喋る魔剣となんちゃって勇者

しき

第1話 立派な勇者になりましょう――ハハッ


 胃が痛い。

 俺は絢爛豪華な城の中を歩く。レッドなカーペットってホントに足が沈むんだなスゲー。胃が痛い。

 俺用に仕立てられた白い服は俺の体格に気持ち悪いぐらいにフィット。袖や襟に金の装飾が派手過ぎない程度で施されており、職人のセンスが窺える。胃が痛い。

「勇者様、どうぞこちらへ」

「胃が――どうもありがとうございます」

 黄金を溶かしたような美しい髪と美貌を持つ少女に促されてバルコニーへと進む。そこには国王が背中をこちらに背中を見せて立っていた。外からは物理的なまでの勢いがある歓声が聞こえている。

「さあ、紹介しよう! 彼こそが勇者セレグだ!」

 打ち合わせ通り、紹介とともにバルコニーの前へと移動して国王の隣に並ぶ。胃の感覚がもうない。

 バルコニーからは城下町を一望でき、城の前にある大広間には町中の市民達が集まっている。もう全員が集まっているようで、まるで虫が蠢いているようにも見え――

「――――」

『セレグ!? 気をしっかり持て! 気絶してる場合じゃないぞッ!』

 ――ハッ!? あ、危ねえ! 思わず失神して倒れるところだった。式典にそんな無様晒したら大変だった!

 改めて目の前の光景を見ると、また気が遠くなりそうだった。というかあれだ、こんな高い所からあんな大量の人をみたらもう気が遠くなる。

 何も見ないように、何も見ないように。視界に入ってるけど俺は何も見ていない見ていない。

 大衆の前で変なところを見せる訳にもいかず、微笑を浮かべて手を振る。歓声がより一層大きくなる。ハハッ、単純な群衆どもめ。

『死んだ魚よりも酷い目をしてるぞ』

 だってしゃーないやん! こんなのただ一村民にまっとうにやれって言うのがおかしい!

 俺にしか聞こえない声に心の中で返しつつ、腰に下げたひと振りの剣の鞘をこっそりと叩く。

 この剣はインテリジェンス・ウェポン。意思のある武器だ。選ばれた勇者だけが使える伝説の武器という曰くつきの剣である。

 そう、勇者だ。隣に立って笑顔を民達に向ける国王も言っていたけど、勇者だ。

 勇者とはつまり俺だ。

 ――ふざけんなああアアアアアアッ!

 俺は木こりの子だぞ! 木を切って冬は狩りしてなんとか餓えを凌いで生きていくザ・労働者! 勇者の血筋でも無ければ神の祝福を受けたとか訳分からん人外連中でもねえし! 戦いも知らんし魔力もスッカラカン! 魔王との戦争? ああ、お国が戦ってますねえ、でもウチとは反対側で戦ってるから関係ねーや、なんて脳天気に笑う一般人! 石を投げればそのまま死ぬよーな人間ですぜコルァ!

『落ち着け、セレグ。目がヤバくなってる。王がお前を見ているんだぞ』

 喋る聖剣アブディエルからの注意を受け、なんとか思考を振り払う。

 俺が勇者なんて呼ばれるようになった原因はこのインテリジェンス・ウェポンが原因ではるが、唯一の理解者もまたアブディエルだけなのだ。

 二週間前、半年遅れでやってきた流行の歌を歌いながら木を切る人形と化していた俺は森の奥から逃げる騎士とそれを追う魔物に遭遇した。

 魔物にビビってその場から動けなかった俺だが、何の因果か騎士が魔物にぶっ飛ばされて何でか俺の前に落下。カエルを地面に叩きつけたような有様になりながらも辛うじて息のあった騎士は何を思ってか俺に持っていた剣を託した。

 きっと、攻撃された時の衝撃や死にかけだったから頭がおかしくなってたんだろうな。でなけりゃあ、木こりなんぞに望みを託すはずがない。

 人に押し付けた騎士はその直後にあっさりと事切れ、魔物の狙いが俺へと変わる。この時、剣なんてとっとと放り捨てて逃げれば良かったのだ。

 けど気が動転していた俺はそれが出来ず、魔物を前にして悲鳴を上げるだけ。

 そんな俺を助けてくれたのが、アブディエルだった。柄も握っていないのに勝手に鞘から抜け、矢のように魔物に突き刺さって倒した。

 それだけなら感謝した後にアブディエルの存在をなかったことにして埋めるか最後の良心として領主なりに届けるだけで済んだのだが、魔物を倒したところを生き残っていた他の騎士に見られてしまった。

 俺はちゃんと事情を説明したよ? 剣が勝手に倒しましたーって。でも勇者だの何だの持て囃す馬鹿騎士は聞いちゃくれねえ! そのまま聖剣に選ばれた勇者だとか言われ、周囲が勝手に盛り上がっていきなんやかんやで――俺は勇者として雲の上の存在である国王陛下の横に並び、木こりなんぞよりも余裕のある生活をしている群衆を見下ろしている。

 受けるわー、マジ受けるわー。クソッタレがァ!


 ◆


 やあ、俺の名前はセレグ。家名はない。木こりの息子でもうすぐ成人する十四歳さ。

 辺境とか伐採場にならどこにでもいる平凡な少年だが、驚くべきことに俺って実は勇者の血筋だった。恐るべき魔物に狙われた俺だが、伝説の武器と運命的に巡り合い、魔物を一刀の元倒すことに成功する。こうして勇者の末裔である俺はお国のため、そこに暮らす民達のために魔王との戦いを決意した。

「嘘だよおおおおぉぉっ! バッキャロォォオオオオッが!」

 何だよ勇者の血筋って初耳だよ。そんなこと言ったら親父かお袋だって勇者じゃねえかふざけんな! 伝説の武器だぁ? その伝説の武器の自己申告だと会話できるのが一部の人間だけで勇者関係ないって言ってるんですけどお? その一部ってのも素質の有無だけで身長が高い低い程度の差しかないらしいじゃん! 王宮魔術師もっとちゃんと仕事しろや。何だよ文献には云々って。その文献がお前らの思い込みじゃんバーカ! だいたい勇者一人で魔王倒せる訳ないだろ! 向こうさんは軍隊持ってるんですよ軍隊! 戦争は国の仕事だろうが!

「クソッタレがあああぁぁっ!」

 俺は叫んだ。お披露目も終わってパーティーも顔面の筋肉固めて何とか過ごして夜遅くになった今、ようやく一人になれた瞬間に慟哭した。

『どうどう。気持ちは分かるが落ち着け。人に聞かれたら精神を疑われるぞ』

「んなこと言ってもよぉ」

 宛てがわれた王城の中にある一室――俺ン家より広ーい――のベッドへと倒れるように横たわり、蕎麦の小さな棚に立て掛けた他称聖剣に目を向ける。

「俺は勇者じゃないんだぞ。剣なんて使ったことないし、魔力何それ? な一般人だぞ。魔王退治とか無理だって」

『過去の使い手は少なくとも戦う者だったが、お前はなあ……』

「まったくだ。勝手に勘違いして人を担ぎ上げやがって。何度も違うって言ったに聞きやしねえ。国って馬鹿だったんだなって本気で思ったぞ」

『公式発表まで済ませてしまった以上、勇者としてやっていくしかあるまい』

「いやいや、無理だって! 普通に死ぬわ!」

『なら逃げるか? 私としてはそれでも構わないし、協力はするぞ』

 事実は違えど勇者の武器だと勘違いされるだけあってアブディエルはイケてる男(声)だった。

「そういかねえよ。だって親父達だっているんだから」

 俺が勇者となってしまった件については当然、家族も知っている。というか今日のお披露目の時にいた。バルコニーで胃を消し去りながら手を振ってたその後ろに実はいた。

 勇者の家族だからってお呼ばれして、立派なおべべを着せてもらって、一生に無い豪華な部屋に泊まっている。明日には騎士の護衛がついて村に帰るそうだが――

「体の良い人質じゃないですかヤダーッ!」

『残念ながらそうだな』

 おかげで逃げ出すことも出来ねえと来たもんだハハッ。親父やお袋だけじゃなくてまだ小さい弟と妹までいるっていうのに。ワザと? やっぱワザとだよね? というか意図的でなかった逆に恐ろしいわ!

「鬱だ。死ぬ」

『お披露目のその日に死んだら国も恥をかくことになるぞ。そうなると家族もどうなるか』

「神は死んだ!」

『神官に聞かれるとまた厄介なことを』

「何か、何かない!? こう、勇者だなんて鉄砲玉から逃げる方法が!」

『今すぐには無理だが無いことも無い』

「マジっすか!?」

『戦死すること』

「そんなこったろうと思ったチキショオゥ!」

 なんか雲の上にいるみたいなベッドの上でゴロゴロと転がる。ガキっぽいがまだ未成年だし、そもそもこの鬱憤はこうでもしないとそれこそ城中に聞こえるほどの奇声を上げてしまいそうだ。

『まあ待て。本当に死ねと言ってるんじゃない。死んだと思わせるんだ』

「…………続きを」

 ゴロゴロを止めて体を起こし、ベッドに腰掛けた体勢でアブディエルの声に耳を傾ける。

『魔王の軍勢との戦いの末に死亡したと周囲に思わせるのだ。過去にも志半ばで死んでしまった勇者もいる。名誉の戦死として扱われれば表立って非難する者はいない。少なくとも家族に害を及ぶことはない筈だ』

「ほうほう。前例があるってことだな」

 希望が見えてきた。見えてきたが、それを実行に移すまで俺はこの腹のグログロとした痛みに耐えなければならないのか。

「光明が見えただけマシか」

『ああ。その間は勇者として何とか過ごすんだ。問題は逃げる為の装備と体力だが、幸いにも訓練をしてくれる話らしいからな。それを利用しよう』

「決まりだな。勇者としてなあなあで過ごしながら準備を整えて、俺は逃げる!」

『なら今日はもう休め。慣れないことで疲れただろう』

「だな。貴族とか毎日パーティーして贅沢してるようなイメージあったけど、あれだけ長時間立ち話して酒をたらふく飲んでも体面は保つとか、意外と大変だったんだな」

 欠伸を噛み殺し、豪華な服も脱ぎ捨てて、俺はベッドに横になる。アブディエルの言う通り疲れていたようで、俺の意識はすぐに眠りへと落ちた。


 ◆


 翌朝、朝の匂いを感じて目が覚めた。

 目を開けて体を起こし、一瞬ここがどこだが分からなかった。天蓋付きのフカフカベッドに一つとっても俺では一生かかっても買えない机やら椅子やら装飾品。そして広い。広いのだ。

「夢か…………夢ならどんなに良かったか」

 意識が覚醒しだすに連れて絶望がのしかかり、両手で顔を覆う。

『起きると同時に嘆く人間を初めて見たぞ。おはよう、セレグ』

「おはようさん」

『早いな。もう少し寝てても寝坊はしないと思うぞ』

「この時間に起きるのがもう習慣なんだよ」

 言いながらベッドから下りる。なんでここまで重く分厚くする必要があるのか疑問な柄のあるカーテンを開けると、薄暗くも徐々に白くなっていく空が見えた。窓も開けると冷たくも済んだ空気が部屋の中に入ってくる。

 高い場所はやっぱり空気が薄い上に、森の匂いがしないな。

「あっ」

『どうした?』

「替えの服ってどこだ?」


 結局、着替えは見つからなかった。だって馬鹿みたいにデカイタンスはあっても中身がねーもん。慣れない城の中を勝手に歩き回る気にもなれず、誰かが部屋に車で物置のように待っているしかなかった。

 窓から見下ろせる城下町にちらほらと人の姿らしい点が増え始めた頃にドアをノックする音が聞こえた。

「勇者様、起きておいででしょうか?」

「……どうぞ」

 勇者で様つけとか違和感あるなと思いつつ返事をする。

「失礼いたします」

 ドアが開けられ入って来たのはメイドだった。侍女と書いてメイドと読む家庭内労働従事者だった。肩まで伸びた青い髪に緑の瞳を持った年上らしき女の人だ。村の名士のとこで働いてる恰幅の良いおばちゃんと違って、すっげー美人でスタイル良くてオーラが既に一般人じゃない。

 わー、王城内だとこんな人でもパシリ業なのか。パネェな。そして怖いな。

「おはようございます。私は今日から勇者様のお世話をさせていただくレミリアといいます。何かご入り用があればお申し付けください」

 そう言われて頭を下げられる。逆にこっちが恐縮するから止めて欲しい。

「新しいお召し物を用意しました」

「ああ、どうも」

 レミリアさんは白い服を持っていた。今着ている服と比べ地味だが、式典用なのだから当たり前だし、今まで着たことのあるどの服よりもお高そうなのは間違いない。

 そう思いつつ服を受け取ろうと手を伸ばす。避けられた。

「…………」

 えっ、なに? 仮勇者さんは嫌われてるんすか?

「お着替えを手伝わせていただきます」

「え? なんで?」

「お着替えを手伝わせていただきます」

「いや、繰り返されても」

 何言ってんだこのメイド? そんな子供じゃあるまいし、着替えなんて一人で出来るってえの。

『セレグ、貴人と言うのは身の回りの世話は専門の者にさせることが多いんだ。彼女はお付の従者と言っていたのだから、着替えも行うということだろう』

 ここでアブディエルの解説が入った。身の回りの世話とか自分でやるものだろうに。だいたい貴人て、誰のことだよ。あっ、俺か。勇者って貴人なのか。スゲェな冗談じゃねえ。

 何が悲しゅうて人に着替えさせてもらわないといけないのか。

「自分で着替えられますから」

 再び手を伸ばす。だが、再び避けられた。二度、三度と服を取り上げようとするが、右へ左へと高速で移動される。ねえ、立ったままの状態でどうやって動いてるの? 着替え云々よりもそっちの方が気になってきたぞ。

『彼女も仕事なのだ。そんなに手伝ってもらうのが嫌なら、そういう習慣がないだの一人で着替えたいなどとはっきり言った方が良いぞ』

「あー……悪いんだけど、一人で着替えたいんですよ。ほら、いきなり環境が変わってしまって慣れてないって言うか。だから服をください」

 アブディエルのアドバイスを受け、進言してみるとメイドは無表情を貼りつけながら渋々と言った様子で服を差し出してきた。

「朝食の方はどうなさいますか?」

 切り替えが早い人のようで、手が空いた途端にレミリアさんは飯のことを聞いてきた。

「朝はいら――」

『食べておけ。理由は後で話す』

「――いや、貰います」

「わかりました。では、着替えは済んだ頃にお持ちします。それ以外にご要件がありましたらこちらのベルをお使いください」

 そう言ってレミリアさんは銀色のベルを渡してきた。表面には花の細工が施されており、よく見ればレミリアさんが耳につけたメイドらしからぬ耳飾りも似たような模様がある。

「城の中であるならこのベルの音はどこだろうと私の耳に届く魔法道具です。何かあれば遠慮なく鳴らしてください」

「はぁ……そうですか」

 俺がベルを受け取ったのを確認すると、失礼しますと言ってレミリアさんは外に出てドアを閉めていった。

 あれがメイドという生き物か。よく分からんな。

『今の時代にはそんな魔法道具もあるのか。技術は常に進歩しているな』

 ン百歳のロートル剣が感慨深く呟いている中、俺は着替え始める。

「そういや、何で朝飯なんて食わせようとしたんだ?」

 まだ慣れないお高いおべべの感触にビビリつつ着替えながら、先程の朝食の件を聞いてみる。

『あまり裕福でない村ではよくある話だが、飢えに慣れ食料を節約するために一日二食で済ませているんだろ? 勇者として訓練して鍛える以上、よく食べて栄養を取るべきだ』

 二食だった理由なんて今初めて知ったが、よく食べるべきなのは何となく分かった。

『そうそう、一応教えておくが、レミリアと名乗ったあのメイド、武芸の心得があるようだ』

「はい?」

『戦える人間だという事だ。そんな人間がどうしてセレグの付き人になったのかは分からんがな』

「ええっと……どういう意味?」

『護衛かもしれないし、いざとなったら首チョンパするためかもしれないな』

「うおおぉい! いきなりハードなんですけど!?」

『可能性の話だ。敵意も無かったようだし、今は様子を見て彼女の立ち位置を見極めるしかないだろう』

 敵意とかそんなの感知できない身としては怖いんですが?

「くそう、こんなのっておかしいよ」

 その後、わざわざ部屋に運ばれた朝食を取り――その間ずっと傍にメイドアサシン(かもしれない)に立たれ緊張で味が分からなかった。

 朝食初体験で味がしないって嫌な思い出だなあ、おい。


 ◆


 さあ、今朝の思い出振り切って始まりました勇者育成計画。その第一陣として午前中は座学ですよ座学。

 文字の読み書き? 出来ません。

 この国の歴史? 初代国王と現国王の名前しか知りません。

 周辺国との関係や地理? 村と森から一歩も出なかったのでどうでもいい。

 結果散々っした。ごめんね馬鹿で。教えてくれようとした学者さん達にそんな微妙な顔をさせてしまってすいませんねえ。

「村人その一に一体何を求めているのか」

『勇者だろ』

 そうだった。俺って勇者だったんだクソッタレ。

『まあ、文字の読み書きと計算は出来た方が良い。地理もな。逃げるというのならその手の知識は必要だ』

 そうだな。偽勇者から逃亡者になるためには知識が必要だもんな。あれ? 俺って何のために生きてんの?

 人生の袋小路に迷うどころか生きる事への意味を見失いつつある中、俺は次の訓練の為に移動していた。レミリアさんを前に歩かせて。

 昼飯の時にもいたのよこの人。部屋で食ったことのない料理をもっちゃもっちゃと食ってる横でいたんだよ。いたんだってば。せっかくの肉なのに味しなかったじゃねえか!

 まあ、それはともかく、慣れない城の中をレミリアさんが案内してくれるという訳だ。

「レ、レミリアさん、次はどこに行くんでしたっけ?」

『どもる程怖いなら話しかけなければ良いだろ』

 沈黙が逆に怖いんだよ。

「練兵所です。そこでセレグ様は騎士団長から直々に指導を受けてもらう手筈になっております」

「騎士団長って国一番強い人ですよね。まさかそんな人から教えて貰えるなんてー」

 棒読み気味にちょっとへりくだってみる。国で一番強いとか怖いわ!

『別に一番強いから団長という訳ではないぞ。今はそういう制度なのかは知らないが』

 どっちにしろ偉い人からのシゴキに変わらない。

「セレグ様」

「は、はいっ? 何でしょうかレミリアさん?」

 レミリアさんがいきなり立ち止まって振り向いてきた。

「レミリア、と呼び捨てでかまいません。あなた様は勇者なのですから、メイドに対して敬称まで使うと低く見られてしまいます。自分のお立場をお考えください」

「は、はぁ……」

『言う通りにしろ。今はお前の方が立場が上なのだ。丁寧な言葉遣いだけならともかく、上の者にさん付けで呼ばれていると彼女の立場がまずいことになる』

 精神的な上下関係で言えばレミリアさんのが上だと思うんだが、ここはアドバイスに従うか。上流階級の常識とか分からないしな。

「わかった。それならレミリア、と」

「はい。僭越を事を言い、申し訳ありませんでした」

「だ、大丈夫っす」

 だーかーら、そんなお行儀良く頭下げないで貰えますかねえ? ビビるんですが。

 だからってそれを口に出来ない俺であった。

 下げた頭を戻して正面に向き直ったレミリアさ――レミリアは姿勢正しく歩き始める。

 この後、特に会話もないまま俺は練兵所へと連れて行かれた。


「私が騎士団団長グレイズ・シュトルベルンであります! この度、僭越ながら勇者殿の指導を任されました! 誠心誠意我が技術を余すことなく教授さし上げたいォ思います!!」

 うるせえ。

 練兵所に着いたと思ったらデカイおっさんに絡まれた。いや、騎士団長様なんだけど、角刈りの巨漢で声がデカイって子供が泣き出すぞ。

「それではさっそく勇者殿には素振りをやっていただきます! まずは軽く百回! 指摘する部分を見つけ次第教えていきますので!」

 だからうるせえ。

『取り敢えずはやってみろ』

 はいはい。そういう訳で腰に下げたアブディエルを鞘から抜く。剣抜く時って掌切りそうで怖いんだよな。

 しかし、こうして刀身を顕にしたアブディエルを見てみると、聖剣だのと勝手に言われているだけあって素人目でも美しい剣だった。

 直剣であるアブディエルの刃渡りは俺の腕ほど。両刃の表面は磨かずとも常に最善の状態が保たれ光を反射し俺の顔を写している。柄は何の装飾もない質素な物だが、グリップが俺の手によく合う。これはインテリジェンス・ウェポンとしての機能の一つで、持ち主に合わせて長さなどをある程度出来るからそうなのだ。

「おお、これが伝説の聖剣! 歪みなどなく、勇者殿が持つに相応しいですな! インテリジェンス・ウェポンという事らしいですが、やはり会話などは!?」

「ええ、まあ。色々と助言を貰っていますが……」

「ほう、それは素晴らしい! 歴代の英雄が持った聖剣! 多くの英雄と関わった聖剣の叡智を勇者殿は授かっているという訳ですな! これは私の出番はないですがこれも王命、差し出がましいと思うでしょうが私の訓練は受けていただきます! 何か問題があれば遠慮なくおっしゃって下さい!」

 前半は俺に、後半はアブディエルに顔を近づけて早口かつ大声で言う騎士団長。

『セレグ、どうしようか。私も煩いと思ってしまった。あと、離れるよう言ってくれ。唾が飛んできた』

 流石のアブディエルの辟易していた。

「今のところは問題ないようなので、素振りをやってみたいと思います。だから、あの、離れててくれません?」

「おお、そうですな! 申し訳ありませんぞ!」

 そう言って騎士団長は後ろに下がった。同時に圧迫感が減少した。これが騎士団長の存在感か。

「では遠慮なく剣を振ってくだされ! 本来なら最初は木剣で練習のですが、何時魔王軍が来るかもしれず時間がありませんのでそのまま聖剣を使っていただき鍛錬を行ってくださいませ!」

 わお、離れていても耳の奥に直撃するボイス。どんだけ肺活量があんだよ。

 喧しい騎士団長様を気にしないように素振りを行う。何回か素振りの真似事を行っていると、先程の宣言は本当だったようで指摘が飛んできた。

「腰を下ろして地面に踏ん張って! 腕の力で振らない! そう、その調子です! 成る程、勇者殿は既に木こりをやりながらも武器を振るう修行を行っていたのですね! 素晴らしい太刀筋です! ブレも少ない! 部下に欲しいほどです! ならば次はもっと色々な角度で振ってみましょう! ついでに振る度に一歩前進して体重をかけるように! はい、いーち! にーぃ! さーん!」

『流石騎士の上に立つ男だ。私の出番はないなこれは。だが、煩いな』

 まったくだよ!


 ◆


「あー、疲れた!」

 一日の訓練を終えて部屋にようやく帰った途端、俺はベッドに倒れるようにして寝転がる。

『お疲れ』

 剣に労われるという貴重な経験をしつつ、ベッドの傍に立て掛けたアブディエルに顔だけ向ける。

「まったくだ。これからもっと増えるんだろ? 俺、このまま衰弱死するんじゃないか?」

『そう思える間はまだ死なないさ』

「なんか実感篭ってて怖いんだが?」

『私の過去の使い手の中には……うん、まあ、そういう訳だ』

 どんな訳だよ。お前の過去の使い手はどんな目にあったんだよ。

『ともかく疲れているのなら休め。食欲がないと夕食は断ったほどなんだろう』

 アブディエルの言う通りだった。午前は脳を使っていないことを自覚させられて精神的に疲労し、午後は耳と筋肉に負担をかけた。もう限界だ。飯を食う気力もなく、レミリアに夕食はいらないと既に断った。

「明日は筋肉痛で死ねるな」

 寝転がりながら上着を脱いでベッドの外へと放り投げ、もぞもぞと毛布を頭から被る。

「おやすみ」

『ああ、お休み。ゆっくり休むと良い』

 今まで寝ると言えば返ってきた家族の言葉はなく、代わりに一本の剣が答えた。

 その現状を何だかおかしく思いながら俺は瞼を閉じる。負荷で熱くなった筋肉の熱が全身が広がるような心地よい疲労感を感じ、俺の意識は落ちた。


『起きろ、セレグッ!』

 就寝前に聞いた声に、俺の意識は一気に覚醒する。寝起きの良さは厳しい自然の中で暮らす村人の当たり前の技能だが、目を開けた途端に入った二つの山を見てまだ寝ぼけてると思った。山は逆さまで、白く丸みを帯びている。しかもお洒落なことにレース付きの布を被っていた。

 ――ちげぇよ。山じゃねえよ。

 じゃあ、何だよ。おっぱいだよおっぱい。ああ、そうか成る程。双丘とか言うもんな。にしても丘とは言えぬボリュームなことで。

「…………は?」

 何で思春期真っ盛りなボーイの前に胸があんだよ。勇者騒ぎのせいでこの春に開催される筈だった筆おろし(どの村でもやってる暗黙の儀式。だってそうしないと肝心な時に恥掻くするらしいじゃん?)に参加できなかった欲求不満が幻覚を見せてしまったのか? いや、まだそこまで頭は桃色ではないはずだ。そう信じたい。なら目の前の夢とロマンが詰まってる物体はなんだよ。

 午前の座学には発揮されなかった思考の回転(空回り気味)をカラカラと回しながら俺は目だけ動かして双丘の上を見る。

 青い髪のメイド、レミリアがいた。何故か毛布の中に入っていて、何でか俺の上に四つん這いになって跨っていて、不思議なことに下着姿で白い肌を晒していた。そして緑の瞳が俺を見下ろしている。

「――な、な、何事ーーーーッ!?」

『夜這いじゃないか?』

 冷静な突っ込みありがとうございますう!

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