ハイドロイドに通ずる
妹1
目が覚めて、ここが見慣れた自分の部屋ではないことに気付き、少しの間、混乱すした。わたしたちの暮らす地域が大きな地震の被害にあってから三日後の朝だった。
わたしと母の暮らしていた家はあまり大きな損傷はなかったけれど、いつまた大きな余震がくるか分からないから、わたしも母も他の人達と一緒に避難所で生活している。避難所はわたしが三年前まで通っていた中学校の体育館だ。元クラスメイトたちもぽつぽついて、彼女たち固まって行動しているけれど、わたしはその輪には入れない。わたしは中学生の途中から殆ど学校には行かずに家に引きこもるようになっていた。
そのせいで、余計にこの体育館で暮らしているという現在に嫌気が差す。家に帰れるのは一体いつになるのだろう。
携帯電話を手に取る。兄からの連絡はない。避難所にきて直ぐにこちらからかけた電話に、兄は出なかった。電池残量のことを考え、それ以来、こちらからかけることはしていない。避難所である体育館に電気は辛うじて通ってはいる。けれども、個人の携帯電話を充電させるほどの余裕は当然ない。兄の性格上、必ず連絡してくることはわかっていたから、そのとき必ず受け取れるようにそれだけの電池残量は残しておきたかった。兄からの連絡がこのままなかったら、という最悪の想像もちらつきはしたが、それを考え出すとまともに食事することも寝ることもできなくなるから、もうしないことに決めていた。
わたしは溜息をつき、辺りを見回す。体育館の中は薄暗くて、殆どの人はまだ寝ているようだった。わたしの隣に横たわる母も、まだ眠っている。母の顔は青白く、疲労がたまっているのだろうということが予想される。なんだか家を出てから三日じゃなくて三年が経ったような気がした。
誰も見ている人がいないのをいいことに、滲んできた涙を拭う。孤独ってこういうことを言うのだろうか、と、わたしは安っぽく悲劇に浸り、そしてすぐに飽きた。ブスに涙は似合わないし、悲劇的な思考も馬鹿らしい。
地震が起こった日、わたしはいつものように平日にも関わらず家に居た。学校に行かないわたしに母が苦言を漏らして、特にさしたる反論もせずにわたしは黙り込み、自室に籠っていた。
どうして学校に行けないのかなんて、そんなのわたしにもわからなかった。ただ、学校という組織が自分に合っていないと思うから、行かないだけだ。けれどもそれは、母いわくただの甘えであり、子供の我儘らしかった。母とわたしは分かり合えず、そしてわたしも分かり合おうという努力をしなかった。母の言うことは正しい。学校に行かず家に引きこもり、社会というものをろくに知らないわたしの将来は決して明るいものにはならないと、自分でもわかっていた。
さて、それはともかく、である。わたしの通っていた高校は地震により二つに裂けた。地震が起こってからあっという間のことで、多くの生徒は倒壊した校舎に潰されて死んでしまうか、重症を負った。わたしは不登校のおかげで命拾いしたのである。母はさぞかし複雑な思いを抱いていることだろう。それに対してわたしが言えることは何もない。良かった、なんて安易に喜ぶのは失われた命に対してすごく失礼だし、だからってわたしも一緒に死んじゃえばよかった、なんてことも言えない。
私は再び携帯電話を見た。兄からの連絡が来たとして、通話できるほどの電池残量があるだろうか。兄は今頃どうしているのだろう。二年前に兄は家を出てしまっている。公務員専用の寮に入っているのだと言っていたが、それにしては家を出て行くとき浮かれきっていたから、嘘のような気がする。兄は自分では気づいていないが、割とわかりやすい。
母や周りの人達が目覚めるまでまだまだ時間はありそうだった。わたしは再び床に横になったけれど、眠れそうにはなかった。最低限の荷物だけ持ってここまで来たから、暇を潰すものもない。わたしは読みかけのまま自宅に置いてきてしまった『フランケンシュタイン』を思う。人造人間がフランケンシュタイン博士の妻であるエリザベートを殺してしまったところまで読んだのだ。そこからどうなるのか気になるけれど、現状、続きを読むことは絶対に叶わない。
時間を持て余しながら、醜い人造人間に思いを馳せる。そうしているうちに、わたしはいつの間にかまた眠っていた。
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