第2話 勇者ってモテるらしいぞ。尚――


 親父にお袋。まだ村に着いていないでしょうが元気にやっているでしょうか。あなた達の息子は知能指数の低さと騎士達の肉体労働者っぷりを実感したばかりです。

 いきなりですがあなた方の息子であるところの俺ですが、何か襲われようとしています。メイドに。性的に。

「何してんだあんた!?」

「世間一般的には夜這いと言われるものです」

「状況的にそうだろうと思いつつも一抹の可能性をかけたがやっぱそうかよ!」

『あー、そういう可能性もあったな』

 何の可能性だよ! ええい、アブディエルの声は俺にしか聞こえないから、俺はこの下着姿の女に跨がれているという素晴らしくも意味不明な状況に一人で対処しないといけないのか。

「俺が聞きたいのは、何で夜這いなんて仕掛けてるのか聞いてんだよ!」

「子種が欲しいからですが?」

「何でそこでお前が首を傾げんの!? あと生々しいわ!」

 クッソ、こいつ話通じねえ。もっと言葉のキャッチボールしようぜ。それとも俺がおかしいのか、なあ!?

「初めてで緊張しているのですか? 大丈夫です。私も初めてですから」

「余計に問題あんだろ!」

「しかし知識については二児の母である姉から伝授されました。セレグ様は安心して身を任せてください。天井の染みの数を数えている間に終わります」

 それ男のセリフ。それに天井に染みなんてねえよ!

「好きにされてたまるか!」

 抵抗してレミリアを押しのけようと腕を伸ばす。胸とかに触れないようにして。ここ重要ね。

「責められるより攻める方が好き、と」

「違うッ! てか強ぇ!?」

 アブディエルが言っていたように心得でもあるのか、あっさりと受け流される。続けて抵抗を試みるが、マウントポジションを取られている上に手首を掴まれて拘束される。

 えっ? なにこのシチュエーション。普通逆だろ。そんな機会はこれから無いだろうし、したいとも思わんが。

「口で服を脱がす方法を教えてもらっていて良かったです」

「それ教えた奴馬鹿だろ! ギャーーッ、本当に服を脱がそうとするな! キャーッ、止めろ止めて息が擽ってえ!」

 なんちゃって勇者貞操の危機ッ!

「――って、いい加減にしろやゴラァ!」

 手が動かせないなら頭を使おう。物理的に。

 唯一自由に動かせる首を動かし、頭突きを変態メイドにプレゼント。凄い音がしてレミリアの首が後ろに勢い良く仰け反る。

 そのまま気絶してくれることを願ったが、レミリアはゆっくりと首を元の位置に戻した。額が赤く、痛みでか緑の瞳が若干潤んでいる。

「こんな痛み初めてです」

「やべぇ、効くどころか悪化した」

 村ではアイアンヘッドのセッちゃんと呼ばれた俺の頭突きに耐えるとは。

「責任はとってもらいます」

「その色っぽい声はもっと時と場所を選ぶべきだろ!」

「まさにその時、絶好の場所ですね」

「そうだね! アホか!」

『やれやれ、仕方がないか』

 そんな救世主の声が聞こえたのと視界の隅でレミリアの後頭部に向け白い棒状の物が振り下ろされたのが見えたのは同時だった。


 毛布を片手に部屋のベランダで体育座りしながら夜空を眺める。そこには数え切れないほどの星が輝いていた。

「はぁ……都会って怖い」

『良いところもあるからそう怖がるな』

 毛布と一緒に持ってきたアブディエルがフォローを行う。

 無理だよ。だって疲れたところに夜這い仕掛けられたんだも。というか王都に来てまだ数日なのに何でこんな体験しないといけないんだ。

 ちなみに変態は気絶したままベッドに寝かせてある。下着姿のまま放っておくのはザマァ見ろという気持ちと申し訳ない気持ち半々だったが、だからってそんな格好の女に触れる気もなれず、ベッドの傍に脱ぎ捨てられていたメイド服も着せる事も出来ず、部屋の外に放り出す事も出来なかった。

 結果、俺は夜空の下で一夜を過ごす決意をした。野宿の経験はあるから平気だが、やっぱ高い所はちょっと寒い。毛布を持ってきて正解だった。

「何だったんだ、アレは」

『夜這いだろ』

「何でそんな事をしたのかって話だ」

『勇者の血筋を狙って、だろうな。よくある話だ。確かどこかの国の王族も勇者の血筋だったらしい。大凡、箔を付けるためにどこぞの貴族が娘を送り出したってところだな』

「貴族の娘が何でメイドやってんだよ」

『貴族の中で地位が低い家と高い家がある。高い者の家に下の者の家族が奉公に行くのは貴族社会を学ぶ意味で普通の話だ。王城なら尚更な。経歴も市井の者よりも確りとしているからな』

 アブディエル先生の貴族社会講座。ためになるでぇ。

「貴族って怖い。もしかして勇者って毎日こんな目に会うのか?」

『無くはないな。過去の使い手も似たような目に会っていた』

「どう対処してたんだ?」

『紳士的に断る。或いはいっその事受け入れる』

 どっちも無理だわー。前者はそんな手馴れた対人技能持ってないし、後者は童貞に何を期待してんのかって話でそもそも後々厄介事を残しそうだ。種だけにな!

「って、喧しいわ!」

『一人で騒ぐな』

「はぁ……で、どうしたらいいと思う、アレ」

『誰かに言えば変えて貰えるだろう。その後、彼女にどんな処罰が下るか分からないがな』

「えー……なにそれ」

『仮にも勇者に襲いかかったんだ。処罰は免れんだろ』

「じゃあ、何で夜這って来たのかそれが分からない」

『そうだな。普通、もっと時間をかけるものだろうに。こちらから手を出させる誘導させるとか』

「それはそれで怖いんだが」

『それでどうする? 暗殺者の類では無かった訳だから、黙っていれば処罰されることもないだろう』

「処罰とか言われたら黙ってるしかないだろー」

『……いいのか?』

「仕方ねえじゃねえか。別に恨みあるわけでもないし。それに、次の人がまともか分かんないだろ」

『そうか……。確かに、あんなメイドが採用されるようではな。出方が分かっている分、良いのかもしれない』

「問題は明日なんだよなー。どんな顔して会えばいいんだ?」

『…………フッ、苦労を自分から買うやつだ』

「なんか言った?」

『いいや。それよりも寝てしまえ。明日が辛いぞ』

 レミリアの事がなくとも辛い明日が待っているというこの現実。笑っちまうぜ、ハハッ。


 ◆


 翌朝、普段よりも遅くに起きた俺の前に待っていたのは前日と全く変わらぬ平然とした態度で朝食を部屋に持ってきていた。勿論服を来て。あまりに何事も無かったかのような態度なのでこっちが逆に気が引け、二日続けて飯の味が分からなかった。

 あっれ、メイドって人の精神をすり減りしにくる職業だったのか?

『この件については自分で選んだ道だろう。耐えろ』

 アブディエルに叱咤されながらも準備を整えたらお勉強の時間だぜ。文字の読み書きが出来ない俺は教本を読むこともノートに書くことも勿論無理なので、教師が黒板に描いた図と口頭での解説を受けて魔術やら魔物の生態やら戦うために必要なことを教わる。

 問題は眠くても欠伸ができないことと、そんな一辺に全部覚えられる訳ないだろうという当たり前の文句を出せないことだ。しかも文字の勉強を行われる。いつ魔王が本格的な侵攻を行うか分からないので並行して進めていくらしい。こいつは俺の頭を破裂させる気なのだろうか?

 ようやく午前の勉強が終了した頃には動かしていないはずの肩が非常に凝った。食事と休憩を挟んだ午後には昨日と同じく練兵所で訓練だ。またあの大声を聞かなければならないのか。

 騎士団長は良い人なんだろうけど、声がなあ。強面の割に教え方は丁寧なんだが喧しい。離れていても耳元に叫ばれてるように聞こえる。練兵所で他にも訓練していた騎士の中には耳栓までしていた者までいた。

「それでも体を動かす分、勉強よりマシだと思えてしまう」

『慣れだな。勉強も何か興味が出てくるものがあれば変わると思うのだがな』

「興味ねえ」

 トボトボと王城の通路を歩く。レミリアは一緒ではない。前日は不案内だった道だったから教えてもらったが、場所は分かった以上一緒についてもらう必要はないのだ。だから今は一人で、アブディエルと会話できた。

「ただの通路をここまで広くする理由に興味はあるな」

 言いながら頭上を見上げる。天井が高い。ジャンプしても届かないのは当たり前だが、森の木が問題なく入りそうなほど高い。天井には絵が描かれてもいるが、じっくり鑑賞する奴なんているの? それと広い。十人の人間が手を広げて余裕で進めそうな程に広い。ここだけでも俺の家よりも大きーい。

『建築に関する知識はないが、見栄もあるのだろう。これが無くなると結構悲惨だぞ?』

 木こりの息子に難易度の高い話はちょっと。

 そんな雑談をしながら部屋に向かって歩いていると、向こう側から歩いてくる集団を見つける。

 王女とそれに付き従うメイド達だった。

 思わず――げっ、と言いそうになった口を寸前で抑える。

「あら、勇者様。ご機嫌よう」

「ど、どうも……」

 上品に挨拶してくる王女様に若干引き気味になる。どうもって何だよ。王族に向かって"どうも"はないだろう。だが、本人もその後ろに背景のように立つメイド達も気にした様子もなく、逆に王女は微笑を浮かべるだけだ。

 テヒュポリス王国第一王女リーゼロッテ・テヒュポリス。御年十二歳――らしい。黄金を溶かしたような金色の髪に葡萄酒の赤みをより増したような赤紫の瞳。国が誇る美姫なんて言われているが、噂以上の美貌を持っていた。

 俺はこの王女が苦手だった。本来なら身分が違い過ぎてこうして話すどころか姿を見ることも叶わぬ筈の相手というのもあるが、何か苦手なのだ。理由は分からない。ただ、強いて言うなら――

「これからどちらへ?」

「昼食を取りに部屋に戻ろうかと」

「まあ、それならご一緒にいかがですか? 私も丁度食事にしようと思っていたところですの」

 そう言うと王女はごく自然な、手品師が人の虚をついてトリックを仕込むほどの違和感を感じさせない動きで横に並んで腕を組んできた。

 そう、強いて言うのなら――馴れ馴れしいところかな?

『セレグ、お前今イラっとしただろ。気づかれないよう気をつけろ』

 アブディエル先生の忠告に従って顔の筋肉を引き締める。引き攣った笑みとも言う。

「いえ、ですが――」

「行きましょう、勇者様。誰か、勇者様は私と食事することを伝えてきて下さい」

「だから、あの――」

「今日は天気もよろしいので中庭などでお食事はどうです?」

 聞けよコラ。

 人の話を聞かない王女はメイドに指示を出しながら俺を引き摺るように移動し始める。メイド達は慣れているのかテキパキと行動していく。つまりこれが通常なんですね。

 リーゼロッテ王女は初めて会った時からグイグイ来た。一昨日のお披露目の時もそうだが、抉り込む感じでグリグリ来る。

 年齢の割に発育よろしい胸が肘に当たってる感触は男(成人前)として嬉しくもあり恥ずかしくもある。この年代だと女子の方が成長が早く男子よりも背が高いことは多いが、それでも二歳差なのに王女の身長は俺より僅かに低いぐらい。

 二度目だが胸もよろしい。野暮ったい田舎の衣装と違ってドレスは何げに体の線を強調させるので目に毒だ。これがまだまだ成長するとか恐ろしい。

 そんな王女と腕を組んで歩くという、次の日には処刑されてもおかしくない状況なのにウザイと感じる。

 それと女って怖い。

『昨夜のことが軽くトラウマになっているな』

 かもしれんな、ハハッ。

『怯えすぎた。相手は王女なのだから、あんな事などしないよ』

 そうだよな。既に国の頂点にいる王族なんだし、出世やら血筋目当ての連中と違うよな。

「――きゃっ」

 躓いたのか、王女の体が急に傾く。咄嗟に拘束されていない方の手で王女の肩を掴んで支える。だってそうしないと腕を組まれた俺も巻き込まれて倒れそうだったし。

 その瞬間、重量のある物が落ちたような音がした。それが何か分からず、音のした方向に目を向けるとそこは王女の足元だった。

 ゴロゴロと転がる音がして、王女のスカートの中からメイスが汚れ一つない床の上に姿を現す。

 メイス。メイスだ。鉄の塊に持ち手となる柄を付けた殴打武器のメイスである。それが王女のスカートの中から出てきた。

「……はい?」

 思わず疑問符を口に出してしまった瞬間、メイスが床から消える。メイドの一人が風のようなスピードで拾い上げて別のメイドに渡し、更にそのメイドが別のメイドに渡してそれを何度か続け誰が持っているのかも不明にして隠した。

「ごめんなさい勇者様。新しい靴にまだ慣れていなくて粗相してしまいましたわ」

 ええええぇぇっ!? 今の無かった事にすんの? 無理があんだろ! 触れるなってことか! やべえ、追及したいのに聞けば戻れなくなりそうで怖い。

『すまん。前言を撤回する。なんだこの王女』

 アブディエルも引いてるよ!

「支えてくださりありがとうございます。さすが勇者様ですわね」

 ひぃっ、より密着してきた! 胸の感触なんてどうでもいい! ウザ怖いぞこの王女ッ!

 俗語を心の中で叫びながら俺はどうする事も出来ずにそのまま王女によって城の中庭へと連行された。

 中庭、というか庭園? 区別つかないが取り敢えず城壁内の緑豊かな野外には大きな白いテーブルと椅子が設置されてあった。前に通った時はそんな物なかった筈だが、まさか王女の思いつきに先回りして用意したのだろうか。

 ともかく座らせられる。すぐ隣には王女。いや、こんだけ広いテーブルなのになんで隣に座るんだよ。食べにくいだろ。

「勇者様は食べられないものとかありますか?」

「いえ、ありません」

 好き嫌いが生まれるほどそんな食べてないです。

 そんな訳でテーブルの上に並べられる肉、肉、肉。あれれ? ちょっとおかしくないですかねえ?

 俺にだけそんな男らしい料理が並ぶのは分かるけど、王女までそんな野性的なメニューな訳がない。

「私、お肉大好きなんですの」

 ああ、肉食系っすか。好きな物に地位は関係ないですもんねえ。メイス見た後だと怖いわっ!

 やっべぇ、また別の原因で飯の味が分からなくなる。せっかくの肉だってのに。

「勇者様、まだ二日目で慣れていらっしゃらないでしょうけども、訓練やお勉強の方はどうですか?」

「初めてのことが多く、恥ずかしながら内容に追いつくのが精一杯です」

 我ながらよく言えた! なお、事実はお察しである。

『教師から聞けば分かりそうなものだがな』

 しまったァ! どうせバレるじゃんか! いや、別に大それて誇張してる訳じゃないからセーフ?

「そうですか。頑張ってらしてるんですね。慣れない環境でなお精進に励む勇者様。素晴らしいですわ」

 わぁい、何か好評価。嬉しくねえ。

「その調子で強くなって是非とも魔物達をひいては魔王を殺してくださいね」

「はい…………はい?」

「何を思ったのか身の程知らずにも戦争を仕掛ける魔王とそれに率いられた魔物達。村々を襲い、家畜を奪い、ただただ破壊と混乱を撒き散らす虫の排泄物以下の存在なんてとっとと撲滅してしまいましょう」

 こいつ笑顔で何言ってんの? 魔物に敵意持つのは当然かもしれないが出てくる単語がおかしい。

「お、王女殿下は魔物討伐に積極的なのですねえ」

「はい。だって邪魔でしかありませんから。素材として加工するという商売もあるようですが、生態系を壊すような害獣ですから一利あってもそれ以上の害が出てしまいます」

「さ、ささすが殿下。ひ、ひひ広い視野をお持ちですね」

 やべえよ。この王女、目が濁ってねえ! 正に花開くと言っていい笑顔と純真な目をしていらっしゃる! 恨みとか憎しみが一切ない、魔物を通行の邪魔だからと石を蹴り退く程度の認識だ。そして案外口が悪い。

「はぁ、勇者様が出られる時が楽しみですわ。その時になれば私もお手伝いしますわ」

 王女が腕を上げ力こぶを作るように肘を曲げる。二の腕まで届く長い手袋だが、肩から見えるその肌は白く手袋ごしでも細い腕だ。

 だけど手にはいつの間にかメリケンサックが握られていた。太陽の光を反射してキラリと光る殴打武器その二。しかも何か強く握りすぎているのかメリメリ鳴っていて、気のせいならいいのだが握りの部分が小さくなっていっているような?

「私、こう見えても――あら?」

 瞬きしたら王女の手にあったメリケンサックが消えていた。そして握っていた物が消えて拳を作った手から風が生じた。どうやらまたメイド軍団の仕業らしい。え? 王女の手から衝撃波が発生したって? 俺はよそ見してたからわかりませんねえ。

「私、こう見えても強いんですよ?」

 可愛らしく首を傾げて言う王女。そうでしょうとも。

「あっ」

 不意に視界の隅に蜂が飛んでいるのを見つけた。庭園に植えられた花が目的なのだろうが、蜂は後ろから徐々に王女の方へと近づいている。完全に死角になっていて王女は気づいていない。

「あぶ――」

 教えようとしたところで王女の手がブレた。そして蜂の羽と首、胴体がバラバラになって地面に落ちた。

『……この王女、無意識で撃退したぞ』

 よし、逃げよう。

「なにかおっしゃりました?」

「大変申し訳ありませんが、そろそろ時間なので失礼させていただきます。食事は大変美味しゅうございました」

 味なんか分からなかったがな!

「まぁ、もうそんな時間ですか? 引き止めてしまって申し訳ありませんわ」

「いえ、おかげで楽しい時間を過ごさせていただきました。またお誘いください」

 誘うな! 社交辞令だからな!

 メイドがさりげなく蜂の死体を片付ける中、俺は慎重に椅子から立ち上がって庭園を後にする。庭園から俺の姿が見えない位置にまで移動すると、俺は全力で走りだした。

「王女って怖い!」

『待て、それは他の王女に悪い』

「テヒュポリスの王女って怖い」


 あれからどれくらいの時が流れただろう。星を足蹴に踊るテトト様を発見しコメという穀物の栽培法を伝授され、いかなる刃を通じぬトーフを開発し食った俺はとうとう魔女をドヤ顔で倒した。

『セレグ、セレグ。目が遠いところを見てるぞ。空を見ても外は曇り空だ』

「――はっ!? テトト様は?」

『誰だそれ。気をしっかり持て。呑まれるな』

 いかんいかん。現実を直視するのが怖くなって何かよく分からん妄想をしてしまった。

「…………いつの間に夜になったんだ?」

『よし、説明してやるからそれ以上思い出すな。お前は午後の訓練を終えて部屋に戻る途中なんだ』

「そうか、部屋に戻ろうとしてたのか。部屋にはアレがいるよな。飯の用意をして」

『そうだったな。だが王女と比べれば話は通じる筈だ。多分』

「通じるか。通じるのか? 通じるといいなあ」

『挫けるなセレグ! 逃げ出すその時まで諦めるんじゃない! お前の肩には家族の将来がかかってるんだ!』

「うぅ……俺、頑張るよ」

 泣けてくるぜ。

「話が通じるでちょっと思った。夜這いすんなって言ってみるか」

『言ったところで……いや、可能性はあるか?』

 あんの!? 自分で言っておいて自信ないんだけど。

『まだ二日目で断定はできんが、しないでくれと言えばあっさり頷きそうだ』

「夜にさんざん叫んだと思うんですが?」

『もう一度言ってみろ』

 うぅむ、本当かなあ? まあ、俺が言い出したんだから言うだけ言ってみるか。

 王女と比べれば軽い軽い。あかん、あの王女と比べてる時点で駄目じゃないか。

 鬱々としながら部屋にたどり着き、貰ったベルを鳴らす。

「ご用でしょうか」

 五秒で来たよ。どこに隠れてたんだ?

「夕食を頼みたいのだけど、その前にちょっとお話が」

「何でしょうか?」

「えーと、昨日のアレ。アレがね……」

 改まって言おうとすると恥ずかしくなってきた。女に対して夜這いすんなって何だよそれ。普通逆だろ。何で俺が恥ずかしがってんだよ。

「ほら、昨日の夜に潜り込んで来たでしょ?」

「はい、種が欲しかったので」

 この城には羞恥を知らん女ばっかりなのか?

「何で? 子種が欲しいんだ?」

「勇者様の血筋を家に取り込むためです」

「家にって事は、それは家の方針で君の意思じゃないと?」

 そこでレミリアは首を傾げた。俺の言っている意味が分からないといった感じだ。

「家が決めたのです。それに逆らおうとは特に思いません」

「…………」

『セレグ。貴族の家に自由恋愛はない。彼女の場合は淡々とし過ぎだが、どこもこんなものだ。君も辺境の村の出身なら違いはあれで分かるんじゃないか?』

 アブディエルの言わんとしている事は分かる。俺が住んでいた村だって自由恋愛なんてない。同年代の若い異性が沢山いればそこから選ぶことも出来ただろうが、子供の数が少ない場合はそんな我が儘言えない。

 俺より五つ上だった村の若い男は他所の村との娘と村同士の取り決めて婿へ行ったし、長男である俺は勇者騒ぎが無ければどこかの村から嫁を引き取るか、一番歳の近い異性である四歳下の村の少女を嫁に迎えるかの二択だったろう。

「……分かった」

「それではさっそく」

「最後まで聞けよ! 服を脱ごうとすんな!」

 服に手をかけたレミリアを止め、溜息を吐いた後に続ける。

「そっちも家の事があってそう簡単に諦められないのは分かったが、俺は抵抗するから無駄だ。だからそういうのは止めてくれ。訓練があるのにちゃんと休めないのはキツい」

「……分かりました」

 こっちをじっと見つめて暫し考えていたレミリアだが、言葉と共に頷いてくれた。

「勇者様は受けよりも攻めがお好みなのですね」

「人の話を最後まで聞くのは勿論、意味をちゃんと理解するのも大事だよな! それとも俺の言い方が悪かったのか!?」

「いきなり怒鳴られて……言葉責めというものでしょうか?」

「違ぇよ!」

「その辺りの機微がまだ分からず申し訳ありません。今後勉強して、勇者様から襲ってもらえるように精進します」

「お前、医者に見てもらった方が良いんじゃね?」

「ご安心ください。メイドとして仕事に就く前にしっかりと検査して性病を持っていないのは判明済みです。診断書もあります」

「ああ、そう……ご飯、持ってきてくれる?」

「かしこまりました」

 恭しく一礼し、レミリアは退出して行った。

「はぁ~~……」

『内容はどうあれ、当初の目的は達したじゃないか。だからそう気を落とすな』

「そうだなー」

 その夜、夕食は少し味が分かるようになって、夜もぐっすりと眠れました。やったね。

 だが、翌日から誘い受けを試みるレミリアがウザかった。

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