14
特設チームが組まれた。人員が決定したのは、篠田さんが来る二日前のことだった。わたしは上司にプリントを渡され、正式に参加が決まったことを知った。そして特設チームが研究をしている間は、事務員の仕事はお休みということになるらしい。
何度も抜けたり入ったりして申し訳ないと上司に謝ったが、「あなたのせいじゃないでしょう」と軽くあしらわれてしまった。
「メイファンにあなたの仕事を引き継がせるから」と言われたので、わたしは朝からメイファンにわたしのやっていた仕事内容を教えていた。同じ事務員だからやっていることはほぼ同じなのだけれど、気難しい相手先からの電話対応とか、そういうことを細々と教える。メイファンは熱心にメモを取っていた。決して社交的ではないけれど、良い子なのだ。常にクールで表情を変えないところなんかは、上司と似ている。
「――――と、こんな感じ。できそう?」
「やってみなければわからないと思いますが、おおむね問題は起こらないかと」
「そう、ならよかった」
午前中でだいたいの引き継ぎは終わった。リゼが忙しくて仕事を抜けられないというので、わたしはメイファンを食事に誘ってみた。メイファンがいつも一人で食事に行っていたのを、実は少しだけ気にしていたのだ。メイファンは僅かに口元を綻ばせ、「お誘いありがとうございます。ご一緒させていただきます」と言った。断られなくてよかったと思いつつ、わたしが先輩だから気を使っているだけかも、とも思う。
「昼、何食べたいとかある?」
後輩と接することなんて今までろくになかったから、リゼがいつもわたしに言うことを真似るしかない。わたしはこっそり財布の中の残金について考える。
「えっと……どこかおすすめとか、ありますか」
「そうね、いろいろあるけど……とりあえず通りに行ってみてから、決めようか」
リゼと違って、わたしは食べたいものがパッと浮かんだりしない。研究所を出て、わたしはメイファンと二人、屋台の並ぶ大通りへ向かう。スープ・デリのお店、中華料理のお店、ハンバーガーのお店。いろいろな店が立ち並んでいるけれど、リゼやハイドと行ったところばかり目につく。隣を歩くメイファンは、辺りを落ち着かなさ気に見回している。
「何か食べたいものとか、あった?」
「あっ……ええと、ハンバーガーとかおいしそうだな、と」
「いいね」
歩きすぎてしまったので、馴染みのハンバーガー屋までは少し戻らないといけない。けれども人が多すぎて、通りの途中でUターンするのは難しそうだった。ハンバーガー屋ならもう少し先にもあるだろう。そう思って歩いていると、昨日まではなかった緑色の屋根の屋台が見えた。店舗一体型ではなく、移動型の小さなお店である。
「ケバブバーガー……」
メイファンが呟く。確かに、屋根には手書きで乱雑にケバブバーガーと書かれていた。若い男の子が数人並んでいて、店主らしき人はニコニコしながら肉をバンズに挟んでいる。
「お肉、好き?」
「え、あ、大好きですけど」
「そう。動物性蛋白質だものね。あそこのハンバーガーでいい?」
「願ったりかなったりです」
男の子の後ろに並ぶ。店主は中東系の恰幅のいいおじさんだった。すぐに順番はやってきて、ハンバーガーを頼む。メニューはケバブバーガー一種類。たっぷり肉が挟まったハンバーガーを手渡される。財布を出そうとするメイファンを止め、代金を支払う。
「いいんですか」
「後輩には奢るものよ。メイファンも後輩ができたら、そうしてあげてね」
「ふぁい」
メイファンは嬉しそうにケバブバーガーを頬張った。一口で、大きなハンバーガーが半分くらい消えてしまう。その食べっぷりに、ハイドを思い出す。
「おいしい?」
「おいひいです。肉がいっぱい挟まってて、食べごたへが、んぐぐ」
「ごめん、ゆっくり食べていいから」
わたしは鞄から水筒を取り出す。烏龍茶を沸かして水筒に詰めるのはもう習慣になっていた。相変わらず濃すぎたり薄すぎたりはするけれど。メイファンに渡すと、口をもぐもぐさせながら頭を下げられた。なんだか微笑ましくて、自然に笑ってしまう。
わたしもケバブバーガーにかぶりつく。おいしい。……ハイドに、教えてあげなければ。ケバブバーガーのお店、復活してたよって。また行こうねって。早く、言ってあげたい。
メイファンはペロリとケバブバーガーを食べ終えてしまった。わたしは相変わらず食べるのが遅い。会話せずに一生懸命食べていても、これだ。食べ終えるころには胸やけしていたけれど、メイファンに言ったら申し訳なさそうな顔をされそうなので、言わない。
「一個で足りた?」
「食べるの早いけど、大食いってわけではないです。おいしかったです」
「ならよかった」
研究所まで、ぽつぽつと雑談をしながら帰る。メイファンはハイドのことは何も話題に出さなかった。気を使ってるのもあるだろうし、どうハイドについて触れればいいのかもわからないのだろう。わたしが特設チームに参加することは、一応知っているはずだけど。研究所に着く。事務室に入ろうとすると、何やら慌てた様子のリゼに呼び止められた。
「ソウエン、ちょっと来てちょうだい。ああ、メイファン。事務長さんにソウエンを借りるって伝えといて」
「わかりました」
「え、ちょっとリゼ」
「早く」
リゼはわたしの腕を掴み、歩き出した。引っ張られながら、階段を上がる。休憩室につくと、リゼは大きく息を吐きだし、ソファに座った。わたしもその隣に座る。
「どうしたんです」
「緊急情報よ。あなたのお兄さんの鞄が見つかったの」
「え……ど、どこで」
「この街から離れて、すぐのところ。低い山が見えるでしょう」
そう言いながら、リゼは休憩室の窓を指差した。その窓からは、海ではなく街中と、遠くに山が見える。よく晴れているから、はっきりと。
「警察が見つけてね。あなたを刺したナイフも、傍で発見された。ただ、お兄さん自体はまだ見つかっていない」
「そう……」
「でも、それだけじゃないのよ。鞄に血がついていたんだけれど、それが……DNA判定の結果、お兄さんのものだって推測されたの。あなたとの血の繋がりが判明したから」
「えっ……わたしの血じゃなくて?」
「ええ」
沈黙が降りる。兄の鞄、それに付いている血。怪我? いや、まさか、兄は。
「まだお兄さんは見つかっていないわ。周辺を探しても、鞄とナイフ以外はなかった」
「そ、っか」
わたしは詰まっていた息を吐く。心臓が、急に冷たい氷をかぶったときみたいに痛んだ。わたしは無意識に、右肩をぎゅっと左手で掴んでいた。兄のナイフが刺さったところ。
「急にごめんなさい。さっき、情報が入ってきたの」
「そう……ありがとう」
「お礼を言われることじゃないわ」
わたしは黙ってソファに沈んでいたが、すぐに立ち上がる。ここで動揺している場合でもない。兄はまだ見つかっていないのだ。見つからない兄のことばかり、気にしていてはいけない。ハイドのことがある。できれば目の前のことに、集中していたかった。
「リゼ。兄のことは心配だけれど、でも……今は、わたし、ハイドの方が大事」
「ソウエン……」
「酷い妹だと自分でも思う。けれど、ハイドだって、わたしの家族だから」
「……そうね」
「また情報が入ったら、教えてちょうだい。早く見つかることを祈るわ、わたし」
それじゃあ、とリゼに手を振り、休憩室から出た。階段を降りながら、両頬を強く叩く。
「しっかりよ、ソウエン」
わたしは自分にはっぱをかけ、事務室の扉を開けた。複雑な事情とやらにはもう慣れっこだ。
わたしの心は、もう簡単に折れたりしない。運命なんてものに、負けてたまるか。
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