第5話 夜の闇は暗雲へと続く
ユーリが東門を出て歩き出したころには、周囲は星の輝きがはっきりと見えるほどとなっていた。先ほど子供たちと一緒に歩いた道を今度は一人、水灯も使わずに歩く。もう何回目かわからない道のりは、ユーリにとって目をつぶっていても歩くことのできる道となっていた。
東門に続く街道と言ってもこの時間では、ほとんど人も行商人の馬車も通ることはない。森に囲まれた道を星を見上げながら、何かくだらないことを考えながら歩くことは、幼いころから癖になあっていた。それだけに、気が付くと草原の中央にある木まで来ていた。あとはやや遠くに見える灯りまで歩くだけ。ユーリにとっては一つの作業になっている。
静まり返った草原に夕方より冷たい風が吹き、少し身震いしたユーリは速足で帰宅した。
5分ほどかかりユーリは家の前にいた。暗くて全体像がつかめないものの、木のログハウスのような温かみのある家だ。ユーリにとっては帰り道が少し遠いのが悩みではあるが、この家をとても気に入っていた。
デッキに上がると夕食の食欲をそそるにおいが通気口からあふれだしていた。その匂いに、先ほど軽く食べたにもかかわらず、ぐぅーと腹の虫は空腹を訴えた。少しお腹をさすりながら扉を開けた。
扉に取り付けられたベルがカランカランッなり、同時に夕食のいい匂いと暖かな光が漏れ出した。キッチンで鍋をかき混ぜていたシェイドがいったん火を止めてこちらを振り返った。
「おかえり、ユーリ。飯はもうできるから、器を取ってくれ。」
ユーリの姿を確認するとそう言って鍋のほうに向きなおった。
「じいさん、相変わらず手際良いな…」
ユーリはボソッとつぶやいた。壁に掛けられている時計を見てもシェイドが家に到着して小一時間程しかたっていないはず。にもかかわらずシチューに特製のルーを溶かしていた。
「ワシの料理は、旅人時代から早い、そこそこ美味い、なんでも調理する。がウリじゃからな」
シェイドは少し自慢げに胸をはった。
「その3拍子、リズム悪すぎだろ…てか、じいさん…ほとんど美味いのに、その最後の“なんでも調理する”が“そこそこ”美味いのレッテルにつながってると思うぞ…ネズミとか…」
冬場に一度食うに困った末に家に住み着いていた。ネズミを一網打尽にして燻製やら生肉やらにして出してきた。違和感はあったものの美味かった。全部食い終わった後にそれをシェイドから知らされ、知らぬが仏って多分このことだ…と思った経験がユーリにはあった。
「おーあれは、まだましじゃろ…鼬猿(イタチざる)なんて、ひどかった…煮たら赤褐色のエキスでスープが染まり…焼いたら1分と持たずに灰になる…ってそんなもんはどうでもよい」
ユーリはその謎な生物を想像してしまいそうになり、慌てて頭を振った。
それから10分程経ち、テーブルにはシチューとバターロール、野菜の盛り合わせが置かれていた。穏やかな夕食の席だった。
ユーリは食後の一休みをしたあと、家の外に出た。 穏やかな静寂と優しい月明かりが辺りを包み込んでいた。デッキのすぐそばにあるシェイドの手製のベンチに腰掛けたユーリは腰のベルトにつけられている八面体の青い結晶とそれに付属するようにつけられた横笛に触れた。これらは両親の形見だ。しかし、ユ―リは両親の顔も名前もその暮らしぶりも何も覚えていない。正確には忘れている。にもかかわらず、それが両親の持ち物であったことだけは思い出せる。しかし、それだけだった。
ユーリは取り付けられた横笛を外し、ゆったりと構える。歌口に唇を当てがい吹き始めた。遠い昔に聞いた曲。吹くたびに懐かしく感じている。それを忘れたくない。それが今ではユーリの日課となったいた。
横笛の暖かな材質と同様にその音はとても暖かで包まれるような音が、夜の静寂の空気を振動させながら森にこだました。
十分ほど吹いた辺りで月明かりは薄く通った雲にかくれていた。笛の音に交じって遠くからブゥオン、ブゥオンと大きな翼の音が静まりかえった森に響き渡っている。その音は徐々に近づいてきていた。ベンチから少し離れた家と森の間の空間に巨影が現れ上空で停止した。かすかな砂埃が少しずつ激しく舞上げながら夜空から5mはあろうかという大きな影が翼の音を轟かしながら舞い降りた。激しい風圧に交じり微かな砂埃がユーリの座っているベンチにまで届いた。
ちょうどその時、月明かりを隠していた雲が晴れはじめ、徐々にその影は姿を現していく。
鋭い目つきをした鷲の頭と巨大な嘴、あらゆる生物を空へと持ち上げることのできようかという巨大な鷲の肥爪。広げれば7mはあろうかという白く美しい巨大な翼。そして、獅子の強靭な下半身。世界に数体しか存在していない幻獣、グリフォン。それがユーリの前に悠然と降り立った。
グリフォンが一歩一歩近づいてくるたびに周囲に微かな振動が伝わってくる。その迫力は重厚な鎧を着た騎士も背を向け逃げ出すのではないかと思わせるほどだった。しかし、グリフォンは数歩近づいたところで不意にくちばしを大きく開き欠伸をすると、まるで猫のように足を折りたたんでぺたりと座り込むと首を羽毛にうずめて、リラックスし始めた。
このグリフォンがカルトの街周辺を根城にする霊獣で、同時にシェイドが卵から返し、しつけたユーリのもう一人の家族だ。シェイドは獣使いでもあり様々な生物を手なずけていた。その中でもグリフォンはお気に入りだった。シェイド曰く
「グリフォンは手なずけることが困難だ。知性が高く、長命で、何より誇り高い。だが一つだけ手がある。卵から返し育てることで手なずけることができる。いつかユーリもやってみろ。」
だそうだ。後になって考えると、手なずける以前に、そんなものが手に入るわけがない。
このグリフォンも巣立ちしているため手はかからないもののこの笛の音が好きでこの音が夜の森に響き渡ると聞きつけて、寝床からはるばる飛んでくる。
「ん、今日も元気そうだな。」
そう呟いてユーリは再び横笛を吹き始めた。ある意味では、この日課はグリフォンの安否確認もかねて夜に行っていた。このグリフォンがいる限りこの街の近くに猛獣が住み着くことはほとんどない。その為グリフォンに異常があっては街は困ってしまう。
30分ほど笛の音を聞かせるとグリフォンは満足したようで急に立ち上がって、羽根を伸ばし、飛び立つ準備を始めた。しかし、微かに普段と違うのはグリフォンが周囲を気にして落ち着かない様子を見せていることだ。
「ん?どうした?」
そう声をかけるとグリフォンは頭をゆったりと振って「なんでもない」と言いたげな目で一瞬こちらを見て軽い助走をつけて飛び立った。
ユーリはほんの少し違和感のようなものを感じつつも、普段道理に家の前から飛び立っていったグリフォンを見送り家の中に入った。
ユーリは諸々のやることを済ませ自室のベットに潜り込み、横になって目を閉じ、眠りに落ちていった。
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