もう一人の僕

 家の鍵は開いていた。中に入ると、玄関に僕が座っていた。


 もう一人の僕。


 もう一人の僕は、見ていられないほどに絶望的な顔をしていた。


 絶望的な雰囲気をしていた。


 まるで自分の中にあるマイナスな感情、絶望的な感情だけが抽出されたような――ただただ全てに絶望しているだけの僕が、そこには座っていた。


「そういうことか……」


 自分のことは自分が一番良く分かるというが、それは『もうひとりの自分』に対しても当てはまるようだった。


 ひと目見ただけで、もう一人の僕が、一体どういう存在なのかが分かった。


 分かってしまった。


 ここにいる僕は――今にも死にそうな、死んでしまいそうな顔をしている僕は。


 ここでは無いどこかに行きたいと願い、それを叶えた僕だ。


 ――あぁ、そうか、だから清水さんはお茶を濁すような言い方をしていたんだ。


 この僕を見る前に正しい説明をされたところで、どうせ理解できなかっただろう。


 説明しても分からない、信じないし、納得もしない。だから清水さんは僕に伝えなかった。正確なことを伝えなかった。


 でも、見れば分かる、嫌でも分かる。


「ラスボスか……」


 うん――と清水さんは頷いた。


 ラスボスはモアじゃなかった。この僕だったんだ。ここで死んだような顔をしている僕が、正真正銘のラスボスなのだ。


 この僕は『ここではないどこかに行きたい』と願った僕で、もとの世界に絶望している僕だ。元の世界にいたくないという僕の気持ちだけが、形となって、僕となって、こっちの世界にいるのだ。


 彼がいるから、この世界は存在している。


 彼を倒せば、この世界は無くなるだろう。


 というか、見ていられない。見ていられないほどに、この僕は辛くて――痛い。


 存在していて欲しくない。存在を消してあげたい。


 倒すべきなのだろう。倒さなければいけないのだろう。


 彼を見ていると、そういう気持ちに駆られてしまう。


 たとえラスボスがいると聞いていなくても、ラスボスを倒せば元に戻ると知っていなくても、僕は彼に出逢えば殺意を覚えていただろう。


 殺意――というか、救いだ。


 彼を助けてあげたい。彼を殺すことで彼を救い、自分自身も助けたい。


「自分を守るのは結局、本当に自分だったってことか」


 僕はナイフを取り出した。


「ごめんね」


 そうやって謝るのが義務のような気がした。


 返事をすること無く、ただ僕を見上げ続けている彼に、ナイフを振り下ろす。

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