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元々産まれたときから人間体だったハイドだが、その体の構造は普通の人間とは違っていたらしい。わたしはあくまでもハイドの世話係で、ハイドを人間として扱うことが仕事だったから、それまでその情報は与えられていなかった。今回の特設チームに入った時点で、ようやくリゼからある程度のことを教えられたものの、わたしは理系ではないどころか義務教育もろくに受けていない身である。理解できたのは、あくまでハイドは人間と植物のハーフであり、その二つの要素をバランスよく持っているということくらいだった。
そして今回の研究により、シャン・プランツ化しても体を構成している物質に、人間体だったときとの違いはほぼないということがわかった。元々骨(のようなもの)であったものは根本の茎を守る外壁(のようなもの)に、消化器官(のようなもの)も、茎の中に全て収納されていたとのことだ。そして血液(のようなもの)も、蔓から採取された液体とほぼ同じ成分だった。ただ、蔓から排出される粘液だけは人間体のときには無かったもので、シャン・プランツになってから体内で作られるようになったものだと考えられている。
ハイドの研究が始まってから一週間が経った。『ブツクサ』を使って意思疎通を図りながら、ハイドの体は隅々まで調べられた。アレクサンダーさんは途中経過をまとめて上層部に報告したらしい。篠田さんは上層部のことをただ一言「愚かだ」とだけ評している。
ハイドがブツクサを通して喋った内容から、ハイドが水と蛍光灯の光、そして根を張らせている壁の向こうの土から、栄養を摂取していることがわかった。気分も悪くないらしく、自分がこういう姿であることへの嫌悪感などもないようだ。ただ、変化したのは予想外のことだったらしく、最初はショックや混乱もあったらしい。
休日明けの朝、わたしはブツクサを片手に、一人で地下三階にいた。本来ならわたしに鍵を管理する権限はないのだが、篠田さんに頼んだら簡単に貸してくれた。静かなフロア内に、わたしの声とピピッという電子音ばかりが響く。わたしはハイドの太い茎の横に座り、ハイドの蔓に全身を抱かれながら、ハイドと話していた。わたしが質問することもあれば、ハイドのほうから話しかけてくることもあった。茎に頬を寄せて微睡んでいると、ピピッとブツクサが鳴った。
『ソウエン ナイフ 刺サレタ 怪我シタ 大丈夫デスカ』
「
『良カッタデス ソウエン 血デタ 動カナイ 私ヲ 助ケタ ゴメンナサイ』
「ハイドが謝る必要なんてないわ」
『ソウエン 私 話シタイ事 有リマス 私ハ モウ一ツ 謝ルコトアリマス』
「なあに?」
『ソウエンノ オ兄サンニ 危険 ヤッタ 私 悪イ事 シマシタ』
ブツクサを握りしめる。危険やった、悪い事した、とは。「どういうこと?」そう言ってわたしはブツクサの青い光をハイドに向けるが、『言語ヲ 取得 デキマセン』『回線ガ 混乱 シテイマス』と表示されてしまった。回線が混乱、ということは上手く言葉にできていないということだろうか。わたしはハイドに「無理して言わなくてもいいよ」と言った。兄のことは気になるが、ハイドに負担をかけたくはない。ピピッ、とブツクサが鳴る。
『ゴメンナサイ 人間 戻ル ナレバ 説明シマス』
「人間に戻れるの?」
わたしが驚いてそう言うと、ハイドはビクリと蔓を震わせた。ピピッ、ピピピッ。
『出来ル 気 シマス』
『以前 ト 同ジ ワカラナイ タダ マダ コノ体 変化 シマス』
『ソウエン 嫌 デスカ コノママ イイデスカ?』
わたしはハイドの言葉に、首を振る。シャン・プランツになったってわたしはハイドのことをそのまま受け入れられた。これからまた別の形になることなんか、怖れたりしない。
「人間でも、シャン・プランツでも、そのどちらでなくても構わない」
わたしはハイドの茎を抱きしめ、心の底から思う素直な言葉を伝える。
「わたしはハイドがハイドであれば、それでいい。あなたが望む、あなたの姿でいて」
ブツクサが鳴る。ところが蔓が画面を覆ってしまい、見られない。ハイドはわたしの体を蔓で強く強く抱きしめた。言葉なんかなくても、心は伝わる。わたしはブツクサの電源を切って、ハイドの茎にもたれ掛った。
そうしているうちにいつの間にか寝てしまったらしい。昼になっても戻ってこないわたしを心配したリゼがここにくるまで、わたしはハイドの蔓の中で眠り続けていた。こんなに深く眠れたのは、あの事件以降、初めてだった。
その次の日から、ハイドに異変があった。といっても、シャン・プランツでなくなったわけではない。蔓を一か所にまとめて、眠っていることが多くなったのだ。篠田さんは会話できないことを残念がりながらも、ハイドがおとなしい間に茎の部分や根のあたりを調べていた。根を調べるために壁を壊したりしても、ハイドは起きなかった。体温を測ると、36度。以前に計ったときよりも上がっていて、人間体のときと同じ数値である。
ハイドの体の変化があれで終わりではなさそうだと伝えると、篠田さんは言った。
「これは俺の仮説なんだが、ハイドは五年間人間として育ったのだろう? 読ませてもらった報告書によると、その間にシャン・プランツの形状に変化したことはない。そして現在の外見は完全なるシャン・プランツであり、人間体であったときの面影はない。俺は、ハイドは人間体とシャン・プランツ体のどちらにもなれるのだと考えている。それがハイドの意志によってそうなるとは限らないが、自分の体の変化を感じ取っているということは、自由にコントロールできる、またはできるようになる可能性は十分にある」
ハイドはそれから三日間、眠り続けた。蔓の塊はやがて形を変え、今は二メートルくらいの長い楕円形で床に横たわっている。楕円の端のほうは壁に引っ付いており、茎だった部分を包み込んでいた。
近づいて見てみると、楕円の表面は綺麗に編み込まれたようになっている。リゼは「サナギみたいね」と言ったが、篠田さんは「いや、繭だ」と言った。
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