第五話 悪霊の判決

7月16日付 毎朝新聞朝刊


肝だめしで勘違い? 男性殺害で女を逮捕


××県警は、殺人罪で○○市に住む藤堂静香とうどうしずか容疑者(23)を逮捕したと発表した。

15日未明、「車で友人をひいてしまった」と救急に通報があり、救急隊と警察署員が○○市の南側にある高井山ふもとに向かったところ、心配停止状態の男性を発見した。男性は何度も自動車ではねられたような傷があり、まもなく搬送された先の病院で死亡が確認された。警察は同行していた三人から詳しく事情を聞いていたが、自動車の所有者である藤堂容疑者の犯行と断定。逮捕に至った。

殺された男性と藤堂容疑者と同行者は皆顔見知りで、この日はかつてリゾート施設として営業していた廃ホテルに肝だめしに行っていたという。

藤堂容疑者は調べに対し、「男性が悪霊に取りつかれて襲い掛かって来て、怖くなって車ではねた。動かなくなっている男性の姿を見て、助けなければいけないと思い救急車を呼んだ」などと供述し、容疑を一部否認している。警察では同行者に詳しく事情を聞くなど捜査を進めている。




7月23日発売 週刊文潮


悪霊退散? 肝だめし殺人事件、容疑者女と被害者に金銭トラブルか?


「悪魔祓い殺人事件」とでもいうべきか。

今月中旬○○市で発生した、肝だめしに行った際に藤堂静香容疑者(23)が知人男性のAを車で轢き殺した事件で、新たな事実がわかった。

事件を簡単に振り返ろう。肝だめしに行ったのは、被害者Aと藤堂容疑者、そして知人の男Bと女C。行先は地元で有名な心霊スポットである山奥の廃墟。この廃墟は、かつてはリゾート施設「ニュー都ホテル」として営業していたが、平成不況のなかで資金繰りに行き詰まり廃業したという。同行者BとCは交際中だが、Aと藤堂の関係は過去の恋人同士、つまり元カレ元カノという関係だった。

こんな微妙な関係のなかで彼らがどういう心境で肝だめしに出掛けたのかは不明だが、廃墟を一通り巡った後の帰り、先に運転席に座った藤堂がいきなり車を発進させ、まだ乗車していなかったAをはね、その後もバックと前進を繰り返して何度もAの身体の上を往復したという。救急隊が駆け付けたときには、Aの身体は、ミンチ状に粉々になった肉片から折れた骨が飛び出しているといった状態でとても生存が期待できるものではなかった。

20代の女がここまで悪逆な犯行に及んだ理由は――。藤堂とAがかつて交際していことは先述したが、その期間中に藤堂はAに200万円を借りていたという。やがて、ふたりは性格の不一致を理由に交際を解消するが、その際Aは藤堂に借金の返済を迫ったものの、藤堂はすぐには無理だと言って、毎月少しずつ返済することを約束していた。Aにはやがて別の恋人が出来たようだが、貸し付けが残っている以上、藤堂との関係を完全に断ち切ることはできず、不定期に連絡を取り合っていた。

藤堂はなぜそんな多額の借金をしていたのか。大学卒業後に市内の建設資材販売会社に事務職として勤務していたが、地味な見た目とは裏腹にかなり派手な生活をしていたらしい。元カレであるAをひき殺した車も、新車で買えば1000万は下らないという外国製のスポーツカーだった。「Aと別れた後は少し自暴自棄気味で、週末の夜にホストクラブで遊ぶ姿を見た」という同僚の証言もあった。当然、20代OLの給料でそんな生活を維持できるわけはなく、A以外にも消費者金融や知人にも借金をしていた。その中でも、厳しくカネの取り立てをしていたのはAだった。

警察の取り調べに藤堂は「肝だめしの最中にAが悪霊にとり憑かれて襲い掛かってきた。怖くなって車でひいた」という証言を繰り返しているようだが、金銭トラブルが原因だった可能性は高い。また、先ほどの藤堂の同僚によると、「Aが自分と別れた後にすぐに次の彼女を見つけたのが悔しい」などとも言っていたという。

ちなみに現場となった「ニュー都ホテル」についてだが、近隣住民によると「週末の夜になると若い者がよく肝だめしに行っているみたいだが、実際に幽霊が出たという話は一度も聞いたことがない」。またこの住人によると、「リゾート施設建設計画が起ち上げられたころには、あの場所に施設を作ることは地域では反対しており、今も建物が残っていることを苦々しく思っている人が多い。当然、営業中も地域住民は一度も利用しようとしなかった。一刻も早く撤去してほしい」ということだ。

借金を負った悪魔祓いの容疑者に、法はどのような裁きを下すか。地検は来週にも藤堂容疑者を殺人罪で起訴する方針だ。




7月23日発売 週刊新春


恐怖! 幽霊の仕業か? 肝だめし殺人事件の同行者2名に独占インタビュー!


すでに各メディアで報じられているとおり、先日16日、○○市で廃墟となったリゾートホテルへ肝だめしに行った際に元交際相手であるAを車ではね殺害したとして逮捕された藤堂静香容疑者(23)。藤堂容疑者は悪霊に憑かれたAから身を守るためにやむを得なかったと主張しているが、真相はどうか。そこで週刊新春は、この肝だめしに同行していたMさん(25歳男性)とFさん(23歳女性)にインタビューを試みたが、ふたりの口からは身の毛もよだつ衝撃的な真実が語られた。以下、その様子を掲載する。


――よろしくお願いします。まず、MさんとFさんは交際しているということでよろしいですね?

M はい。

F そうです。

――Fさんは藤堂容疑者とどのような経緯で知り合ったんですか?

F 藤堂さんと私が同じ大学で同じ学科だったんです。在学中はそれほど親しくはなかったけど、お互い、いちばん仲の良かった友達が遠方へ就職したり実家のほうに帰ったりしてたので、1年くらい前からなんとなく会って食事を一緒にしたりするようになりました。

――つまり、Fさんは藤堂容疑者と5年ほど前から面識があると。

F そうですね。

――藤堂容疑者は、学生のころはどんな感じでしたか?

F 地味な感じでしたね。サークル活動なんかもしてなかったようで、決して目立つようなタイプではなかったです。でも、就職してからは自由に使えるお金が増えたせいか、少し派手になったようです。

――藤堂容疑者と被害者Aさんは、いつから交際するようになったんでしょう。

F 就職して、その年の5月くらいだと思います。ゴールデンウィークには新しくできた彼氏と行く、と言っていましたから。

――その後、藤堂容疑者とAさんは別れたということですが?

F ええ。でもその後も友達の関係は維持していたようです。

――事件当日のことを教えてください。

M あの日は土曜だったので、僕とFはよく行く居酒屋で呑んでたんですが、そこで偶然、藤堂さんとAと会って……。と言っても、僕たちはだいたい毎週、金曜か土曜のどちらかはその居酒屋に行くような習慣になっていたので、バッタリ会うというのはそれほど珍しいことではなかったというか。

――藤堂容疑者もAも飲酒していた?

M いえ。Aさんだけでしたね。藤堂さんは車で来ているからもっぱらソフトドリンクを飲んでいました。

――肝だめしに行こうと言い出したのは?

M 僕です。僕だけは県外の出身なので、このへんのことはあまり詳しくは知らなかったんですが、偶然インターネットで心霊スポットを調べていると、あの廃ホテルのことを知って、酒を呑んだ勢いもあって行ってみようかなんてことを冗談で言うと、意外にもみんな乗り気で。

――地元では有名な心霊スポットなんですか?

F そうですね。市内のある私立大学のアメフト部では、新人歓迎会としてあの廃ホテルに行って根性を見せるのが伝統儀式になっている、なんて噂もあるくらいです。

――具体的に、どんな心霊現象が起こると言われてるのでしょうか。

F 具体的には……。漠然と「オバケが出るぞ」とか「悪霊に乗り移られる」みたいな、そんなものでした。

――Fさんは、Mさんが「肝だめしに行こう」と言って、反対しなかった理由は?

F 私自身、そういう心霊現象とかは信じないタイプだったので、お酒が入っていたのもあって、気が大きくなってたんだと思います。

――藤堂容疑者とAさんの様子はいかがでしたか?

M 「よし、行こう」ってふたりとも前向きでした。藤堂さん以外はみんなアルコールを呑んでいたので、必然的に藤堂さんの運転で行こうということになりました。

――で、夜中に廃ホテルに行った、と。

M 途中、コンビニに寄って懐中電灯をふたつ買って行きました。現地に到着したのは、日付けが変わって午前0時半くらいだったと思います。正面出入り口の前に車を停めました。しかし、やはり有名な心霊スポットだけあって来る人が多いのか、地面は雑草が生えているのですが、車のタイヤが通るところは草が生えておらずワダチのようになっていました。

――なかの様子は?

F 鍵などはまったく掛かってなくて、すんなりと入ることができました。一階はホテルのロビーになっていたところで、古いソファーがいくつか置きっぱなしになっていました。床には古い雑誌が何冊か散らばっていて、懐中電灯で壁を照らすと、スプレーでの落書きがたくさんありました。

――怖くありませんでしたか?

M 雰囲気はとても怖いものでしたが、先ほど言ったとおり、四人のなかで心霊現象を信じている人はいなかったので、どこか楽観していました。

――その後も廃ホテル内の探索を続けた?

M はい。一階の、レストランになっていたであろう場所や厨房などを一通り行った後は、階段を登って二階に行い、客室になっているところへ入ってみました。客室は六畳くらいの広さで、ベッドや木製の机などは営業していたころのものがそのまま置いてありました。

F 客室になると、壁の落書きや荒らされたような跡は少なくなって、あまり人が入っていないようすでした。

――その後は?

M 二階の部屋を一通り見て回って、今度は三階に行ったんですが、ここも客室になっていて、特に二階と変わったところはなかったんです。だから、扉を開けてなかを懐中電灯で照らしてすぐに出る、ということを各部屋で繰り返してたんですが……。たしか、312号室だったと記憶していますが、その部屋だけは何かほかの部屋とは様子が違っていたんです。まず、広かった。たぶんほかの部屋の倍くらいはあったんじゃないかな。

F ダブルやツインの部屋というわけではないんですけど、なぜか不自然に広いんです。そして、壁紙がそれまでの部屋と違って、黒というか、かなり濃い色になっていました。

M とりあえず四人でなかに入って、机の引き出しやクローゼットなどを開けてみたんですが、特におかしなところはなかったんです。で、Aさんはユニットバスになっている浴室の方へ入って行ったんですが、そこでいきなり、Aさんが、「うわあああ」というような大きな声を上げたんです。

――それを聞いて、どう思いましたか?

F びっくりしましたが、Aさんが私たちを怖がらそうと思ってわざとそんな声を上げたんだと思いました。

M 僕もです。……でも、浴室から戻ってきたAさんは、様子が違っていました。僕が手に持っていたいた懐中電灯でAさんの姿を照らすと、なぜかはAさんはずぶ濡れになっていて、中途半端に開いたくちびるを小刻みに振るわせていました。そして、その口からは、小さい声で「コロス、コロス」とか「ケイダ、ケイダ……」という低いうめき声のようなものを繰り返し発していました。

――ケイダ? どういう意味ですか?

M それは僕たちにもわかりません。……僕は、「Aさん、ふざけるのはやめてください」と言ったんですが、Aさんはいきなり腕を振り回して僕に襲い掛かってきたんです。その攻撃は避けることができて、Aさんはバランスを崩して倒れたんですが、すぐに立ち上がってまた襲い掛かってきました。

F Aさんを除く私たち三人はパニックになって、Aさんから逃げました。Aさんは廊下の床に落ちていた角材を拾って、私たちを追いかけてきました。

――Aさんの身に何が起こったのですか?

M わかりません。ただ……、その言いにくいのですが、ひょっとしたら悪霊に憑かれたに違いない、とその時とっさに思いました。

F Aさんは普段から冗談を言ったりするほうですが、人を怖がらせるためにあんな演技をしたというのとは確実に違っていました。……本当に、Aさんじゃない人のようでした。

M その後、走って一階まで降り、ホテルを出て藤堂さんが最初に車に乗り込んだんですが、ホテルの出入り口を出て少し行ったところでFさんが脚をすべらせてしまったんです。手に角材を持って口からよだれを垂らしながらAさんがすぐそこまで迫って来ました。「もうダメだ」と観念しそうになったところ、ものすごく大きなエンジン音を立てながら、Aさんを車がはねました。

――それが、藤堂容疑者が運転する車だったと。

F そうです。

M その後もAさんは痛みを感じていないのか、すぐに立ち上がってこちらに襲い掛かって来ようとしました。藤堂さんはAさんが起き上がるたびに車をバックさせて、勢いをつけて何度も車体をAさんにぶつけました。Aさんは血まみれになって、顔がつぶれて全身のあちこちから骨が飛び出すようになっても、起き上がっていました。

――藤堂容疑者は警察の取り調べにも、Aさんが悪霊に憑かれたから車ではねた、と主張しているようですが、実際におふたりは、Aさんは何かに憑かれていたと思いますか?

M そう思います。もしあのまま藤堂さんが悪霊に憑かれたAさんを車でひいていなければ、僕たちは間違いなく殺されていました。

――つまり、藤堂さんの行為は正当防衛だと?

F そうです。藤堂さんは私たちの命の恩人です。

――その後、救急車を呼んでいますよね。救急に電話を掛けたのは誰ですか?

F 藤堂さんです。ようやく落ち着きを取り戻したころに、藤堂さんはAさんの無惨な遺体を見て、大号泣し始めました。「ごめんなさい」と何度も叫ぶように繰り返していました。そしてすぐに振える手で携帯電話を手に取って救急に電話を掛けました。

M Aさんの遺体は粉々になっていたので、僕たちは、もう救急車が来ても助からないよ、というようなことを藤堂さんに言ったんですが、万が一にも助かる見込みがあるなら、と言って電話を掛けていました。

――なるほど。藤堂容疑者にAさんを殺害するほかの動機、たとえば個人的な怨恨やトラブルはあったと思いますか?

F ないと思います。確かに、Aさんと藤堂さんが別れた後にAさんが新しく恋人を作ったと知ったときは少なからずショックだったようですが、それが殺人を犯すところまで発展するとはちょっと思えません。それなりに健全な友人関係を維持していました。

――藤堂容疑者はAさんに借金があったようですが。

F それは聞いたことないですね。

――最後に、もしこれから当該ホテルへ肝だめしに行きたいという人がいれば、何と声を掛けますか?

M 絶対に止めてください、と言います。

F あそこは本当にヤバいです。思いとどまってください。




9月5日発売 月刊誌「熟議」掲載コラム


今年7月に肝だめしをきっかけに発生した殺人事件が、法律関係者のなかで静かな議論を巻き起こしている。事件としては、女が元交際相手の男を車でひき殺したという単純なものなのだが、公判で被告側弁護人が、正当防衛あるいは業務上過失致死であると主張したためだ。

事件の詳細はすでに多くの媒体で報道されているため、ここでは繰り返さないが、遺体はこの上ないくらいに損壊していて、殺意の有無は論じるまでもない。一方で動機に関して被告は「悪霊に憑かれた男が襲ってきたのでやむを得ずにひき殺した」と供述を繰り返している。

この一見、荒唐無稽な供述だが、被告が本当に、被害者が悪霊に憑かれたと思い込んで殺害に及んだのならば、誤想防衛で殺意が否認され、殺人罪には問われない可能性があるというのだ。

具体的な例を挙げよう。あなたが夜道を歩いていたとき、前から誰かが手に棒状の何かを持ってこっちに近付いてきている。あなたは相手が手に持っているものをナイフだと認識し、相手はあなたを殺そうとしていると思って、正当防衛として相手を殴った。しかし相手が手に持っていたのは傘で、当然相手にあなたを殺そうとする意図はなかった。この場合、あなたは傷害罪に問われるか、否か。つまり、正当防衛が勘違いだった場合なのだが、これを専門用語では誤想防衛という。

この誤想防衛の場合は、正当防衛と違って無罪放免ということにはならないが、故意性は棄却されるのが通説となっている。つまり先ほど挙げた例だと、傷害罪ではなく過失致傷罪になるのだ。当然、傷害罪よりも過失致傷のほうが罪は軽い。

で、今回議論になっている事件についてだが、被告が本当に「悪霊に憑かれた男が襲ってきたのでやむを得ず」と思い込んで殺害に及んだのならば、先ほどの例と同じように故意の殺人ではなく業務上過失致死ということになる。

はたしてこのような主張が通るのかどうか、また、学説では誤想防衛は故意性を棄却しないというのもあり、どのような判決が出されるのか注目されている。

なお、被告には精神鑑定が実施されたが、責任能力有りという判定がされている。

余談として、本当に被害者の男が悪霊に憑かれていたことを法廷で弁護側が立証できた場合は、正当防衛が成立するだろう。もちろん、そんなことは有り得ないが。




インターネット上の書き込みの一部抜粋


「ニュー都ホテルって、あの超S級心霊スポットだろ?」


「あー、あそこなら悪霊に憑かれてもしゃあないわ」


「あそこよりもとなりの市になる弥陀池のほうが心霊スポットとしてはオススメだよ。呪われること間違いなし。有名霊能者のお墨付き」


「ニュー都ホテル、あれは本当に洒落にならん。先輩が3人で行ったらしいんだけど、一緒に行った人が1週間後に電車に飛び込んで死んだってよ。きっと呪われたに違いない」


「逮捕された女、正当防衛主張だって。恥知らずにもほどがあるよな。借金帳消し狙って昔の男を心霊スポットに呼び出して殺害なんて、鬼畜の所業だぜ」


「こいつ死刑でいいだろ。なんでこんなやつを税金で養わなきゃいけないんだよ」


「こんな心霊スポットあったのか。知らなかった」


「俺霊感あるんだが、昔一度だけニュー都ホテルに行ったことあるけど、ぜんぜん大したことないよ。せいぜいザコい地縛霊がちょろっといるくらい」


「ニュー都ホテルの霊は一度憑かれるとどうしようもない。本当に死ぬまで追ってくるよ。並大抵の霊能力者じゃ祓えないね。俺ならできるけど」


「オレ市内に住んでる。今度ニュー都ホテルに行ってみるわ」


「犯人の女の子、なかなかかわいかったな」


「悪霊に憑かれた男が襲い掛かってきたんだろ。そらぶっ殺しても仕方ないわ」


「小中と犯人と同じ学校に通ってた。藤堂静香って名前のとおり、おとなしい感じの子だったよ。成績は中の上くらいだった。本当に普通の女の子。こんな事件を起こすなんて、信じられない」


「こんな女死刑にしろよ。人を殺したなら、よっぽどの理由がないかぎり死刑にするべき」




10月28日発売 季刊誌「実話オカルティスタ」冬号


悪霊の判決か!? S級心霊スポットで起こった惨劇、驚きの結末!


今月1日に××地方裁判所で下されたある判決が、各界に波紋を広げている。

事件の詳細は後述するとして、被告は殺人罪で起訴され検察により懲役20年が求刑されていたのだが、何と一審の判決は求刑を超える死刑だったのだ。検察の求刑を超える判決、しかも被害者がひとりの殺人事件で死刑判決が出るのは異例中の異例だ。弊誌の顧問弁護士で愛読者でもある佐藤光男弁護士に話を伺うと、「放火や外患誘致などの犯罪では、被害者の数がゼロでも死刑判決が出ることは有り得る。また、殺人罪でも一名の被害者で死刑判決を出せることは理論上は可能だが、ほかの犯罪との兼ね合いや公平性を考えると、このケースで死刑判決が出るのは普通に考えて有り得ない。審理に何か問題があったのではないか」ということだ。

事件は今年7月の中旬、二組の男女カップルが心霊スポットとして名高い○○市の廃墟「ニュー都ホテル」に肝だめしに行ったことに端を発する。メンバーは被告の藤堂静香とその交際相手のA、藤堂被告及びAともに面識があるBとCだ。

本誌に寄せられたニュー都ホテルに関する情報によると、この廃ホテルは現地では超有名な心霊スポットで、季節を問わずに侵入を図る者が絶えないという。ここで起こる心霊現象としては、写真を撮影すると人影が写る、どこからか女の叫び声が聞こえる、などというものが報告されている。また、複数人でこの廃ホテルを訪れた場合で、最も奥の部屋に棲むという最強の悪霊に憑かれた者は、同行者を必ず殺害するという噂もあるようだ。実際、過去に三人でこのホテルに侵入し、そのうちの一人が発狂してほかの一人を殺害、残りの一人は不審な自殺を遂げたというインターネット上の書き込みも見られる。

藤堂被告とAとBとCは、土曜日の深夜に廃ホテルに侵入し、内部探索を続けていたが、生存者であるBとCの証言によると、三階のある部屋に入ったときにいきなりAが発狂してBに襲い掛かってきたという。最初は冗談だと思っていたが、床に落ちていた角材を手に取って攻撃してきたために、三人は廃ホテル外まで走って逃げ、外に駐車していた藤堂被告所有の車内に避難、それでもAは襲い掛かってきたため、やむを得ず藤堂被告はAを車でひいて制圧した。BもCも一部週刊誌の取材で、「発狂した後のAさんの姿は尋常ではなかった。悪霊に憑かれていたに違いない」と証言している。

藤堂被告は間もなく逮捕され殺人罪(求刑懲役20年)で起訴されたが、第一回目の審理で弁護側は「悪霊に憑かれた人間から身を守るには必要な手段だった」と正当防衛を主張。このとき傍聴席からは失笑が漏れたという。

ただ、続く証人尋問で同行者であったBとCが、Aは悪霊に憑かれていたのは間違いないと証言し、そのときの状況を生々しく語るに及んで裁判所内の雰囲気は一転し、判決及び量刑を決定する裁判員の表情も曇りを帯びたものになった。BもCも、藤堂被告は無罪であるという考えを示していた。

少々複雑になるが、判決の論点は藤堂被告が、①Aは悪霊に憑かれていないとわかっていながら、車でひいたのならば検察の主張どおり殺人罪が成立、②Aは悪霊に憑りつかれてはいないが、憑かれていたと被告が誤認していたという主張が認められるならば、業務上過失致死罪が成立、③Aが悪霊に憑かれていたと認められれば、正当防衛で無罪、となる。

つまり「被害者が悪霊に憑かれていたか否か」という前代未聞の判断を裁判所は迫られたわけで、判決に注目されていたのだが、記事冒頭に書いたとおり結果はなんと求刑を超える死刑判決が下された。

いったい、裁判官及び裁判員は、どのような議論を経てこのような結末に至ったのか。本誌は裁判所に取材を試み、内部の事情を詳しく知る関係者の証言を得ることに成功した。

この関係者によると、審理の後の事実認定及び量刑を決定する話し合いで、裁判員のうちの大多数は、さすがに悪霊うんぬんの話は認めることはできないが、強烈な恐怖に襲われた被告が誤認した可能性は高いという意見で、業務上過失致死が成立するだろうという論調だった。

しかし、時間が経過するに連れて次第に被告に対する厳しい意見が増え始めた。裁判員のひとりだった中年女性はいきなり叫ぶような大きな声を出して、「あの女は男を殺そうとして車ではねたに違いない!」と立ち上がり、握りこぶしを振り上げて演説し始めたという。その意見に、「そうだ、そうだ! あいつは殺人犯だ!」と便乗したのは、最初は業務上過失致死を強く主張していた60代男性の裁判員だった。

その他の裁判員も、その過激な意見に吸い寄せられるように、殺意を認定するべきだという意見になった。

関係者は「なぜ彼ら彼女らがいきなり意見を翻し始めたのか、まったくわけがわかりません。ただ、裁判員は皆、目の焦点あっておらず獣のような野太い大声で叫ぶようになりました。小刻みに唇を痙攣させている人もいました。……こう言っては何ですが、まるで全員、何かに憑かれたのではないかと思いました」という。

こんな状況のなかで議論は進んで、やがて殺人罪の成立では全会一致で合意し、量刑を決定する最終段階では、裁判員全員が充血した目をカッと見開いて、「シケイダ、シケイダ」と被告を死刑に処することを求めた。

裁判官は裁判員に対し、この事件で死刑判決を出せばほかのこれまでの判例との整合性が取れないと何度も翻意するように説得を続けていたが、それでも裁判員は全員、「シケイダ、シケイダ」とうめくように繰り返していた。裁判官はそのあまりに不気味な雰囲気に圧倒され、また裁判員の意見が一致してることを鑑みて、求刑を超える死刑判決を出すに至った。

果たして本件の裁判員は本当に「ニュー都ホテル」の悪霊に憑かれたのだろうか。本誌は引き続き取材を継続する。

なお、被告弁護人は判決を不服として即日控訴している。先述の佐藤光男弁護士は、「控訴審ではほぼ確実に死刑以外の判決が出るだろう」という見解を示した。




11月2日付 毎朝新聞朝刊


殺人罪に問われ控訴審中の藤堂静香被告が○○市の拘置所内で死亡しているのが1日朝、見つかった。調べに入った警察は自殺と見ているが、全身に複数の打撲があり殺人の可能性も含めて慎重に捜査している。拘置所を管理する刑務所長は会見で、「前日夜間の見回りで独房のなかで就寝している藤堂被告の姿を看守が確認しており、管理体制に不備はなかった。拘置所内は関係者以外に侵入できる環境にはなく、外部の犯行は考えられない」と話した。藤堂被告は今年7月に殺人事件の容疑で逮捕され、先月には一審で死刑判決が出ていた。


(了)

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