21
その日の昼ご飯は、ケインが買ってきたハンバーグ弁当だった。特設チームのメンバー全員で、二階の休憩室で食べている。どうせなら五人で食べないかい? と提案したのはケインだったが、篠田さんが外食は嫌だと言ったのだ。そういえば篠田さんが昼時に研究所から出るところをわたしは見たことがない。
いつもどうしているのかと聞くと、篠田さんは鞄から四角いパッケージの簡易食糧を出して見せた。リゼは頭を抱え、アレクサンダーさんは眉間の皺を深くさせた。そういうわけで、ハンバーグ弁当、五人分である。
休憩室には他にもまばらに人がいて、それぞれ昼ご飯を食べたりお喋りしたりしていた。端っこにあるテレビのチャンネルが、誰かによってときどき変えられる。わたしたちは雑談しながらハンバーグ弁当を食べていたので、あまりテレビは見ていなかった。
「ここのハンバーグ弁当、美味しいわよね。これしか売ってないけど」
「僕はこのポテトサラダが好きだな! ちょっとしか入ってないのが残念だ!」
「副菜だからな」
「ポテトサラダばっかり食べたいよ僕は」
「このポテトサラダ、人参もタマネギも入ってないのね。ポテトのみ!」
「それがいいんじゃないか」
「おいバカ、俺のところにレタスを置くんじゃない」
「ケチ」
「野菜食べなさいよ。五歳児以下ね」
「レタスだって嫌々食べられたくはないさ!」
わたしと篠田さんはあまり喋らないが、ケインが中心になってリゼやアレクサンダーさんが話しているのを聞いているのが面白い。微笑ましいというか、仲良しだなあ、なんて。
早々にハンバーグ弁当を食べ終えたリゼが煙草を吸いに行こうとするのをアレクサンダーさんとケインが邪魔しているところで、休憩室内がざわついた。誰かがテレビを指差す。ニュース番組だった。キャスターが読み上げる内容は、この街で見つかった脅威のこと。
《――――の山にある洞窟で見つかった、シャン・プランツ。現在は軍に封鎖され―――》
アレクサンダーさんが「馬鹿な」と言ってテレビの画面を凝視する。画面には洞窟の前に軍がやってくる動画が映されていた。今日の早朝の出来事らしい。
「馬鹿な! なぜ、我々がテレビのニュースなんかでこんな情報を知らねばならない!」
憤ったアレクサンダーさんの拳が、休憩所の机の上に叩き付けられる。ケインのフォークが床に落ちたが、ケインもテレビ画面を固い顔で見ている。リゼも同様だ。篠田さんだけが、ハンバーグ弁当を黙々と食べていた。しかし視線は、テレビ画面に向けられている。
「上層部に真っ先にこの情報は来たはずだ。しかし私たちは何の報告も受けていない……」
アレクサンダーさんは立ち上がり、怒りに握った拳を震わせながら休憩室を出ていった。わたしが戸惑っているのを見て、リゼが事情を説明してくれた。
「この街で発生したシャン・プランツのことは、軍や警察によって真っ先にこの研究所に伝えられるはずなのよ。前にハイドが外でシャン・プランツ化してしまったときだって、警察から連絡がきた。情報を受け取った上層部はすぐに、わたしたち研究員にそのことを伝えたわ。今回はそれがなかった……上層部が故意的に隠していたということよ」
「警察や軍からの連絡がなかった可能性はないのかい?」
「ケイン、それはないわ。警察や軍がこの研究所に報告するのは義務だもの。……けれど、上層部が研究員に伝えることは義務ではない。それでもこの街の研究施設はここしかないのだから、発生したシャン・プランツを調査するのはここのはず。だから研究員に報告しないなんてことはあり得ないわ。少なくとも、ニュースよりも先に伝えられるはず」
「じゃあ、やっぱりわざと隠しているのね。……何かややこしい事情があるのかしら」
「そうね。上層部がすぐにバレであろう情報を隠す、その理由は……」
わっ、と休憩室内から声があがる。『ええっ?』『どうして!』『おかしいぞこれは!』
《――――現地には、シャン・プランツの第一発見者であるシャンウェイ氏が率いる調査チームが派遣される見通しであると、政府は発表しました。現地から中継――――》
休憩室内は騒然とし、リゼとケインは黙ってテレビを睨みつけていた。何も言わなくても、二人が強く憤っていることは分かる。他の研究チームに仕事を取られた、ということだろうか。それは腹が立つだろうが、しかしここまで怒りに震えるものなのだろうか。わたしだけが周りについて行けずにおろおろとしていると、篠田さんが箸を置き、言った。
「ふん、シャンウェイのやつめ。これで俺を出しぬいたつもりか!」
篠田さんは唇の端を釣り上げ、目を見開いた。獰猛な笑みだ。わたしの腕に鳥肌が立つ。
アレクサンダーさんが戻ってきて「上層部め! やっぱり隠していやがった!」と叫ぶと、篠田さんは「行くぞ、早くしろ」とわたしたちに言って、早足に休憩室を出ていった。
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