僕は正義のヒーロー
ナイフを胸ポケットにしまって、家へと向かいながら、僕は考えた。
きっと、あの化け物の気配が分かったのも、姿が見えたのも、僕だけなのだ。僕は今、返り血を大量に浴びていて、どう見ても異常な姿のまま町中を歩いている。しかし、すれ違う通行人は、誰も僕の姿を見て反応を示さない。
――恐らく誰にも、見えていない。
そう思うと、思わず顔がにやけた。僕だけが特別な気がした。先ほど封印した中二心が解かれる。
そして――またあの気配に襲われた。
さっきとは違う方向、少し離れた場所。全く同じ気配を感じた。感じてしまった。嫌な予想が当たってしまった。やはりあいつは、一匹だけじゃなかったのだ。この町に、あの化け物は複数いる。
今朝の担任の話では、昨日一日で12人もの行方不明者が出たと言っていた。届け出がされていない人もいると考えれば、もっと多いだろう。仮にその12人が全員、あの化け物に食われたのだとしたら、たった一匹の仕業だとは考えにくい。あいつは相当動きが鈍かった。あの鈍さでは、一日で12人なんて無理だろう。さらに言えば、一日で12人もの人間を捕食するには、体の体積が足りない。人間でない見た目をしているが、体の大きさは普通の人間と変わらないのだ。一日で食べられる量には限界がある。
つまり、一匹倒しただけでは、この大事件は解決しない。
――全員、倒さなければならない。
僕は気配をたどって走った。
この町には人を食べる化け物が複数いる。その化け物の気配が分かるのは僕だけで、見えるのも僕だけなのだ。ということはもちろん、倒せるのも僕だけ。実際、僕はあの化け物を一匹倒した。そして清水さんを守ったのだ。
つまり――清水さんを守れるのは、僕だけなのだ。
僕は今、この町で起きている大事件を解決出来る唯一の存在であり、清水さんを危険から守ることの出来る唯一のヒーローなのだ。
一度はこの考えを否定したが、実際にあいつと戦って倒し、そして清水さんを守ることが出来たのだ。もういいだろう。この状況に、思う存分酔ってもいいだろう。
初めてナイフを振るい、生物を殺したおかげで、今僕の頭は正常じゃ無かった。その自覚はあるのだが、一度思い込んでしまうと、もう止まることはない。
僕は正義のヒーローで、選ばれた人間で、物語の主人公なのだ。
今だけでもいい。そう思わせてくれ。楽しいから。幸せだから。
僕は気配をたどって颯爽と走り続けた。にまにまと笑みを浮かべながら。
***
今度は路地裏では無く、山の中だった。木が生い茂る山の中に、少し入ったところ。
奴がいた。
辿り着いた途端、僕の顔から笑みが消えた。
――そこには、やはり未完成な人間の化け物と……頭部を失った人間の男性がいた。
化け物は男性を掴んだまま、口に含んだものを咀嚼するように、口を動かしていた。
あまりのスプラッタな光景に、一瞬体が固まってしまう。しかし、今度はこの光景を覚悟していなかったわけじゃない。
「う、うおおおおおおお!!」
反射的に駆け出す。ナイフを構え、奴の首元目掛けて振り抜く。
僕のことを見てはいたが、避けられる事もなく、受けられる事もなく、いとも簡単に奴の首を切り落とした。
化け物の頭が、ぼとっと落ちる。胴体も、手に掴んだ男性と共に倒れた。
頭部の無い生き物が、二人並んで倒れている。
「はぁ……はぁ……」
改めて思った。こいつは――こいつらは、悪だ。間違いなく。主人公気分を楽しんでいる場合ではない。こいつらは僕以外の人間には見えない。つまり、どれだけ動きが鈍くても、簡単に人間を襲うことが出来る。食らうことが出来る。これは本当に危険だ。
そしてその事実を、僕しか知らない。僕しか認識することが出来ない。僕が戦って、この町を、清水さんを守らなければいけない。
本当に。
真剣に。
僕は家に帰って、ナイフのメンテナンスをし、眠りについた。
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