第8話 カルトの悲劇 Ⅰ

 間一髪のタイミングの文字通りの横やりによって、ユーリは九死に一生を得た。

 一時の絶望から解放されユーリの身体からは大量の汗が吹き出し、手足は小刻みに震えている。先ほどまで迫っていた狂気に満ちた視線と爛々とこれから起こる残殺劇が楽しみでたまらないという表情をしたゴブリンが目に焼き付き、恐怖という形で体中を駆けずり回る。

 ユーリは呆然とした表情でゴブリンの無残な死骸を一瞥し、思い出したかのように恐る恐る槍の飛んできた方向に目を向けた。そこには先ほどまでいなかった巨影が佇んでいた。思はず後ずさりながらその巨影を凝視した。しかし、炎の放つ灯りのせいか逆光となってその姿をしっかりと確認できない。そして、

「ユー、こんなとこで何してるんだー」

こんな状況にもかかわらずへらへらとした声が巨影から発せられた。

「……その、声…ヘレン…か?」

一瞬焦ったユーリが震える唇から辛うじてその名を呼んだ。


 ユーリの目の前に立っていたのは、ヘレンだった。昨晩見た通りのやけに飛び出た鼻と口。肉食動物のような目つきと、不相応にふさふさとした白と茶色の体毛を全身にはやし、頭の明らかに高い位置にとんがった耳。そして、特徴的なモフモフとした尻尾をはやした巨体の獣人。しかし、そのヘレンとは明らかに違うことがあった。先ほどからずっと肩に何かを背負っている。それはどう見ても簀巻きにされた人間にしか見えず、ユーリは無言でヘレンをにらんだ。その視線に気が付いたヘレンが弁解する。

「ユーは何か勘違いしているようだがな…おりゃー、人さらいなんぞしてねーぞ?」

「じゃ、そいつは誰だよ…見かけ完全に人さらいだかんな…」

そう返すと、ヘレンは言いたくねーなという表情を見せる。

「アイリちゃんだよ…ちょいと魔法で眠ってもらって…」

そう返した瞬間ユーリはヘレンの胸倉をつかんで引き寄せ喚き散らしていた。

「ヘレン!!お前、アイリに何しやがった!!返答次第ではただじゃおかね―!!」

胸倉をつかまれたヘレンは少しあきれた顔をしながら、ゆっくりと振りほどき背負っていた簀巻きをユーリに抱かせた。ユーリの腕に確かな重みがかかる。布にくるまれているが確かな寝息とあたたかさを腕の中に感じた。

「これで安心だろ?簀巻きにしてんのは、火よけの為だー。そんでもって…」

あっけらかんといつもの適当感のする顔と声から一瞬溜めて、彼には似合わない真面目な顔と声音でヘレンは言った。

「今回の襲撃における奴らの目的は彼女を奪うことだ。だからしっかり守れ」

「なっ…どういうことだよ…アイリがなんで…」

驚きが隠せないユーリをよそに、先ほどまでユーリが治療し、かすり傷程度になった魔導騎士をアイリの代わりに肩に背負うとユーリを半身で振り返り

「詳しいことは逃げながら話してやんよー。捕まったら元も子もないかんな」

その声音はいつものおちゃらけたヘレンに戻っていた。

「そんじゃ、行くぞー」

そういって、ヘレンは走り始めた。ユーリもヘレンに付いて西門の方へ走り始めた。


 並走して、瓦礫を一足飛びに飛び越えながら未だ襲撃を受けていない街の西側のエリアを目指した。東側の中央広場を抜け祟りで、ヘレンが口を開いた。

「今回、俺ら防衛兵はこの襲撃の情報をつかんでた」

 その言葉に昨晩の違和感の正体がわかって少し胸がすく気持ちのユーリには別の疑問が浮かんだ。

「じゃ、なんでこんな状況に?それにあれはどういうことだ…」

ユーリは前方に見える変わり果てた城塞の姿を指さし言った。あそこはこの街の結界の起点であり最も防御が固められていたところだろう。それが、半壊、いやもう全壊しているといっていい状況となっていた。

「内通者の仕業だ。ま、オレッチが前線に出張っていかなかったら、こう易々とやられるこったなかっただろうがなー」

ヘレンはあっけらかんと言い放つ。しかし、ぞの横顔には少し自嘲気味な色が浮かんでいた。ユーリは何か言ってやろうと思い横を見たときそれを目にしてしまい、黙り込んだ。

「終わったことうじうじ考えても仕方がないだろ?切り替えるぞ。それで…俺が一番気になっていることわかってるんだろ?」

少しの沈黙の後ユーリはヘレンをフォローしつつ、本題を切り出した。

「悪いが、先にここまでに何が起きたかを話さしてもらうぜー」


 そういうとヘレンは語り始めた…

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