な意味ではなく疲労回復的に凄い気持ちよかったのが何故か納得いかない。最初から真面目にやれよ。
うつ伏せになって背中に指圧を感じながら俺は思った。キッカケはデブ神官のせいだ。だから信仰すんの止めます。
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