背中向きで壁ドン

「……この奥にいる」


 僕はそう言って、曲がり角の手前で壁に張り付いた。


 奇しくもそこは、僕が初めてモアを倒したのと同じ場所。清水さんとツバサくんが……してた場所だ。


「へー、そんなに正確に分かるんだあ」


「ん? 知ってたんじゃないの?」


「だってわたしのときは、目の前だったし、それ以来気配感じてないから。強い気配があることはわかったけど」


「それも、そうか」


 僕は角からゆっくりと顔を出し、モアの存在を肉眼で確認する。モアはこちらに背を向けて、じわじわと足を引きずるように動いていた。


「モア、いた?」


「うん、いたよ」


 ほら――と言って、清水さんと場所を入れ替える。清水さんもゆっくりと角から顔を出し、モアのいる方を見た。


「あっ、ここって――モアって、いつも同じ所に出るの?」


「……いや、近くにいることもあるけど、ばらばらだと思うよ」


「ふーん、そっかあ。『どこか』への入り口も、ずっとそこにあるわけじゃないのかなあ」


「あれだけ歩くのが遅いと、入り口から出てきて、そこまで遠くには行けないよね。それなのに一回も見たことがないってことは、入り口はすぐに消えちゃうんじゃないの?」


 そして入り口が現れる場所も、当然ばらばらだろう。


「そうだよねー。だけど、モアは人を食べたら入り口から『どこか』に戻ると思うんだよ」


「だからって、あいつが誰かを食べるまで待ってるってわけにはいかないでしょ……」


「うん、それはだめだね」


「じゃ、とりあえず倒してくるよ」


 僕はナイフを取り出した。


「あっ、ちょっと待って水石くん」


「え、なに?」


「モアの体、よく見てみて」


 僕と清水さんは、再び位置を入れ替える。僕はもう一度角から顔を出して、モアの体を観察した。特に変わったところは――無い。いや、むしろ変わったところしか無いんだけれど。


「水石くん、あの体、どう思う? 人だと思う?」


「――!!」


 清水さんの驚くほど通る声が、ものすごい近くで聞こえた。見ると、清水さんは僕の背中に覆いかぶさるようにして、僕と同じように角から顔を出していた。


 ――体が……顔が……近い!!


 少しでも動いたら、接触してしまうぐらいの距離に清水さんがいる。前には壁、後ろには清水さん――身動きが取れない。どんどん大きくなる心音が聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらい近い。背中向きで壁ドンをされているような姿勢だ。


 なんだこれ。


 なんだこれ……!!


「ねえ、清水くん、聞いてる? モアって、なんであんな体してるのかな? 」


「えっ!? え、えっと、なんでだろうね……初めて見た時、人になり切れていない、って感じたけど……人以外の何かが人になろうとして、未完成のまま……みたいな」


「あー、なるほどね。うん、うん、なるほどなるほど」


 清水さんは大きく、繰り返し頷いた。その動作で生まれる風が頬に当たる。それぐらい近い……。


「水石くん、その印象はあながち間違ってない――どころか、もしかしたらすごく的を得ているかもしれないよ」


「えっ……?」


 なんか褒められたみたいだけれど、それどころではない。はやくどいてくれ……。


「まっ、わたしの推理はあとで話すとして――とりあえず倒して来なよっ」


 そういうと、清水さんはやっと僕から離れてくれた。


 僕は清水さんから逃げるように、モアに向かって走った。

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