第八話 お祝いお悔やみ強制世界


皆様へご報告がございます。

わたくし、近田大地は本日結婚いたしました。

お相手はかねてよりお付き合いしておりました、二歳年上の男性です。

同性婚ということになりますので、法律的な結婚はできませんが、

自治体で発行しているパートナーシップ証明書をいただきました。

互いの両親や親戚なども歓迎してくれています。

結婚式は来月の末に、海外のこじんまりとした教会で、

わたしたちふたりと、ふたりの両親だけで挙げる予定です。


これから力を合わせ、しあわせな家庭を築いていきたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。



***



 山口結愛やまぐちゆあは仕事場のパソコンを開くと、SNSでそんな書き込みを見つけた。

 結愛は地方の過疎が進む地域出身だったため、小学校のクラスはふたつしかなく、学校の同級生は合計五十人余りしかいなかった。

 人数が少ないため同級生の全て互いに顔を知っていて、卒業後二十年ほど経った今でも、SNSで「○○私立○○小学校 平成○○年度卒業」というグループが作られており、ほとんどの人が参加している。

 地元に残って就職したり親の事業を継いだりしている同級生も多い。

 結愛は高校卒業後に都会の調理師専門学校に入学した。専門学校卒業後は某大手飲食店チェーンに就職し、しばらく勤務していたが、一年前に退職して、念願の自分の洋食店を開業することが叶った。

 合計八席だけの小規模なお店。結愛以外の店舗スタッフはウエイトレスの学生アルバイトがふたりだけ。

 店のオーナーシェフである結愛はもっぱら調理を担当していて、店の事務や管理などは会社勤めをしているときに知り合った友人にやってもらっている。

 開業当初は調理するよりも捨てる食材のほうが圧倒的に多く、本当にやっていけるのか不安しかなかったが、最近になりようやく月次で黒字を出せるようになっていた。

 飲食店を評価するインターネット上のサイトにも、数はまだ少ないもののぽつぽつと高い評価が付き始めている。



 SNSで近田大地の結婚報告を見て、結愛はかなり驚いた。近田とは小学五年と六年で同じクラスだった。少し地味な感じで普通の男の子という印象。学校から帰る方向が真逆だったので、一緒に下校しながらしゃべるということをしたことはない。

 SNSのプロフィールを見ると、近田は今は九州のほうのけっこう大きな都市に住んでいて、業務用ソフトウェア会社で営業をしているらしい。

 近田の結婚報告のメッセージにはすでに、「おめでとうございます」というような同級生のコメントがいくつも書き込まれていた。「同性婚はまだ少なくて大変かもしれないけど、がんばってね!」などと書いている者もいた。

 結愛も、

「ご結婚おめでとうございます。パートナーの方と末永くおしあわせに!」

 とお祝いの言葉を書きこんだ。





川渕淳です。この度は皆さんに非常に残念なお知らせがあります。

わたしたちの卒業年度で、一年一組の担任を務めてくださいました、

豊島悦男先生が、今月二日にお亡くなりになりました。

葬儀はご家族のみで終えたようです。

豊島先生には本当に良くしてくださいました。

ときに厳しいところもありましたが、とても優しくわたしたちに接してくださいました。

今のわたしたちがあるのも、豊島先生のおかげと言っても過言ではないでしょう。

本当に残念です。

先生のご冥福をお祈りいたします。


※※※


 結愛と川渕淳とは、小学校一年二年と、五年六年で一緒のクラスだった。ずっと学級委員を務めていた優等生。小学校五年のとき、なぜか結愛が学級副委員をやることになったため、そのころにそれなりに親しくしていた。

 月に一回、全クラスの学級委員・副委員が集まってクラスや学校の課題を報告し合ったり、学校行事の進行役の決定をしたりする、「全学級代表会議」というのがあったのだが、結愛はそれに川渕と一緒に出席した。

 会議が終わる時間は、だいたい午後五時前くらいと少し遅く、それから帰路を途中まで一緒に歩いた。

 SNSでの川渕のプロフィールを見てみると、現在の住所は地元のままになっている。ということはずっと地元に留まっていたのか、それとも学校を卒業した後、地元にUターンしたのだろうか。

 豊島悦男先生が亡くなった、という書き込みを見て、結愛はまったく無感情だった。たしかに小学校一年で担任を受け持ってもらった。そのころすでに豊島先生は定年間近で、髪の毛の量がカツラのようにやたら多いのに総白髪で、子供のころの結愛にはその姿が少し異様に見えた。

 教室の掃除道具入れのなかを小さく千切った紙で散らかしたということで、なぜか結愛は豊島先生に犯人扱いされ、放課後に残って掃除をやらされたことがあった。

 だから、結愛は豊島先生に対して、とうとう良い印象を持つことはなかった。

 先生の訃報を報せる川渕の書き込みには、「ご冥福をお祈りします」「お悔み申し上げます」「先生にはたいへいんお世話になりました。ありがとうございました」という同級生のコメントがたくさん書き込まれていた。



 片山杏奈からSNSのメッセージが来たのは、その数日後だった。

 杏奈と結愛は家が近所だったので幼いころから仲が良かった。今は離れて暮らしているため気軽に会うことはできないが、文字のやり取りに留まらず、電話でしゃべることもよくある。

 杏奈が送ってきたメッセージの内容は、「豊島先生にお悔みのコメントしたほうがいいんじゃない?」というものだった。

 結愛はそれの意味するところがわからず、しばらく考えていたのだが、どうしてもわからないので杏奈に「どういうこと?」と聞き返した。

 いくつかメッセージをやり取りして、ようするに杏奈は次のようなことを言いたいのだと理解できた。

「川渕淳の、豊島先生が亡くなったことを報せるコメントに、同級生のみんなは『お悔み申し上げます』みたいなことを書いてるんだから、結愛も一言なにか書いたほうがいいんじゃない?」

 結愛は眉をしかめる。

 誰にお悔みを言うか言わないかは、個人の自由ではないか。好きな人が亡くなったら、悼む気持ちはしぜんに出て来ようものだし、好きでなかった人にそんな虚礼を尽くす必要があるのか。

 しかも、コメントを書き込む対象は、豊島先生に対してでもないし、豊島先生の遺族に対してでもない、学級委員だった川渕の書き込みではないか。

 豊島先生はどうやらSNSのアカウントは持っていないようだし、川渕の書き込みに対してお悔みを申し上げたところで、それを遺族が読むとも思えない。

 なぜわざわざそんなことをしなければならないのか。

 遠慮なしに自分の思うところを杏奈に言った。

 杏奈は、「わかるよ。わかるけど」というメッセージに続いて、次のように送ってきた。

「でもね、同級生のほとんどの人が、豊島先生に対して追悼のコメントを書き込んでるんだよ。個別のメッセージのやり取りで、『あの人はお悔みを言ってない、冷たい人だ』みたいに言ってる人もいるみたい。まあ、うちらの同級生は数が少ないから、狭いコミュニティだしね。なかには豊島先生が大好きだった同級生もいるわけだし。それに、先生には少しはお世話になったのは間違いないんだから、ウソでも書いてて損はないんじゃない? 一言書くだけで印象を良くできるなら、別にいいでしょ?」

 その旧友からの忠告を読んで、結愛は「わかった。考えとく」とおざなりに返事をした。


 それから数日後、結愛は飲食店評価サイトに、自分の店が星ひとつの最低評価を付けられているのを見つけた。

 星は五段階で評価されるようになっていて、今までいくつか評価されていたが、星三つから五つまでのどれかだった。

 結愛は、自分の腕には自信がある。まさか星ひとつを付けられるようなことがあるとは予想もしていなかった。

 いったい誰がそれを評価したのか。評価者は当然匿名で、店側から個別に連絡を取れないようになっている。星ひとつの評価者は「シェフがとても冷たい態度の接客でおいしい食事も楽しめませんでした。」などと書いてある。

 店の営業中、結愛はひたすら厨房にいて調理をしているため、客の前に出ることはない。きっとこの評価者は、店に来ずにいいかげんなことを書いたに違いない。しかし、いったい何が動機となってそんなことをするのだろうか?

 まさか、豊島先生の訃報にお悔みを申し上げない結愛に対して、いやがらせをするためにSNSグループの同級生の誰かが、こんなこを書いたのだろうか。

 SNSの自分のプロフィールに結愛が現在、洋食店を経営していることは書いている。だから同級生のほとんどは、結愛の店のことも知っているだろう。SNSに参加してる同級生は五十人近くいるのだから、そのなかに結愛の言動を面白く思わない者が、一人くらいはいるのかもしれない。

 しかし、何の証拠もない。


 その日の夜、結愛は悩みながらも、SNS上へ豊島先生へのお悔みの言葉を書き込んだ。

 店をやってる以上、評判が下がるようなことはでき得る限り避けるべきなのだろう。杏奈が言うとおり、一言書くだけで「冷たい人」みたいな評判から逃れられるなら、安いコストではないか。


「遅くなって申し訳ございません。豊島先生のご冥福をお祈りいたします。小学校一年のときに担任を受け持っていただいていました。とても優しい先生でした。」


 コメント欄を見ると、たしかにSNSグループの九割以上の人が何かしらのコメントを書き込んでいた。杏奈のものもある。

 それらが書き込まれた日時を見てみると、最初の川渕の書き込みから五分も経たないうちに書き込まれていたものも、いくつかあった。

 たしかに、こんなに早く反応している人が多いなか、無視している人がいるのは少し感じが悪いという気はする。

 でも、何か腑に落ちない。





佐川美月です。

わたし、来月結婚することになりました。

お相手はひとつ年下の同じ会社で働く男性です。

結婚式や披露宴に関しては、また個別にハガキを送りますので、

そちらをご覧ください。


※※※


 SNSのその書き込みを見つけたときには、すでに「みつきちゃん、おめでとう!」みたいなコメントがたくさん付いていた。

 結愛は佐川とはあまり仲良くなかった。別にいじめられたりいじめたりするような関係ではなかったが、そもそも一度も同じクラスになったことがなかったため、彼女のことはあまり詳しく知らない、というのが本当のところだ。喋ったこともほとんどない。

 結愛は多少めんどくささを感じながらも、「ご結婚おめでとう。しあわせになってね!」と書き込んだ。





大西比奈乃です。

私事で恐縮ですが、この度わたしは離婚することとなりました。

主人とは何度も話し合いの機会を持ちましたが、

これからの将来、別々の道を歩むのが、

二人にとって最善の選択だろうという結論になりました。

結婚の際にお祝いをくださった皆様にはまことに申し訳なく思っています。

なお、息子の親権はわたしが持つこととなりました。

こんなことになりましたが、今後ともよろしくお願いします。


※※※


 それにしてもなぜこの人たちは、冠婚葬祭に関することを露出狂のように他人にわざわざ教えようとするのだろう。

 お祝い事である結婚ならともかく、離婚まで報告しなければならないのだろうか。結愛はうんざりしながらそう思う。

 大西比奈乃とは中学までは一緒だったが、高校が別々になったため、それ以降は一度も会っていない。そもそも結愛は大西が結婚したこともしらなかった。

 すでに大西を励ますような同級生のコメントが溢れている。

 結愛は、

「お辛い決断でしたね。これからはお子様とおふたりで力強く生きていけることをお祈りします」と書き込んだ。





みなさん、おひさしぶりです。三好あかねです。

実は、先週交通事故に遭いました。

両脚を骨折してて、ただいま入院中です。

ギプスは来月には取れる予定になっていますが、

その後もリハビリしなきゃいけないので本格復帰まではかなり時間が掛かりそうです。

予定していた舞台も降板することになり、

たくさんの方にご迷惑をおかけすることになって、

大変申し訳なく思っています


※※※


 三好あかねは誰とでも仲良くできる明るい性格の持ち主で、同級生のなかで人気者だった。そればかりではなく、子供のころから誰もが目を見張るような整った顔立ちをしていた。高校卒業後は東京の劇団に入り、今は大手芸能事務所に所属して俳優として活躍している。

 映画やドラマの脇役として出演することもあり、ミュージカルなどの舞台でも活躍している。いわば、同級生のなかの出世頭だった。

 結愛はいつものように死んだ心で、「交通事故、大変でしたね。お見舞い申し上げます」というようなことを書き込んだ。

 しかし今回はそれには収まらず、学級委員だった川渕淳が、「みんなで千羽鶴を折って、三好あかねさんに届けよう」などと書き込み、それに多くの人が賛意を示した。

 三好あかねはその提案に対して、「みんな、本当にありがとう!無理しないでね」と反応していた。

 この千羽鶴を折るという件については、言い出しっぺの川渕が取り仕切ることになった。同級生一人当たり五十羽のノルマが割り当てられ、完成したら川渕の自宅へ郵送し、その後に川渕が代表して三好の入院している病院へ郵送する、ということになるらしかった。

 あくまでも千羽鶴の作成は自由参加ということだったが、暗黙のうちに強制されていると、結愛は感じた。

 杏奈にメッセージを送ってたずねてみても、「まあ、こういうのはやっといたほうが無難なんじゃない? へんな評判立てられるのもいやだし」ということだった。

 鶴の折り方など、覚えていない。

 仕事を終えて疲労困憊のなか、結愛は動画サイトで鶴の折り方を確認してから、不器用な手つきで折り始めた。





 毎週、SNSには知り合いから何かしらの報告がある。誰もが競うように、SNSに写真をアップロードする。

 それにいちいち反応しなければならない。無視すれば「あの人は冷たい」などと言われる。

 まるで自分がSNSに使われているような錯覚さえ覚える。

 結愛自身も、自分の人生がいかに充実しているかを示すかのように、いろんな写真をアップロードする。

 お正月には雑煮、二月は恵方巻、春には花見、七月には土用のうなぎ、秋には旅行、クリスマスにはケーキ……。

 結愛がアップロードしたその写真に、いいね!とともに「きれいですね」とか「おいしそう」というコメントがたくさん付く。

 それを読むたび、ため息をつきながら愛想を振りまく。





みなさん今日は。

悲しいお知らせです。

同級生の山口結愛さんが亡くなったそうです。

みなさんご存知のとおり、山口さんは念願の自分のお店を開業し、

毎日がんばっていたようですが、

数か月前よりうつ病を発生して、通院していたそうです。

お店の経営はそれなりに順調だったようなんですが、

なんでこんなことになったのか……。

たいへん残念です。


※※※


「山口結愛さん……、仲良くしてくださいました。本当にありがとうございました。」


「そんな……、結愛ちゃん早すぎるよ」


「山口さんのご冥福をお祈りします」


「結愛さん、お悔み申し上げます」


「結愛ちゃん、辛いことがあったなら相談してくれれば良かったのに……。ご冥福をお祈りします」


「結愛ちゃん、毎日SNSにキレイな写真をアップして、とっても幸せそうだったのに、なんでこんなことになったんだろう……。本当に悲しい」


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