005

 一通り、海で遊び終わったあと、ぼくらは意味もなく周りを散策してみたりもした。


 美術館だとか、神社だとか。そんなものがいろいろとあるわけだけど、どうせ人がいないんだからと民家なんかもいろいろと入ってみたんだよ。


 どこにも人がいないってのは不思議なもので、場所によってはまるっきり廃墟に見えたりするんだな。


 民家なんかは特に不思議なものでね。いくら生活感があっても……いや、生活感があるからこそ、あればあるほど。

 何もかもがどこか、いつかの日常の残骸のような気がして、むしろ廃墟めいて見えてくるものなんだよ。


 ぼくは昔から廃墟というものに少しの憧れがあったから、ちょっとばかしテンションを上げてみたりもしたんだけど、季節外れの雛壇だとか、趣味で置いてあるであろう日本人形やフランス人形が置いてあったりするとアカリが時折、怖がったりするのはおもしろかったな。


 そんな、終わってしまっているかのように見える空間も、実はまだ生きていて。


 ぼくらが見えていないだけで、今もきっと、平然として日常のルーチンの盤上にある空間なんだろうと思うと考えさせられるものがあったね。


 つまり、空間というのは場所が作るものじゃなくて、人が作るものなんだな、だとかそんなくだんないこととかさ。


 ◆


 その日常、というのもね。アカリとこんな話をしたんだよ。


 寝る前……そうそう、その日、ぼくらは電車の中で寝ることにしたんだ。


 日付が変わる頃、駅に行くとどのホームにも、もう動かない電車がぽつんと止まっていてね。


 寝場所に困っていた身としてはありがたい話だったけれど、この世界には車庫というものがないらしい。


 もしくは、あってもぼくらのために電車を止めていてくれたのかもしれないな。


 何にせよ、本当のところはわかりゃしないんだけどさ。


 唐突に世界を塗り替えてしまうような神様の考えることってのはぼくにはよくわかんない。

 きみだってそうだろう?


 そうだね、話を戻そう。寝る前のことだよ。


「平然と並ぶコンビニ弁当や、いつのまにか更新されていくレンタルビデオのレパートリー。……おかしいと思いませんか?」


 アカリがふとそんなことを言ったんだ。


 言っちゃ悪いけれど、ぼくは今更だな、なんて思ったよ。

 だって、世界が永久凍結していない理由なんて、どうでもいいだろう?

 きっと、透明人間が何かしているか、神様が何かしているかのどちらかなんだから。


 ぼくが「さぁ、なんでだろうな」と流すとアカリは言うんだ。


「もしかすると、わたしたちが透明人間なのかもしれませんよ」なんて、ジョークを言うような口ぶりでね。


「ほら、世界がこんなになっちゃう前でもおかしなことっていろいろとあったでしょう?リモコンやプリントが置いたはずの場所からなくなっちゃったり……それはわたしたちのような、透明人間の仕業なのかもしれませんよ」


「つまり、この世界には人がまだ残っていて。……ぼくら以外の人間は依然、普通に暮らしていて、それでもぼくらには見えないってんだろ?」


 ぼくがそう聞くと、アカリは眠気眼を手でこすりながら言うんだ。


「えぇ、きっと。相手も、こちらも。相手のことは見えていないだけで、影響は与えあっているんですよ。……だったら、数の上ではマイノリティ側であるこちらの方が透明人間と呼ぶに相応しいのではないでしょうか」


 彼女のその言葉を少しばかり反芻してから、ぼくは返答を投げる。


「……そんなの、どっちも透明人間じゃないか」


 ぼくのその言葉に返事がくることはなかった。


 どうやら、アカリは寝てしまったらしい。


 ともかくとして、どうやらこの状況はセオリー通りなら、ぼくらが透明人間側であるらしい。


 透明人間になれたら、なんて考えたことはあったけれど、透明人間になっても他の人間がこちらから見えないんじゃ、女湯へ入ったりなんてありきたりなばかばかしい行動も無意味に等しい。


ばかばかしい話だよ、まったく。

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