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 研究所の警備員は、民間の会社に依頼されている。アレクサンダーさんはそれに目をつけ、今回の作戦のために五名、警備員を派遣してもらうように警備会社に依頼した。危険を伴う今回の作戦に彼らが応じたのは、何もアレクサンダーさんから払われる破格の給料のおかげだけではない。彼等もまた、突然発生したシャン・プランツの研究をニホンのチームに取られたことが気に入らないらしいのだ。

 ジュンイチ、と名乗った若い警備員が、「軍なんて所詮、政府の犬だ。奴等にはこの国を守るっていうプライドがない。俺たちはそんなのに負けませんよ!」と息巻いて言う。彼らの役割は、軍のバリケードを崩すことだ。


 予定通り、わたしたちは朝の五時に研究所を出発した。警備員たちは警備会社の所有する車に乗っている。特設チームはアレクサンダーさんの車だ。運転しているのはケインだけれど。アレクサンダーさんは助手席に座り、無線で警備員たちに指示を飛ばしている。わたしとリゼと篠田さんは、後ろの席にぎゅうぎゅうで乗っている。わたしは体型の都合で真ん中だ。車が揺れるたびに、さっき食べた簡易食糧が出てきそうで気持ち悪い。

 私の左隣で、篠田さんはブツクサの説明書を読みこんでいる。間部さんがブツクサと一緒に送ってきたものだ。シャンウェイ博士のチームが来る前に我々のすることは、三つ。


1、シャン・プランツが現場でどのような状態でいるのかの観察。

2、一部組織の採取、およびブツクサによる意思確認。

3、シャン・プランツの保護もしくは処理。※大きさや状況により判断する。


 夜にわたしが話した内容を、リゼは誰にも言わなかったらしい。何にせよ、実際に行ってみればわかることだと思った。見た目が完全にシャン・プランツなのだとしても、ブツクサで確認すればいい。保護に関しては、それができる大きさであることを願うしかない。まだシャン・プランツが繁殖していない国では、シャン・プランツが発生した場合の最終手段として『処理』というものがある。

 どのような処理がされるのかアレクサンダーさんに聞いたら、『焼却処理』なのだと言われた。疑念と不安の上に、さらなるショックが加わる。車の中、わたしは自分の指の皮を剥がすのが止められなかった。こうやって気を散らしていないと叫びだしそうなのだ。自分の中にある感情が、得体の知れない怪物に思える。


 海沿いの道を車で走ること二十分。この街で唯一の山に到着する。洞窟までは、地元の人たちが楽しむハイキングコースで行くことができるのだが、今はその道もテープで封鎖されている。わたしたちは車から降り、警備員さんたちと一緒にテープを潜り抜ける。山の周りには軍の乗り物や、テレビの取材班らしき車が置かれていたりしたが、早朝のためあまり人はいない。得体の知れないシャン・プランツを興味本位で見にくるような人もいないようだ。まあこれは軍が居るからだろうけれど。この国の軍はあまり国民に良く思われていない。

 山道を進んでいくと、洞窟が遠くに見えてきた。洞窟の入り口は厳重なバリケードがされていて、軍の人達が前に立っている。

 わたしたちは木々の後ろや藪の中に隠れる。わたしたちは山の頂上に近い場所に居て、封鎖されている洞窟のある崖を見下ろしているような形だ。耳を澄ますと、軍の人達の会話が途切れ途切れに聞こえてくる。『誰も来ないな』『当たり前だろ』『気を抜くなよ』『交代の時間はまだか』……なんか、普通だ。


 アレクサンダーさんが警備員さんたちに指示をする。


「軍の乗り物が山のすぐ下にあるから、何かあったら追加の軍人が出てくるだろう。異変に気付かれないよう、早急にあそこにいる奴等を処理する必要がある。これは事前に言った通りだが、我々は君たちを置いて洞窟に潜入することになる。君たちの役目は軍の足止めだ。仲間を呼ばれた場合、軍と軽い戦闘状態になる可能性はある。まさか軍が民間人を撃つような真似はしないだろうが――」


 警備員さんたちは、真剣な顔でアレクサンダーさんの話を聞いている。時刻は、午前五時半。警備員さんたちは二手に分かれ、洞窟の前に立つ軍人を挟みこむような配置に付いた。アレクサンダーさんの指示。10、9、8、7、6、5、4…………。


 軍人が異変に気付いた。しかし警備員さんは素早く彼等を掴みあげ、地面に伏せてしまう。通信機器を取り上げ、その場で壊す。軍人たちは罵倒の言葉を吐きながらもがくが、警備員さんたちにスタンガンを当てられ、呆気なく抵抗するのを止めた。警備員の健一が、何かを言っている。『俺がいたころはまだマシだったのに、随分と腑抜けたもんだね』


「民間の警備員には、軍人あがりの奴が多いんだ」


 アレクサンダーさんが真面目な顔でそう言うと、ケインが「ソー・クール!」と言って笑った。洞窟の前の軍人たちは、驚くほど簡単に警備員たちにやられてしまった。わたしが、「軍人なのに」と呟くと、リゼが「奴等も本気で守る気なんてないのよ」と言った。


 わたしたちは洞窟の前まで降りて行き、警備員たちにお礼を言った。しかし、山の下で待機している軍人たちがこっちの騒動に気付くのは時間の問題だ。テレビの取材班も動きだすかもしれない。

 ケインの案で、警備員さんたちは倒れている軍人たちから服を剥ぎ取り、着ることになった。洞窟の前に立っていると、軍が引き続き封鎖しているようにしか見えない。「まあ一時しのぎにはなりますかね」とジュンイチが笑いながら敬礼した。

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