第9話 カルトの悲劇 Ⅱ
ことの発端は半日前の事だ。商門都市カルトの防衛本部に諜報班からの伝令がとどいた。
内容は
カルトの北東の方角から大規模な魔物の軍勢が進行中。
数は推定、1万から1万2千程、9割がオークやゴブリン、ヘルハウンド等の歩兵、残り1割が、飛竜やインプ、集団中央に長竜騎士数騎、確認。
到達予想時間、深夜0時頃。
夜襲の恐れあり。
敵軍目的
魔女、アルコルの後継者の疑いのある少女 アイリ・エルメスの____拉致
その知らせと共に、本部は騒然とした。初めての緊急事態と言える状況に各々が勝手な判断で動き始めた。情報を知らせようと走り回るもの、周りに落ち着くように諭すもの、逃げ出す準備を始めるものまでいた。
「静かにせんか!!愚か者ども!!」
その低くどすの利いた声に、本部にいた誰しもが我に返り声のした方を振り返った。広々とした部屋の一角、出口とは反対方向にある壁際。そこは、そこには他とは明らかに違う、重厚感のある木製の机とそれに見合う黒い椅子。それに堂々と、あるいは整然と足を組み男が腰かけていた。
軍服の上からでもわかるほど隆起した肉体、ゴツゴツとした輪郭。口から飛び出した牙と赤く荒々しい髪、鋭い目つきが、恐怖を駆り立てる。そして、額のやや右寄りから一本の異形の角が生えていた。彼は、商門都市カルト防衛本部 総司令官ディサムス・アーガイル。
アーガイルが、状況が各所に伝令され、パニックに陥ることをが寸前で阻止した。
そしてゆっくりと立ち上がると、部屋中をゆっくりと見回す。立ち上がると3m近い。
「緊急時事態こそ、冷静さを欠くことのないよう努めよといつもいっておるだろ」
本部は依然として静まり返ったままだった。全員がしっかりとアーガイルの言葉を聞いていることを確認し、彼は続けた。
「これから1時間後に緊急会議を行う。各砦の司令官を会議をする旨のみ伝えブリュンヒル要塞、大会議室に集めよ。伝令が終わり次第。全員飯を食え。その後は1から4班は通常業務を、5から10班は、装備を整えよ。11、12班は伝達係だ。以上。状況開始!!」
アーガイルの合図で一斉に各砦の責任者へ連絡が取られた。
ブリュンヒル要塞の大会議室。ここにはの25の椅子と円卓が設置されている。円卓と椅子を照らしだす照明が神々しくもある。この部屋は要塞の地下3階の4割ほどを使った、だだっ広い部屋だ。すでに25の席のうち24席が埋まり、人種、亜人種、獣人種、精霊種が入り混じって円卓を囲み、顔を突き合わせていた。 今この場にいるのは司令官22名と総司令官の側近が2名。そのうち一人は、狐の特徴を持った大柄の獣人種、ヘレンだった。もう一人は、整った顔立ちで、長いさらさらと美しい金髪をながす、黒いワンピースタイプのドレスを身にまとった12歳位の女の子だった。しかし、この場にいる誰も気にしていない。
これまでここに砦の会議室を使用するほどの大事に遭遇したことなど一度もなかった。その事もありここにいる全員が、今何かが起ころうとしている。あるいはすでに起こっていることを理解し、その場は張り詰める緊張感に満ちていた。
時刻は、先ほどの命令からちょうど一時間が経過した時、勢い良く会議室の扉が開かれ一人の大男が姿を現す。それを合図にしたように椅子に座っていた司令官たちが一斉に立ち上がり、礼を示した。それに応えるように入ってきた大男、ディサムス・アーガイルが左手をサッと顔の前に掲げ応える。
「諸君、よく集まった。」
そう言うと、堂々と歩き扉から一番奥の空席に腰を下ろした。それから一瞬遅れ司令官たちが腰を下ろす。一瞬の沈黙が数十秒にも感じられる緊張感の中、重々しい声が響く。
「それでは、会議を始めよう。諸君に今の状況を伝えよう。マルティナ。」
そう言うとアーガイルは、左隣に座っていた少女に説明するよう指示を出した。
「はい、アーガイル様。」
凛とした声が会議室に響き渡った。マルティナと呼ばれた少女は立ち上がり。円卓の中央に光幻鏡と言われる、光魔法特有の幻想術の魔法式を展開させた。
展開されるエフェクトと共に周囲の光がそれに向かって集まり、立体的なカルト周辺の地図が現れるとマルティナは説明を始めた。
「現在、ここから北東32kmの地点まで魔物の軍勢が進行中。その数、推定1万2千。魔獣の種類は、歩兵のオーク、ゴブリン、ヘルハウンドが9割を占め、飛行部隊に飛竜、インプが200体前後。火力部隊に長竜騎士数騎が確認されています。到達予想時間は本日、1130時。以上です。」
説明とともに、光幻鏡の光が姿を変え魔物たちの姿を作り出し、それとともに周囲が暗くなっていくのがマルティナの「以上です。」のこえに連動するように、輝きとともに光幻鏡が砕けて消えた。
「状況は理解してもらえただろうか。」
円卓を囲む全員にアーガイルが問いかけた。その問に、その場にいた殆どの物が重苦しく、無言でうなずいた。
「これまで、この規模での魔物の進軍は、発生したことがない。これは何者かの作為的なものだと考えられる。これが作為的なものだとしたら、裏切り者が諸君の部下の中にいることは大いに考えられる。常に最悪の状況を考え行動しろ」
円卓を囲む者たちが顔を見合わせざわついた。
「それでは、今後の作戦を説明する。」
そして、作戦会議は粛々と進められた。
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