ここにいたい

 翌日から、僕のモア退治に、清水さんが同行するようになった。


 同行というか、清水さんが勝手に着いてくる。なんかモテる男の嫌味みたいな言い方になってしまったけれど、誤解の無い事実である。あれから毎朝、僕が家を出ると、玄関の前で清水さんが待っている。今日で5日目だ。


 ……いや、嬉しいんだけど、夢みたいに嬉しいことではあるんだけど――


「あのさ……、毎日僕と一緒にいるけど、ツバサくん、怒ったりしないの?」


「えっ? ツバサくん? あぁ、もう別れたよ? 」


「ええっ!?!?」


 驚きのあまり、大きな声が出た。驚きの中に、少しだけ喜びの声も混ざってしまった。


「い、いつ……!?」


「えーっと、学校が休みになった最初の日かな」


 付き合ってから2週間も経っていない……。


「なんで……別れたの?」


「……一緒にいてつまんないな、って思ったから。少しだけだけど、一緒にいたくない、って思っちゃった」


 いつも笑っている清水さんが、少し寂しそうな顔をして言った。


「わたしのこと、わがままだって、思う? 周りの人の気持ちも考えない、自分勝手な奴だって、思う?」


「えっ……、いや……」


 思わない、とは言えなかった。ツバサくんと付き合ってすぐに別れたことだけでなく、こうやって勝手に玄関で待っていることや、教室で惚気話をしていたことなどがあるからだ。……そういえば、僕が『ここではないどこかに行きたい』と願ったのだって、もとはと言えばそのせいだ。


「……だめなんだよね。少しでも嫌だって思っちゃったら。少しでもつまらないなとか、面倒だなとか、辛いな、寂しいな、って思っちゃうと――ここにいたくない、って思っちゃうと」


「あっ……、そっか」


「うん、『ここじゃないどこかに行きたい』って思っちゃうかもしれないからさ」


 いつもより少しだけ低い声で、清水さんは言う。


「なんていうかさ、嫌なことばっかじゃん? ここって。学校とか、勉強とか、友達とか、彼氏とか――考えちゃったら、全部辛くなったり面倒になったりすることばっかり。進学とか就職とか、将来のことは特にね。だから、もう考えないようにしたの。周りの人の気持ちも、将来のことも。今の自分が楽しかったらそれでいいって、思うようにしたの。そしたらね、学校とか勉強も意外と楽しいし、友達と遊ぶのだって、面倒じゃ無くなるんだよ」


 言い終えると、清水さんは笑顔に戻った。


 ――あぁ、僕と、同じだ。


 考えていることは僕と同じ――それを考えているのか、考えないようにしているのかが、僕と清水さんの違い。


 僕と清水さんは同じ――似ている。


 そう思ったおかげで、清水さんと話すときにずっとしていた緊張が、少し緩くなった。


 でも――。


「でも……それって、本当に楽しいの?」


「それは考えちゃだめなんだよ、水石くん。ちょっとでも楽しそうだなって思ったら、考えずにやってみればいいし、ちょっとでも楽しくないって感じたら、考えずにやめればいい」


「……」


 そういう気持ちでツバサくんと付き合って、そして別れたのか。


 正直、清水さんの考え方は間違っている気がする。真似したいとは思えない。だけど、今の僕よりも、清水さんの方がずっと楽しく幸せに過ごしているのは間違いないだろう。だから、清水さんの考え方を否定することは出来なかった。


「毎日僕のモア退治に着いてくるのも、なんとなく楽しそうだから?」


「うん、非現実的で楽しいよ。水石くんはあんまり喋らないけど、だからこそ居心地がいいし、わたしのこと拒否してる感じもないし、ここにいたくないとは思わないね」


 ……顔が赤くなるのを感じた。


 いやいや、僕と一緒にいたい、って言われてるわけじゃないんだけど、分かってるんだけど、勝手にそう脳内変換されて、嬉しくなってしまう。恥ずかしくなってしまう。顔が熱くなる。


 僕は清水さんに顔を見られないよう、背を向けて話す。


「で、でも、ひとりでいるのが一番いいんじゃないの? 他人の気持ちを考えることも無いし、面倒になることもないでしょ?」


「ううん、逆だよ。ひとりでいるのが一番だめなの。余計なことばっかり考えちゃうし、寂しいし」


「……」


 もっと顔が熱くなる。


 清水さんは、寂しいから僕と一緒にいる。清水さんの寂しさを、僕が紛らわせてあげられている。清水さんは、ツバサ君と一緒にいることより、僕と一緒にいることを選んでくれている。清水さんを――。


 僕が守っている。


『ここではないどこかに行きたい』と思う、気持ちから。


 そんなことは、一言も言っていないけれど……。


 だけど、どうしても考えてしまう。ついこの間まで、一度も清水さんと話したことが無かったのだ。教室で寝た振りをしながら、声を盗み聞いていただけだったのだ。そんな相手と、ここ数日間、ずっと一緒にいる。そんなの、嬉しくて嬉しくて、勘違いしてしまっても仕方ないだろう。


 ――と、自分に言い聞かせる。


「さっ、こんな話はもうやめよう。モアを倒して、『どこか』への入り口を見つけなきゃ。ほら、案内してよ」


 僕は清水さんに軽く背中を押され、そのまま歩き出す。


 ――あぁ、どうして僕は『ここではないどこかに行きたい』なんて願ってしまったのだろう。


 清水さんと話していることは、こんなにも楽しいのに。


 こんなにも心臓が高鳴って、生きていることを実感できるのに。


 出来る事なら、この時間を、ずっと過ごしていたい。


 清水さんと一緒に、にいたい。


 そう思った。


 そう、思ってしまった。

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