第一章 亜人社会

第一話● 品定め

俺たちヒトの一日はとても簡単だ。

朝早く起きて無意味な労働に従事し、生きていれば帰って飯を食って寝る。

生きていれば……というのは、今の状況のような出来事が珍しくない頻度で起こるからだ……。そう、俺は今、生きる為に森の中を猛ダッシュしている。


(しくじった……!まさか、鳥人族、ハーピータイプが居たなんて……!)


風が唸り声を上げ、空から風刃が降り注ぎ、周囲の樹木をなぎ倒していく。

見えない刃は恐怖を煽るように、そして誘導するように俺の行く手を阻み続け、空からは笑い声も聞こえてくる。


「ねえねえ!何処まで逃げる?何処まで逃げるー?

あっひゃひゃはぁ!遊ぼうよ、ヒト族ー!貴方のお肉を骨をぉ、貪り食ってあげるからさぁ!ふひゃ、あひゃはああ!」


下品な笑いと共に徐々に距離を詰め、風刃が俺の周囲の地面すらも抉り出す。

醜悪な見た目に加え鼻を捻じ曲げるような異臭を放ち、何よりも食欲に目がないのがハーピータイプ……つまり、今の俺は奴に餌って見られてるって訳だ


「ほらぁ!次は当てちゃって、お肉をスライスしちゃって、あぁぁあ、食べたい、食べたいぃぃぃ!!!」

(奴の遊びも余裕がなくなってきたし、……あれだ、あれを探せ!)


誘導されていると理解しながらも、必死で駆け、俺は必死に左右に視界を揺らす

アレが実っていることを祈り、ただ走り続け


(……!あれは!)

「何きょろきょろしてんのぉ!だーめーよぉ!こっちぃ!!あひゃぁあ!」


奴が気まぐれを起こして俺を殺さないことを祈りながら森の奥へ、奥へと進み続けると、空気ががらっと変わった。

より異臭が凄まじくなり、俺は咄嗟に鼻を摘まみ、目の前の光景に言葉を失う。

目の前には大木があり、その周囲にはヒトを始めとした他種族の亡骸が、残飯を捨てるかのように乱雑に捨てられていた。

俺は思わず地面に四つん這いになり、嗚咽を漏らし、ハーピーの接近を許してしまう。


「おえっ、うぷ、おぶえっ……」

「あ、はぁ!ついた、ついたぁあああ!怖がっちゃって、おいしそう……じゅる

あああ!食べる、食べる食べる食べる食べる!」

「げほ……!ま、まて!」


空を飛び続けるハーピーの醜悪な顔が俺に一気に近づいてくる、その時、俺は咄嗟に身体を起こしハーピーに向かって両手を突き出した。


「……あらぁ?それ、アケビ?アケビなの?じゅる、じゅるる、あふぁ」

「あぁ、そうだ。これ食って!それでも腹減っるてなら、俺を食えよ!」

「それだけでお腹は膨れないけどぉ、まあ、たべてあふぇてもひいかな」


涎をたっぷりと垂らし、食欲にだけ目が行ったハーピーに俺は二つのアケビを握り、早さは捨てコントロール重視で放り投げる


「いだだきまあああ!んぐ、あぁ、良い、いいわ、あぁ……

ん、あ、んんん!?あ、ぐ、ぎあ、ぐぐぐぐ…!!!」


瞬間、ハーピーは表情を歪ませ地面をのたうち回る。

口からは血が溢れ、ごぼごぼと泡を噴きながらも口に含んだアケビを飲み込むのは……流石というべきか、僅かに恐ろしくも感じた。


「なに、なにを、いれた、いれ、ああああ!!!」

「はは……石と木の実をちょっとね。きっと死なないからさ、

 俺が逃げる間だけでも、悪いがそこでのたうち回っててくれ。」


ドクウツギと呼ばれる木の実、含まれる毒によって一時的に痙攣と呼吸困難を与える

少なくとも俺の掌も汁の影響で赤くふくらみ、痒みと痛みを感じさせる、流石に命と引き換えにすると安いものだが。


(ヒト以外にも効いてよかった……)


心底ほっとした時、足首に鋭い痛みが走り、足の力を失い地面に崩れ落ちた。

目の前にはまだのたうち回っているハーピーがいる、なのに、なぜ。


「は……?」


まだ動く上半身で後ろを見ると、そこにはもう一匹のハーピーが居た。

……ははは、おいおい、まじかよ。


「きひゃあああ!捕まえたああああああ!!!!」

「……く、くそ、ったれ」


恐怖で唇が震える。アキレス健をやられたみたいで足が言うことを効かない。

俺は、俺はまだ、亜人と、……亜人の友人を一人すら作れてないのに。


「いただき、いただきまああああああああ!!!!」

「や、やめ……っ」


臭い吐息が吹きかかり、俺は吐き気を催すも、食事前だったからか、胃液が溢れるだけに留まり、胃や喉が熱くなる。

ここまでか、と、初めて目尻に涙を溜めこんで目を瞑った直後、透き通るような声が俺の耳に届いた。


「さっきからうるさいし、臭いのよ、お出かけの邪魔」

「くあ!?なんだ、おま―――」


紅い五本の線がハーピーの身体に模様を描く、ぷつ、ぷっと皮が裂ける音を最後にハーピーは6等分され、地面に残骸として崩れ落ちていった。

のたうち回っているハーピーも同様に紅い線を描いたと思えば、全身を切り刻まれ、断末魔を上げることなく、一瞬のうちに絶命した。

紅き爪と、緋色の眼、そして白い髪の少女は俺を見つめて、微笑んだ。

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