007
翌朝、ぼくは慣れない運転をすることになった。
アカリが言うことには、田舎ってのは車なんかがないと移動さえままならないらしい。
ぼくってはおかしなことがあると、笑わずにはいられなくなるんだな。
古典的な田舎のイメージがそのまま写し出されている現状ってのはほんとうにおもしろおかしく思えて、ぼくは笑わずにはいられなかったよ。
アカリもつられて笑っていたし、きみもその場にいたらきっと笑っていたことだろう。
車の調達はそんなに難しいことではなかった。そこらの民家から車のキーを持ってくるだけでいいんだからね。
猫も杓子もいやしないこんな世界で免許なんて何の意味もないけれど、ぼくは高校を卒業するときに親がうるさくいうもんだから、免許自体は持ってない訳じゃなかったんだ。
でも、車に乗ったのは免許を取ったとき以来だったな。
そんなぼくに運転をさせようってんだからアカリも酔狂なもんだよ。
これはぼくの経験則なんだけど、運転が下手なやつってのが運転しているときってのは、運転席にいる本人より、助手席なんかに座っている人間の方がずっとずっと怖いんだよ。
ぼくはまだ、アカリに運転させるほど頭のネジは外れきってないらしい。
事実、助手席のアカリは少し緊張しているように見えたな。
ぼくは久しぶりに聞く車のエンジン音にちょっとばかりの懐かしさを感じていたわけなんだけど、黙ってばかりってのもやっぱり耐えきれないものだから、アカリに「ここはきみの地元なのか?」なんて聞いたんだ。
アカリは「はい」と小さく頷いて、言葉を続けなかった。どうやら、地元に関して何かを話す気ってのはてんでないらしい。
だから僕は、地元のことでなく彼女のことを聞いた。
「嫌いなやつってのはどんなやつなんだ?」
「嫌いなところが多すぎて、何から挙げたものやらってやつです」
「そいつは結構」
これはぼくの持論になるんだけど、何かを好きであれ、嫌いであれ、具体的にどこが好きか嫌いかってのを咄嗟に挙げられないやつってのはそいつのことをたいして好きでも嫌いでもないんだな。
そういうやつってのはただ、何かを好きだとか、嫌いだとか、そんなことを言いたかったり思いたかったりしているだけなんだ。
実に、くだんない話さ。
◆
少し走っていると、横一列に四台ほど連なった自販機が見えたもんだから、ぼくらは一度車から降りることにした。
田舎ってのは不思議なことに、自販機に限っては割とそこらにあるものらしい。利益なんてありゃしないんだろうけどね。
少しばかり自販機を眺め回していると、アカリが「トオルさんは、何を飲むんですか?」なんて聞いてきたんだ。
ぼくはたいして迷うこともなく「夏だからな」なんて言って、缶コーラのボタンを押した。
夏の炎天下で飲む炭酸飲料ってのが最高だってのはきみもよくわかってくれるんじゃないかな。
わざわざ聞いた割には僕の選択を意に介することもなく、アカリは「うどんやハンバーガーの自販機なんかもあるんですよ。知ってますか?」なんて言いながら紅茶を買った。
ぼくは缶を開けたときの空気の抜ける音を聞きながら、「へぇ、知らないな」と答えた。ハンバーガーはともかく、うどんは炎天下には適さないだろうな。
入道雲を見ながら喉に流し込んだコーラの味は、思ってたよりは幾分か期待外れな味がした。
こういうものはいつだって、そうなんだよ。
世界ってのはいつだって期待値少しだけ、を下回るんだ。
どうでもいいことなんだけど、こうやってふたりで飲み物を飲んでいるとちょっとばかし、ただの日常の延長線でしかないような気がするんだな。
実はぼくらも人類も透明人間でもなんでもなくて、ぼくらはただただ、現実からの逃避行と称して遠くまでドライブに来てしまっただけなんじゃないか。……なんて、そんなことをさ。
なんせ、周りを見たって片田舎で、人のいる世界だろうがいない世界だろうが、この景色はまるっきり変わらない気がしたんだよ。
きっと、世界がどれだけこねくり回さても世界のどこかは何も換わらないままなんだろうな。
神様だって、ぼくらだって、どれだけかけたって世界全部をまるっきり変えることなんてできやしないんだろう。
街中で見かける落書きの類いってのはそんな現実に対する矮小なアンチテーゼ、もしくはまるっきり逆の何かなのかもしんないな。
まぁ、ああいう連中はきっと、何も考えちゃいないんだろうけどさ。
◆
飲み物を飲み終えて車に戻ってみると、ぼくらは何枚かのCDが積まれていることに気がついた。
せっかくだから何かを再生しようとして漁ってみると、流行りの邦ロックだとか、インターネットで流行っているような音楽の類いのCDがずらりと積んであったんだな。
ぼくは別に音楽の趣味にこれといったこだわりなんかがあるわけじゃなかったんだけど、そのレパートリーから溢れだすミーハーティックには愛しさすら覚えたよ。
「好きなのを選びなよ」とでも言わんばかりに、アカリに目を配らせると、アカリはCDの束を少し漁って、一枚のCDをオーディオに挿し込んだ。
流れてきたのは数年前にインターネットで流行ったような電子音楽だった。
なんとなしに「好きなのか?」と聞いてみるとアカリは「なんとなく懐かしくて」って言うんだ。
ぼくはそれに対して頭ごなしに「いいセンスだ」なんて返しながら、車を進めるんだ。
別に、その言葉にも意味なんてありやしないんだけど。
世の中ってのはミーハーの山からだって懐古的な感情が掘り出せてしまうんだから、不思議なものだよ。
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