ユートピア
全てを元に戻すために、全てを終わらせるために、僕達は意気込んで『どこか』の世界に足を踏み入れたわけなのだが――終わりというのはあまりにもあっけないものだった。
僕達がたどり着いた世界――『どこか』は、元の世界とほとんど変わらなかった。違いと言えば、人間がいないことと、色が無かったことぐらいだろう。
そう。
この世界には『色』が無かった。
「なんか……、白黒テレビの中に入ったみたいだよね」
清水さんは言う。
「とりあえず学校を出ようよ」
『入り口』から入って出た先の『出口』のある場所は、同じく学校の教室だった。色がないこと以外は、何も変わらない。
学校を出ると、外には数匹のモア達が歩いていた。さながら、通行人といった様子で。まるでこの世界における一般人のように、一般的な人間のように振舞っていた。僕達を気に書ける様子もない。
「モアたちの……世界、だね」
僕のつぶやきに、清水さんは小さく頷いた。
「えっと……、どこに行けばいいの?」
「たぶん、水石くんの家かな」
清水さんに言われるまま、自分の家へと歩く。
町の景色や建物は、僕達が元いた世界と全く変わらなかった。白黒で、完璧に再現されていた。この世界が僕のつまらない願い事で生まれたというのなら、自分はなんてすごい力を持っているのだろうと感心してしまう。
たまにモアとすれ違う。当然のように、町中をモアが歩いている――そのことに、不思議なほど違和感を感じなかった。
それが当然のように。
町中を住人が歩いていることが、当然なのと同じように。
――僕が願った世界では人も作られようとして、しかし作ることが出来なくて、それで未完成な人間が生まれた。それがモア。
たしかそういったことを、清水さんが言っていた気がする。
だとしたら――
「ねぇ、水石くん」
僕の思考を察したように、清水さんが口を開いた。
「モアってさ、この世界ではこんなに普通なのに、どうしてわざわざ私達の世界に来てまで人を襲うんだと思う?」
清水さんはその答えを知っているような、確信しているような口調で尋ねた。
「……人が、憎かったんじゃないのかな。自分たちがなろうとしてなれなかった存在である、人が」
「あー、なるほどお。わたしは、人間を取り込むことで、少しでも人間に近づこうとしていたのかなあ、って思ったんだけど、そっちかもしれないね」
人を食べることを、取り込むと捉えるのか。
「まあどっちにしろ、この世界を作ったのも、モアを作ったのも、水石くんなんだけどね」
「……自分では、信じられないよ」
「でも、この世界に来て、何か感じることとか無いの? この世界は、水石くんが『ここではないどこかに行きたい』って願って、それで生まれた世界のはずなんだよ? 言うなれば、水石くんの理想の世界――ユートピアなんだから」
「ユートピアかあ……なんていうか、静かで寂しい世界だなあ、としか思わないけどね」
こんな世界を願っただけで作れるなんて、自分はなんてすごい力を持っているんだろう――なんて、さっきは思ってしまったけれど、『ここではないどこかに行きたい』と願って、それで作られた世界が、こんな元の世界と何も変わらない世界なんだから、発想が貧困というか、欲がないというか。ほんとうに『ここではないどこか』でしかない。もとの世界じゃなかったら、本当にどこでもよかったのだろうか。
僕にとってのユートピアなんて、この程度の世界でしかないのだろうか。
……ん? ユートピアってことは――
「ねぇ、清水さん『モア』って呼び方は、清水さんが考えたんだっけ? 」
「そうだよ。ユートピアだからね」
なるほど――ユートピアだからか。
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