第一章 臨時講師 神(3)

 雪が舞う。

 秋空の黄昏の下に広がる瓦礫の上に、季節外れの積雪が見られるのは果たして幻か。

 白く染まった瓦礫の上に、白雪が揺れる。


「――出て来なさい、神〔じん〕!!」


 濃紺と白色で組まれた、夏物のセーラー服を着た美少女の姿をなす白雪の、怒りに満ちた甲高い声が夕映えに響き渡った。

 しかし、少女の求めに応える者は、もう誰も存在しなかった。

 全ては、白雪の積もった瓦礫の下に沈んでいた。瓦礫の下に広がるおびただしい血の海を吸いながらも、白雪の白さは褪せる事は無かった。


「……奴は、行った様だ」


 白雪の舞う中、蒼い影が白い吐息を吐いた。

 憤然として立ち尽くす少女の背後に、いつの間にか濃紺の詰め襟の学生服姿の少年が、雪の積もった瓦礫の上に腰掛け、天を仰ぎ見ていた。

 とても静かな表情をしていた。少し癖のある黒髪を冠し、目鼻立ちの整った間違いなく美形の部類に入る少年の顔は、途方に暮れてでもいるのか、何故か芒洋とした表情に哀しみの暗さを滲ませ、只、暗くなり掛けた東の方角を見つめていた。


「……天相は、東へ星を呼んでいる」


 振り向きもせず言う少年の言葉に、少女も東の空を見た。

 東の暗天の奥に、燃え盛る様に明るい星が二つ、瞬いていた。


「……東」


 星を認めた少女は、細い唇を横真一文字に閉め、たおやかな白い右手を力強く握り締めてわなないた。

 遠くから、夕刻を告げる寺社の鐘の音が聞こえて来た。もうじき夕日は遠くに見える愛宕山の背に隠れるだろう。雪は未だ、二人の美影が佇む黒みを増した黄昏色の中で、舞う事を忘れようとはしていなかった。

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