黒い穴

 モアの場所に着くまでの間、清水さんは自分の話をしてくれた。


 ――清水さんが小学生の頃、彼女の両親は夫婦喧嘩が絶えなかったそうだ。今では滅多に無いが、その頃は毎日のように喧嘩をしていたらしい。それでも清水さんがいる前では喧嘩をしないようにと、両親も気をつけていたようだが、あるとき、夕食の最中に夫婦喧嘩が始まった。


 娘の目の前での喧嘩。


 その状況に、清水さんは耐えられなくなり、その場にいることが苦痛になり――。


 ここではないどこかに行きたい――と願った。


「そしたらね――モアが現れたの」


 突然中空に黒い穴のようなものが出現し、そこからモアが現れた。その穴が『ここ』と『どこか』を繋ぐ出入口らしい。


 現れたモアに、清水さんの両親は気付かなかった。見えていないようだった。


 そして清水さんが声も上げられない内に、モアは清水さんの両親を食った。食い殺した。


 清水さんの母親を食べ、父親を食べ、そして清水さんに一瞥をくれると、まるで興味が無さそうに視線を戻し、ゆっくりと黒い穴の中へ戻っていったそうだ。


「そ、そんなことが……えっ、でも、今ではもう喧嘩しないって――」


「そうだよ。お父さんもお母さんも、モアに食べられたけど、ちゃんと戻ってきたよ。その時から、喧嘩もしないようになったの」


「えっ……? モアに食べられた人って、生き返るの!?」


「うん、お父さんもお母さんも、ちゃんと戻ってきたもん。……ただ、今回――水石くんの場合も絶対に同じとは限らないけどね。わたしの時とよく似てて、わたしにもモアが見えるから、きっと同じだとは思うけど、でも、もしかしたら少し違うのかもしれないしね」


「そっか……」


 ――なるほど。どれだけ状況が似ているからといっても、全ては清水さんの推測でしかないのか。


「えっと、清水さんのお父さんとお母さんは、どうやったら生き返ったの? 時間が経ったら勝手に生き返るの? 」


 清水さんは首を横に振った。


「たぶん、待ってるだけじゃ食べられた人は生き返らない。このままこっちの世界でモアを倒し続けてても、被害者を抑えられるだけだと思う」


「じゃ、じゃあどうすれば……」


「だから、モアの来た世界――ここじゃない『どこか』の方へ行かなきゃいけないと思う」


 清水さんは言っていた。「『どこか』に行ったことがある」、と。


「わたしの場合は、お父さん達を食べたモアを追って、黒い穴に入ったら行けたんだけど……、水石くんは、黒い穴、見てない?」


「見て……ないよ。――ていうか、行って大丈夫なの? 帰ってこられるの?」


「わたしは帰って来られたよ。だから水石くんもきっと大丈夫。たぶん」


 すごく不安だった。まあ、どちらにしろ、黒い穴を見つけないことには、どうしようもないんだけれど。


「わたしの前にモアが現れたのはその一回だけだから、モアに食べられた人達を生き返らせたら、もうモアも出てこないんだと思う」


「そっか、それなら……」


 それなら、そうした方がいいだろう。僕が『どこか』とやらに行って、モアに食われた人達を生き返らせて、元の平和な町を取り戻そう。それが僕にしか出来ないのならば。僕がこの事件の犯人だと言うのなら。


 ――まあ、正直まだ半信半疑なんだけれど。


 そうしている内に、モアの気配がする場所まで辿り着いた。

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