第14話 カルトの悲劇 Ⅵ

 街道の先丘から魔物の軍勢が姿を現し、先行隊が500体程こちらに向かってきているという報告をヘレンが受けたのは、数分前の事だ。そして、今、その先行隊と結界を挟んでにらみ合っている。

 門の前の開けた空間にいる両軍の兵士の姿を発光石がぼんやりと照らし出す。両軍の間には50m程の開きがあり、魔物の軍勢のほとんどは森に続く街道を塞ぐように徒党を組んでいた。魔物軍は進軍の間に道を広げようとした魔物が結界に触れ、数十体が消滅して、その数が若干減っていた。

 にらみ合う両軍の緊張感でそこの空気は凍り付いていた。充満する殺気と動きのないことに対するいら立ちがこの空間で急激に膨れ上がっていく。そんな状態が5分ほど続いた。しかし、その沈黙は最前線に立つ重装兵の騒めきによって破られた。先程まで何の異常もなかった、魔物たちの目の前の空間に黒い歪みが生まれる。ボンヤリと浮かぶその歪から何者かの影が浮かび上がる。その影は悠然と歩くように右のつま先、足、胸、徐々にその姿を表す。黒く長いローブとそれにつけられたフードがその人物の全体像を隠し、その人物の不気味さを挽きたてている。体全体が歪から出た直後、背後の歪みが煙のように消失した。

 またしてもその場を沈黙が支配した。突如として姿を現した黒いローブの人物に誰も言葉が出ない。得体のしれないものに対する恐怖心でかすかに後退る。その中で一人だけ前に出るものがいた。前衛にいた重装兵を押しのけ防衛兵の中から現れたのは、2m以上もある巨躯と狐のような顔をした獣人。ヘレンだ。

「お前か、こんなくだらん進軍の指揮をしてるのは、とりあえず……おとなしく帰れ」

 その言葉と同時にヘレンの足元から強い熱風が吹上り周囲に広がる。敵の軍勢だけでなく味方すらも震え上がらせた。ヘレンのいつものふざけた口調とはまるで違う、威嚇するような口調で言い放つと同時に敵の軍勢に対して、殺気という形で警告する。微かに黒いローブの人物のかぶるフードがはためき隠されていた口元が、にやけるように歪むのをヘレンは見た。直後、フードの男は左手を顔の左側に当てた。瞬間、周囲の闇が風とともに彼の手に周囲の風が吸い込まれるように吹き込んだ。あまりの風圧に、ヘレンや周りにいる兵士、魔物は地面にしっかりと踏ん張るように見を縮めた。闇がフードの人物てのひらを中心に集まっていた。その周囲との暗さの違いに、夜が明け始めたのかと錯覚するほどの深い闇が停滞する。

 バサバサと黒いローブの人物のローブとフードが荒々しく揺れフードが脱げる。その人物が手をすべらせるように左に手を払うと風が収まり闇は霧散した。そして、黒いローブのフードの下から顕になった顔は、無表情な若い男の顔だった。しかし、男の目には、精気の灯らぬ濁った瞳と額から上まぶたにかけて引かれた黒い爪痕を模した一本のペイントとそれに続くように下瞼から頬を通って顎のラインまで引かれた三本の爪痕のペイント描かれていた。それだけだったら趣味の悪いペイントをした若者で済んだはずだが、彼の左の顔にはピエロを模した様な不気味に笑う口と目。黒く9本に枝分かれする荊棘のような紋様が描かれた片面をつけていた。目から覗く彼本来の瞳は、赤くぼんやりと怪しげに光っていた。直後

「ははは……ははははは………ははははははは」

狂ったような何人もの声が重なったような気味の悪い声が周囲にこだまする。その場にいる全員がギョッとして、片面の男を見るが、彼自身の口は、真一文字に閉じられたままだ。しかし、不気味な複合音声のような笑い声は、なおも続く。

「おい……あれってっ……」

一人の重装兵が怯えきった声を上げ、気がついた異常を指差す。その先には片面の男の顔の左側、片面を指していた。

 片面が、口を大きく歪めて高笑いしていた。

「あー――はっはっはっはっはっはははははははっはは……ようやく気がついたか、愚かな者達。吾輩は、7つの冠セブン・クラウンが、一人。六番目の子シックス・チャイルド、ミザール。ミザール・ウェスパロイヤー。今宵は、アルコルの少女をお迎えに上がりました。」

そういうと、片面は高笑いを続けながら、黒いローブの男ミザールは無表情のまま滑らかな動きで右腕を腹の前、左腕を背中に運び、仰々しく首を垂れる。


 その名乗りに、兵士たちは震撼した。7つの冠、セブン・クラウンと呼ばれる集団は、歴史に度々登場し、世界を滅びの道へ誘った存在で、2500年前には、世界的な天変地異によって世界を3つ。浮島のある上層域、元あった大地である中層域、地殻にほど近い場所まで沈められた下層域。に引き裂いたという逸話が残されている。種族間戦争を引き起こし総人口の7割を世界から消し去った。最も最近では、20年前のアジノーチェストヴォ王国の剣皇(現チェストヴォ共和国)が行った、七つの首を持つドラゴン。ポラリス討伐の際に現れ、多くの家臣と重臣を2人殺し、甚大な被害をもたらした。

 彼らは、7つの首を持つドラゴン、ポラリスを長とし破壊活動を行う組織で、7つの首のそれぞれの能力をポラリスから与えられた7人の子供たちで構成され、一番目の子は炎、二番目の子は氷、三番目の子は雷、四番目の子は水、五番目の子は風、六番目の子は影、七番目の子は光を授かったという伝説が存在する。


 それが今、目の前にいる無表情に不気味な片面をつけた黒いローブの男、ミザール。兵士たちのざわめきが更に大きくなる。

「ねぇ……それじゃあ、遊ぼうよ……」

複合音声のような3,4人の声が混ざったような不快感を煽る声がざわめきの中にもはっきりと響く。

「う……うわぁぁぁぁー……い、いやだーーーーー」

直後、兵士の中から悲鳴がこだまする。ヘレンは、兵士たちの方を振り返り声の主を探す。そして、見つけると同時に言葉を失った。そこには、声の主から離れるような円ができている。そして、その中心にいる人物は、自らの影から生えている黒い手が巻き付くように兵士を押さえつけ影に引きずり込んでいる。すでに体の半分ほどが、影に飲み込まれるように消えていた。そして、みるみるうちに、胴体も自らの影に飲み込まれ首から上とかろうじて逃れた右手が助けを求めるようにもがき苦しむように振り回される。

「たす…………け……て…………………」

その声を最後に口元も影に飲まれ、絶望しきった目が指揮官であるヘレンを恨めしげに睨み飲み込まれた。残った影に水面のように小さな波紋が生まれる。一瞬の沈黙が支配する空間を

「ははははははははあっははははははっはぁぁぁあーーーごちそうさまぁーそれじゃ、紹介するよ」

またしても、不気味な声が響き渡り、全員がゆっくりとそちらに視線を向ける。直後、ボトリと黒い何かが地面に落ち、膜を破るような形で、長い鼻と長い耳が特徴的な生物が誕生する。その生物は、ヨロヨロと立ち上がる。

「新しい、奴隷の……はぁぁぁ……ゴブリンかよ……使えねーな……人間の生け贄じゃこんなもんだよな……」

意気揚々と紹介しようとしたはいいけど低級魔族のハーフゴブリンがでてきてテンションが下がったように指を前方に向けてピンッと弾く。それを合図に今しがた生まれたばかりのハーフゴブリンが「くぅぉぉぉぉおおおおー」という奇声を発しながらヘレンたちに向かって突進を始める。しかし、その突進はミザールとヘレンの間で唐突に終わりを告げた。バシュンッという激しい炸裂音とともに見えない壁にぶち当たるかのようにハーフゴブリンの身がいともたやすくはじけ飛び一瞬骨だけの姿となった直後風に吹かれるようにサラサラと周囲に霧散した。

 その場にいる誰しもが、それをただ呆然と見つめていることしかできなかった。

「あはははははーーーきもちいいねーー最高ぉーーーもっとやりたーーーい」

そして、まるで少年のような笑みを浮かべて、ミザールは右手を前に突き出す。それを合図に兵士たちの足元にある影から黒い魔の手が生まれ兵士たちを引きずり込み始める。悲鳴と断末魔が飛び交う

 その場が、悲鳴と狂気に満ちる。誰しもが戦意を喪失し逃げ惑い始める。大混乱の中でヘレンだけがミザールに向けて突進を開始した。


 一足飛びに50m近い距離を一気に詰める。一歩一歩が大地をえぐるほどの力で踏みしめられて、背中に携える大剣を抜き重力を無視するような速度でミザールへ向けて炎を纏った渾身の一撃を振るう。直前にオークが前に出て肉楯となりミザールは無傷で、後ろに飛ぶ。その間に、数個の黒い繭が現れ這い出てくる。ヘレンは這い出てきた端からなぎ払う。その勢いのまま大剣を再び振り下ろす。しかし、ミザールは不敵な笑みを浮かべたまま

「君はいいー生け贄になりそうだねーーーーとっても美味しそうだ」

そうつぶやいて、魔物をつかってヘレンを包囲し襲いかかる。ヘレンは、一つの決断を下し叫ぶ。

「全軍撤退し街門を閉じろ!!住民の避難を開始しろ!!」

直後、大剣を使った振り回しにより火炎旋風を創り魔物をなぎ払い同時に目くらましとして利用した。断末魔とともに20体ほどの魔物がそれに巻き込まれ燃えながら空を舞い魔物の集団の中に落ち被害を広げる。

 その間にヘレンは気付かれない程度に結界に徐々に近づくように大立ち回りを繰り広げる。炎系統の小技をひっきりなしに使い、炎撃を飛ばし数匹ずつ引き裂き、周囲を焼きつくす。

 後ろに視線を向けると、全員が街に入り撤退を終え、街門が閉じるところだった。そして、それを見送ったヘレンは結界の中に逃げ込む。それについていこうとした数体が結界によって弾かれ霧散する。

 ヘレンが結界の中に逃げ込んだことで膠着状態になる戦場に再び声が響く。

「浅はかだなーーーっそんなことで逃げ切ったつもりでいるんだから、悲劇を始めようじゃないか、ショータイムの始まり始まり」

総宣言してバッと両腕を大きく広げた。その瞬間、街門の外にいるにもかかわらず、周囲が閃光に包まれ直後、何かが炸裂するような重低音とそれに伴う振動が風をうみビリビリと肌を震わせる。

「あはははははっはっははっははははははーーーそれじゃ、侵略……開始♪」

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