第2話 穏やかな草原の一時

 肩くらいの長さまで伸びた茶色い髪を下ろし、少し薄目のセーターとロングスカートを身にまとった少女が、木陰で眠っている少年を見つけたのは昼食の片付けをすましいつもの木の下で本を読もうとやってきたときだった。

 少年は薄い灰色の髪を眉間まで伸ばしふわふわとした髪質をしていた。いつもの穏やかな表情を一層緩ませ、まるで冬に日向ぼっこをする猫の様だ。

 木漏れ日の温かさはきっと生物を安心させる何かがある。少女はそんな少年の気持ちよさそうな寝顔を見て、そんなくだらないことを考えた。


 少年はユーリ・カルレス。少女アイリ・エルメスの幼馴染だ。

 ユーリは6歳の頃に祖父シェイド・フォーラスと共にチェストヴォ共和国の都から750km程離れた最南端の商門都市カルトにやってきた。

 この世界共通の認識で、街に張られている結界の外では、魔物がいて住むことはできない。希に魔物の侵入を許し壊滅するということもあり、危険でしかないとされていた。しかし、カルトにやってきたシェイドたちは、何故か結界の張られている都市内部には住まず、近くの草原の隅に自前の家を建て住み始め、襲ってくる魔物をすべて狩り。幻獣の卵を還し、手なずけて、最終的にはカルト周辺の魔物を餌に成長した幻獣が街を防衛するようにしつけることに成功した。

 カルト周辺に魔物が出現しなくなったという話は国中に知れ渡り、一層の賑わいを見せるようになった。魔物殲滅を聞いて、安全を求めて移住してきた人も少なくなく、アイリの家族もその一つで、住んでいた村を襲われ8歳の時にカルトに移住してきた。

 そのころ街の人々の信頼を勝ち取ったシェイドは、街の子供を草原に集めて遊びや勉強、魔法を教えるようになっていた。



 当時、引っ越してきたばかりで知り合いのいなかったアイリはその話を聞き草原を訪れた。しかし、草原にはだれもおらず、とりあえずと草原の中心にポツンと生えているこの木の根元まで行き、今と同じように寝息を立てる少年を見つけ、驚愕した。結界の外でこんなにも無防備に眠りこける人を初めて見たのだから。

 いつ魔物が襲ってきてもおかしくない場所にいたアイリは反射的に少年を叩き起こした。

「起きて…起きてよ…こんなとこで寝てたら…魔物…魔物に!!」

 魔物に蹂躙されていく村を見た少女にとって二度と見たくない光景を起こさないという強い義務感をもって少年の身体を力いっぱいに揺らす。驚きに目を開けた。

「ん…ん!?ちょ…ちょっと……」

少女は目を覚ましたことに気が付いていないようでゆすり続けている。

「待って、まってぇー………」 

叫ぶ勢いで静止を要求するユーリの声にアイリはようやくゆするのをやめ、安どの表情を見せた。ユーリは揺れが止まってしばらく額に手を当て黙り込む。落ち着いたのか

「君、だれ?」

薄目にこちらを半にらみしながら、目の前で必死な形相をしながら身体をゆすっていた見知らぬ少女に当然の疑問を投げかけていた。

「え…えっと…アイリ…」

 昼寝を邪魔された少年の不機嫌そうな声に、少女が怯え、大きな瞳に少し涙をため、辛うじて聞こえる声で、ぽつりと名乗った。その様子を見てユーリが微かに狼狽えた。女の子を泣かせてしまったという罪悪感が心を締め付ける。ふぅ…と落ち着くようにため息を小さく吐き、少し優しい声色で

「そっか…アイリっていうのか。ん…で、どうしたの?」

ユーリがそう問いかけると、安心したように目尻に浮かんだ涙を手で拭って

「早く逃げないと…魔物がきちゃう…」

問いかけにたいしてアイリはポツリとつぶやいた。

「え?魔物?でも、ここは…」

ユーリが言い終える前にアイリは

「だから…逃げなきゃ!!」

そう言って、ユーリの手を強引にとって走ろうとするアイリをユーリは慌てて止めた。

「ここでは魔物は出ないんだ!!」

「えっ?」

アイリは驚いて手を引きかけの体制で静止した。

「ここは、霊獣の支配地域で、魔物は霊獣がえさとして、全部食べてるし、この草原はシェイ爺が結界を作ってるから魔獣は来ないんだよ…」

ユーリは嘆息しながら説明した。

「そうなんだ…よかった…あ、あと…その…ごめんね?」

安堵したのかアイリが腰が抜けたようにへたり込む。

「っぷ…ふふふ…ははははー」

その姿につい笑いをこらえられなくなってユーリが噴き出すように笑い始めた。

「なんで、笑うのー笑わないでよー」

それに対してアイリが頬を膨らまし、非難の目を向ける。

「いや、ごめん…ほんとに腰抜かす子、初めて見たから」

まだ、少し笑っている雰囲気のある言葉を聞き、アイリは一層頬を膨らました。



 そんな思い出を振り返りつつ、幼なじみの少年は身体は大きくなり青年と呼べる程に成長したが、こういう呑気なところや体を横にして眠る姿は何ら変わっていないことに、呆れ半分。喜び半分といった思いでいた。アイリはユーリの薄手の格好を見て、しゃがみ込み、持っていたひざ掛けをユーリの身体にかぶせた。

「まだ、少し、寒さもあるんだからそんな恰好で寝てたら風邪ひくよ…」

と、優しさのこもった声を耳元で囁き、立ち上がると、アイリは寝息を立てているユーリのすぐそばの木の根元に腰を下ろし持って来ていた本をカバンから取り出すと、読み始めた。

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