第15話 小休止、静寂の中
時を戻して現在______襲撃発生から2時間。
北門近くの民家の二階の窓際に3人の人影があった。一人は普通の人種、もう一人は、やけに飛び出た鼻と口。肉食動物のような目つきと、不相応にふさふさとした白と茶色の体毛を全身にはやし、頭の明らかに高い位置にとんがった耳。そして、特徴的なモフモフとした尻尾をはやした獣人、そしてもう一人は、簀巻きにされ寝かされていた。
「ここに敵がいるところを見ると……これは、東エリアの兵は後ろから奇襲を受けて総崩れしたらしいな……」
「どうやらそうみてーだな……迂闊に動けもしねーし、一回、引き返してみっか?きっと、サンドイッチしてもらえるぜー」
ユーリの呟きに隣で窓の外を覗き見る狐耳をはやした獣人がバカにしたように答える。
「お前、はなっから無理なことを無理と分かりつつ提案してくんなよ……頭からっぽか」
それにたいして、ユーリもいつも通り過ぎるヘレンに対して、罵声を返す。
ユーリとヘレンは未だにカルトから脱出できずにいた。
北門へ続く大通りは敵勢力に抑えられ通ることもままならない。このあたりの家は、比較的被害が少なくユーリたちは住人の非難した後の民家に一時的に身を潜めている。今までの状況説明が一通り終わった後、北門へ向けて走っていた2人の前に敵の別動隊が居り10分ほど足止めをくらい今に至る。
「じゃ、大通りのみを火の海に変えて来るか?」
「まぁ、腹癒せにそれもありか……お前、要塞方面に撃てよ?俺、北門方面に撃って敵を街から押し出すから……」
「ユー、お前確か、気配を消す魔法仕えたよな……」
「ああ、一応な……でも、大技の直後だから持って15秒ってとこだろうな……」
使える魔法の不安を口にしつつヘレンの言いたいことを察したユーリは、それしかなさそうだと感じていた。
「大技の直後でわりぃーけど、頼むわー」
おおよそ穴だらけの作戦をたててうなずき合う。ヘレンは簀巻き状態にされ尚も魔法で眠り続ける少女を肩に担ぐ。外を確認していたユーリは敵が50m以内にいないことを確認して、民家から窓を突き破って大通りへと飛び出す、道の真ん中にユーリとヘレンが背中合わせに立つ。そして、二人そろって前に手を突き出すとかなり大きめの魔法を展開させた。敵もそれに気が付いたようで、こちらに向かって猛然と突っ込んでくる。前後から迫りくる敵に対して、ユーリの目の前には、北門に続く街道を塞ぐような巨大な壁が出現し、ヘレンの前では、6つの穴が宙に浮いている。それが実体化しきった直後二人はほぼ同時に吠える。
「水門!!」
「火炎旋風・ヴァージョン炎蛇!!」
その掛け声と同時にユーリの前にそびえ立つ壁がガタガタと地鳴りと共に大きく揺れ始め、直後限界を迎えたようにはじき出されるように壁に亀裂が入り前方に向かって大洪水レベルの水流を吐き出した。そのあまりの勢いに、近くまで迫っていた魔物の身体が水圧と水流によって捻じ曲げられ、負荷に耐えられなくなった肉が裂けバラバラになりながら流されていき要塞に向かって進軍していた魔物の軍勢は異変に気が付き何とか逃げようとするも激流に飲み込まれ死体やら瓦礫と共に門の外まで流された。
ヘレンの前では、宙に空いた6つの穴が高速回転をはじめ、直後すさまじい火力で炎を吹き出し始める。1000℃を超える熱風を生み出し、それに続くように火炎旋風が左右に蛇のように揺れ動きながら要塞の方向にのびていき迫ってきた魔物を一瞬のうちに炭に変えて、尚も伸びていく、後ろからの熱風に気が付いた時には、すでに、呼吸すらもままならず、限界温度を超えた鎧の布が自然発火し、もだえ苦しんだところで炎の蛇に飲み込まれる。
ユーリの水門はいわゆる口寄せで、ヘレンの火炎旋風は空間転移と炎魔法・風魔法の応用版だ。自分の魔力で補いきれない火力を戦場となった場所から集めてきて自分の火力と掛け合わせて風魔法の竜巻に乗せて打ち出す。相当に高度な魔法が北門から要塞にかけての大通りでぶっぱなされて、数秒前より瓦礫が増えたような気もするが、通りに面する1,2軒と言ったところか、ユーリは、すぐさま自分の出した水も利用して、3人の気配をぼやかすための隠蔽魔法を使った。そして、北門方向にヘレンと駆け抜け、北砦の手前の道を左折し、路地裏に入った。
流石に、大技の連続でユーリの表情にも疲労の色が浮かぶ。周囲に敵影はなくユーリは、一時的な危機は脱したと判断して、へたり込み、一応これからどうするかをヘレンに尋ねることにした。
「んで、こっからどうすんだよヘレン……」
隣で周囲の警戒に当たっているヘレンの耳にはいつの間にかコウモリがぶら下がっている。うんうんと微かにうなずくそぶりを見せた後コウモリを腕に乗せブツブツと何かつぶやいてから放った。
「どうやらこの辺のエリアはエリア中央にある部分結界が生きてるらしいな……じゃ、当分の間は大丈夫だな。」
そう言って自己完結をするヘレンをユーリは何か言いたげににらみつけた。
「どうやら敵さんは、この街を完全に滅ぼす気はないらしいな……報告では、地下にある裏カルトは、無傷で残ってるらしーし、ユーの見た被害もほとんど東エリアだったんだろ?あとは、中心の要塞」
その一言でユーリは、上がった呼吸を整えながら考えを巡らせる。この街は全体に一つの大きな結界が張られ、それが破られた際の緊急用中規模結界が内部の地区ごとで作動するようになっている。これらは、魔法無効化の効果や悪意ある侵入を拒むものでそれなりに強力なものだ。中心の要塞は、結界の起点となっていたために破壊しないと魔物が侵入できなかったとして、この状況であれば手間はかかるがこの街を完全に制圧することもできなくはない。ましてや、相手は1万以上の魔物の軍勢を引き連れている。なだれ込ませて乱戦に持ち込めば、指揮系統のマヒした防衛軍を押し切れるだけの戦力だ。しかし、相手の動員した戦力は4000ほど、ヘレンの話から敵指揮官だと思われるミザールというイカレタ男は、目的の為に必要最低限の事しかしていないということではないか?まるで、詰将棋のように、要塞で起こった爆発にも不可解なことは多い。
「なぁ、ヘレン……ミザールって男。お前が遭遇してから目撃されたか?」
「……うぁ?……んーそんな報告は受けてねーな……」
唐突に質問をするユーリにヘレンは妙な反応をした。
「お前、今寝てなかったか?」
「気のせい気のせい……ふぁーぁぁぁあ……」
答えながら大あくびをするヘレンにさげすんだ目を向ける。
「……わりぃ、つい……な?」
軽く謝りつつ同意を求めて来るヘレンにユーリは盛大に溜息を吐く。
「はぁー……お前ないくら比較的安全な結界の中だからって、寝るとこまで行くか?ここまがいなりにも戦地なんだからな……」
確かに個々の静けさは、戦地のはずれではあるが、非難も完全に終わり2人以外人の気配もせず急に現実離れしたこの状況では、安全であると錯覚してしまう。しかし、俺たちのやるべきことは、アイリを戦場から遠ざける事。まだ、目的は果たされていない。
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