第3話 夕暮れの帰路

 広々と開けた草原の中央。そこには一本の広葉樹が植えられている。その木は高々と枝を伸ばし、葉っぱの間から心地のいい木漏れ日をこぼしている。そんな木の下に体を横たえ自分の腕を枕にする薄い灰色の髪の少年が穏やかに寝息を立てていた。そんな少年の傍には茶色い髪を肩まで下し少し薄目のセーターを羽織り、ロングスカートをはいた少女がさらにスカーフをかけ、木の根元に腰を下ろしいる。手に持っている少し古びた本に目を落としつつも、たまに視線を上げては少年の寝顔を盗み見ていた。

 木陰で眠っている少年をアイリが見つけたのは、昼食のお弁当をかたずけている時だった。それから3時間ほど経つと、西日が差し始め、木陰は東の方角にその影を移す。そのあたりから草原に吹く風が少しずつ冷たくなっていた。未だに寝息をたてている少年、ユーリも草原に風が吹き抜けるたびに微かに身じろぎをしていた。

 アイリの掛けてくれた毛布があっても肌寒さを感じたようで、「んーーっ…」とうめき声をあげてユーリは薄目を開けた。寝ぼけたような視線が周囲を漂う。視界の先にある東の空はオレンジ色というよりは既に茜色と藍色とが混ざり合ったような色をしていた。それを見ておおよその時間はわかったユーリは、何気なくつぶやいていた。

「なんか…今日は、いつもよりあったかいな…」

「ダメだよ、ユーリ。まだ、肌寒いのは続いてるんだから…毛布ぐらい掛けて寝ないと…」

 自然もれた声に木の根元に腰かけ本を読んでいたアイリが夕日のせいか顔を微かに赤く染め微笑みかけながら、いつものやわらかく、穏やかな声で言った。

ユーリはとっさに体を半分起こし、声のした方に視線を向け、アイリと目が合った。そして、アイリのいったことをようやく理解し自分の身体に毛布がかぶせられていることに気が付いた。

「おはよ…毛布かけてくれたのか。ありがとう」

 ユーリはかすかに照れつつ挨拶とお礼を言う。

「おはよう、ユーリ。どういたしましてっ。でも少し寝すぎたんじゃない?もう夕方だよ?」

 少しあきれつつアイリは言って続けた。

「それにまた…おじいちゃんの手伝いさぼって…流石におじいちゃんに怒られちゃうよ?」

 アイリの言うおじいちゃんというのは、ユーリの祖父シェイド・フォーラスのことだ。ユーリにとっては育ての親ともいえる存在だ。シェイドは、よくこの草原に子供たちを集め遊びや勉強、魔法を教えている。手伝いというのはその補佐のようなことである。

「大丈夫、大丈夫。シェイ爺はそんなことでキレたことないからー」

と、アイリの非難に軽口で答えると、ユーリは半身だった体を起こし立ち上がった。

「じゃ、帰り支度くらい手伝うとしますかっ」

そう呟いて、ユーリはアイリに向けて右手を差し出した。

「ほら、行こうぜ」

「うん。行く」

そう短く答えると、アイリはユーリの手を取った。

 

 中央にある木から100m程離れた場所で、ゴムボールを使った遊びをしている子供たちと、それを眺めるように腰かけ椅子に腰を下ろす老紳士がいた。

 ユーリとアイリは、老紳士に声をかけた。

「シェイ爺、そろそろ子供たちを帰す時間じゃねの?」

そう尋ねると、老紳士はこちらを振り返った。整えられた白髪と穏やかな表情をしたシェイドが二人のつないでいる手を見て、一瞬だけニヤリと笑みを見せ、表情を戻し言った。

「そうじゃな。ユーリとアイリ、お前たちを待って居ったんじゃ。」

その反応にアイリが

「ごめんなさい。やっぱり待ってた?」

と少しばつの悪そうな顔で答える。それにたいしてシェイドは

「何…若い二人の邪魔をするほど野暮ではない。若さというのはそれだけで、掛け替えのない宝じゃ。」

そんな事をわりとキメ顔で宣う老紳士にユーリは内心、何言ってやがるんだこのじじいは…と思いつつも堪えた。隣ではアイリが微かに頬を染めうつむいていた。


 そんなやり取りを見ていたのか子供たちが続々とユーリたちの周りに集まってきた。

「ユー兄ちゃん、またさぼってたの?」

 そう聞いてきたのは9歳くらいの男の子だった。子供らしく快活そうに笑う男の子にユーリは冗談めかしながら

「成長期になると、いくら寝ても寝たりない時期がやってくるもんなんだ」

そんな軽口を返していた。

「へー、そんな事より早く帰ろー」

わりとあっけなく流され少しへこむユーリをよそに、子供たちが口々に「腹減ったー」、「今日の晩御飯何かなー」「うちハンバーグ―」「お前んち、いつもハンバーグな…」と夕食の話題が飛び交い始めた。ここに集まってくる子供たちの多くは5~10歳程で、この時間になると、やはり親御さんとおいしいご飯が恋しいようだ。

「じゃ、早く帰りましょうか」

アイリが優しい声色で子供たちに呼びかけこぞってアイリについていく。それはまるでカルガモ親子の大行進のような絵だった。そう思いつつ、ユーリはいつものように最後尾で逸れる子がいないか気を配る。



 草原からカルトの東門へ続く街道に出るころには周囲は、すっかり夜の帳が下りていた。森の中に続く街道は、マジックアイテムの発光石の街灯が、ポツリポツリと灯っているものの正直心もとない。暗がりからは虫の声が響き、それなりに雰囲気が出ていた。夜の森は子供にとっては怖いものだろう。さっきまでうるさいくらいに騒いでいた子供達が押し黙り互いの手をつなぎあっている。

 「なんだ…怖いのか?弱虫だなー」

 ユーリが少しからかうように言った。女の子たちは少し涙目でコクコクと頷いている。男の子たちは

「怖くなんかねーしー、怖がってんのユー兄ちゃんだろー」

足をガクガクと震わせながら全く説得力のない反論を返してきた。

「おーぉ、じゃ、お前ら先頭なー」

その姿が、ユーリの悪戯心に火をつけた。

「もー、ユーリ。あんまり大人げないことしないの」

 と、アイリはあきれたように言った。

「へいへい…じゃ、行くか、さっきみたいにバカ騒ぎしてれば何も寄ってこないし、すぐ着くよ」

ユーリはアイリと場所を交代して先頭に立つと、右手を前に出し、水灯の魔法を発動させ、水色の炎を掌の上に灯した。直後、周囲がさっきとは比べ物にならないほど明るくな照らし出された。

 この世界は、魔法が当たり前の技術として使われている。魔法には種類があり、炎、水、雷、氷、風、光、影。基本属性7種類。天と大地。特殊指定2種類の9種類がある。

 この水灯は、水魔法の基礎で、周囲をただ明るくするだけではなく、小さな魔物よけの結界を張る魔法である。しかし、通常の結界と違い炎をともしている間しか効果がない。術者が眠ると効果が切れる。


 子供たちの表情は周囲が明るくなるとともに明るくなっていた。

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