第7話 瓦解

 ユーリは、急激な唇の渇きから唇を無意識になめた。目に映る惨劇から目を背けたい衝動を持ちながらもあまりに想像を絶する光景に目を見張る。

 カルトの街の半分近くが火の海に姿を変えていた。

 東門のあるエリアは既に瓦礫と炎に埋め尽くされ、敵襲とみられるゴブリンやジャイアントオーク、ヘルハウンドが生き残った人々を血眼になって探している。住民だけでなく防衛兵すらもその猛追から戦意を喪失させ、チリジリに逃げまとっている。

 それでも何とか降伏せずに済んでいるのは、魔導騎士数十名が未だに第2防衛ラインである東中央砦を死守するように展開しているためだろう。そのあたりからやたらと派手な轟音や様々な色の魔法攻撃が繰り出されている。

ユーリは戦火の中心から街の中心に目を向けた。

 そこには、結界の起点であるはずのブリュンヒル要塞の無残な姿があった。城壁の魔法素材で組まれた強固な壁はドロリと溶けマグマのように周辺を高温物質の池が出来上がっている。魔法人の描かれた屋上は既になく崩落している。

 街中に貼られていた結界は7割が崩れ、残りの3割も半実体化し敵に丸見えとなっており、魔物の軍勢から飛龍部隊が来たら何の足止めもできない状況となっていた。

「こんなところで指をくわえてみてるわけには行かねえよな」

ユーリはそう呟くと、グリフォンの背中から街に向かってダイブした。


強い落下による風圧と重力の中でユーリはつぶやいた。

「水の足音(ウォー・スティーブス)」

直後、ユーリの足の裏に半固体の足場が形成され落下の勢いを少しずつ逃がしやがてユーリは空中で静止した。その足場は踏みしめけり出した瞬間に水しぶきと共に崩壊し、一瞬の間をおいて、新たな足場が足元に生成される。微かな落下感の後に柔らかな地面のような感触。その反発を利用して再び強くけり出していく。やがて、20歩程でユーリは地面にひらりと着地していた。


 地上の状況は上空から見たほど優しくはなかった。目の前に広がるのはまさに地獄そのものであるかのような感覚に襲われる。崩れた建物とそれにまとわりついて燻る炎が黒々とした煙を上げ、辺りには鉄の様な匂いと、肉が焼け焦げる嫌な意味で香ばしい匂いが充満し一歩、歩けば死者の残骸につまずく。その多くは、焼けただれ赤黒い肌がむき出しになっており、見渡せる範囲にいくつか切り取られた体の一部や上半身、頭部が無造作に転がっている。中には、縦に真っ二つにされ脳やら肺やら心臓やらが大量の血と共に零れているものもある。魔物の死骸も相当量発見できた。首がひしゃげたゴブリン、何本もの槍が突き立てられ張り付けられたジャイアント・オーク、胴体部分に風穴の空いたヘルハウンドドッグ。翼をむしり取られた翼竜。一帯を赤く染めていた。

 ユーリはそれらの光景に強く瞼を閉じて、早鐘を打つ心臓を鎮めるように、深く息を吐く。そして、再び決意したように瞳を開いて、死体と瓦礫に埋め尽くされる街を生存者を求めて走り始めた。

 

 どれほど走っただろうか、ユーリはまだかすかに息のある魔導騎士を見つけた。ユーリは騎士の前に膝をつき傷口に手を置き、水魔法の高位の治癒をかけ始めた。

 それから5分ほどが経ち騎士の傷口が徐々にふさがり始めた。しかし、ここはいまだ戦場の只中である以上安心できない。ユーリがそう考えたとき、背後から殺気のこもった視線を感じ、とっさに目の前の騎士が腰に差しているダガ―のようなものの柄を握り、引き抜き振り返る。視線の先には、こちらに突進してくるゴブリンが奇声を周囲に響かせながら恍惚とした表情で迫っていた。そして、ユーリはあることに気が付いた、ユーリのもつダガ―に似た武器には、刀身がなかった。代わりにはばきを延長したような細長い針が取り付けられていた。

「まさかの…魔導剣かよ…」

 ユーリは思わず毒づいた。

 この魔導剣は使用者の魔力で刀身を作り出す特殊な剣で、リーチは変幻自在で、形状も使用者の思うがままではあるが、その実欠点が多い。高い魔力を持っていることが前提条件。性能を発揮させるには、集中力を極限まで使う。そのほかにもいくつかあるが、最大の欠点は、魔力が切れると戦闘中であっても刀身が消滅するため使いこなすのには長い修練が必要な一品。

 生憎ユーリは、これを使ったことがなかった。目前に迫るゴブリンを睨み、一か八か目を閉じ刀身を強くイメージする。目をカッと見開き前方に向けて魔導剣を突き出す。直後、水系統の魔法で作られた剣が槍のように突き出された。その長さは10m程まで達した。しかし、とっさに上に跳躍をしたゴブリンによって回避された。ゴブリンは跳躍の推進力を使って手に持っていた棍棒を思いっきり振り上げ空中から迫る。ユーリは回避された直後、魔導剣への魔力供給を瞬間的に断つ。それに合わせて、10m程あった刀身は霧散する。次のイメージをして魔導剣を横にして顔の前に構える。しかし、刀身の展開が間に合わない。

 ユーリが殺される…と感じたその一瞬が、たった1秒がひどく長く感じる。相手の筋肉の躍動が迫ってくる獲物が、今まさにユーリに向けて振り下ろされめり込むだろうその瞬間、真っ赤な炎をまとった槍が飛来し、ゴブリンの横っ腹に風穴を開け飛び去った。ゴブリンはその攻撃の勢いに血をまき散らしながら負け真横に吹き飛び、胸から半分にちぎれていた。





※水の足音は英語で Steps of water.だと思うのですが、呪文名なので適当なアレンジを加えてあります。今後もこんな風でアレンジが加わります。

 何かいいアイデアがあればよろしくお願いします。

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