7

 病室。完璧に管理された室温。窓の外はよく晴れていて、住宅地の向こう、遠くに海が見える。二日間、わたしは眠り続けていたらしい。いや、正確にはたまに目が覚めて何か不明瞭に声を出していたらしいが、そのことをわたしはさっぱりと覚えていないのだ。


「それで、ハイドはどうなったんです」

「研究所で預かってる。……らしいわ。警察やら軍の人間がうろついていてね。上層部に訴えても、会わせてくれなかった。地下階全体が今は立ち入り禁止になってしまって……」

「一応、無事ではあるのね」

「ええ、生きてるっていう報告は受けてるわ。怪我もしてないって」

「そう……それならよかった……」


 昼休憩の時間が終わっても帰ってこないわたしとハイドに、おかしいと思った事務の人が探しに行こうとしたところで、警察から電話があったらしい。住宅地で殺傷事件。被害者は研究所の事務員。事件にはシャン・プランツも関わっているようだ、と。近隣に住んでいた人が一部始終を目撃していたらしい。その人から連絡を受けた警察が現場にやってきたときには、兄の姿はもうなかったとのことだ。

 わたしは血まみれで地面に倒れており、そしてハイドは植物――シャン・プランツ――に半分以上、成り果ててしまっていた。異形の姿となったハイドを回収するため、警察から連絡を受けた軍が現場に出動した。ハイドは保護され、軍基地のシェルターに入れられた後、研究所の上層部が引き取ったらしい。


「リゼ、わたし、ハイドが無事ならそれだけで十分よ」

「ソウエン……あのね、あなたはそれでよかったのかもしれないけど、でも、駄目よ」

「うん……心配かけて、ごめん」

「あなたが大怪我をして、血まみれで……どれだけ私が怖かったか、想像してみなさい」

「う……はい……ごめんなさい……」


 わたしは病院に救急搬送された。というのも、肩と胸の間の柔らかい部分にぐっさりとナイフが突き刺さっていたからだ。病院に搬送されて応急処置が行われたものの、わたしの意識レベルはかなり低く、激しい揺さぶりにすら殆ど反応しなかったらしい。連絡を受けて病院に飛んできたリゼが必死にわたしの名を呼び、手を握ったことでようやくわたしは意識を取り戻したのだ。そのあたりのことはぼんやりだが、覚えている。

 しかしハイドの無事を確認したあと、安心したせいかわたしの意識は再び沈んだ。出血が多く、危うく死のふちギリギリまで近づいたときもあったらしい。なんとか輸血により一命を取り留め、今に至るというわけだ。ちなみに昏睡から目が覚めたのは今朝のことで、わたしの体にはまだあちこちに管が繋がれている。痛み止め入りの点滴のおかげで、傷はあまり痛くない。


「もうあんな思い、二度と嫌よ。頼むから自分のことも少しは大事にして頂戴」

「うん……」


 昏睡から目を覚まして最初に見たのは、祈りに強く組まれたリゼの白い両手だった。処置が終わっても眠り続けるわたしの横、リゼは二日間ほとんど眠ることも食べることもできずにわたしが起きるのを待ち続けていたのだ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつも、わたしは少し嬉しかった。だってこんな風に人に心配してもらえるなんて、思ってなかった。わたしの死を拒む人がいる。そのことが、泣きたくなるほど私の心を満たす。


「ねえ、リゼ」

「……なあに、ソウエン」


 ほんとは少し、いや結構、死んでもいいかななんて、思ってたんだ。ハイドを守って死んだなら、わたしの生も価値があったのだとそう言えるんじゃないかって。

 母に疎ましがられながら、それでもわたしは母に愛されているのだとそう言い聞かせて育った、わたしの、長年探し続けた産まれてきた意味のようなものが……ようやくわかるんじゃないかって。

 そう期待して、生を手放そうとしていたの。でも、やっぱりあなたが泣くのは嫌だから。


「死ななくてよかった。ありがとう」


 わたしがそう言うと、リゼは「それはこっちの台詞よ!」と言って、泣きながら笑った。


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