怪獣総攻撃

めらめら

前編

「す……すげえええっ! まじでパねーヤべえよコレ!」

 聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎めいじょうごくえんさいが映画館のスクリーンの前で、思わず驚嘆の呻きを漏らしていた。

 夏休みに突入した孫娘の琉詩葉るしはにせがまれたこの老人は、12年ぶりに日本で作られた人気映画シリーズの最新作『シン・ガジラ』を観るために、『イオンシネマ多摩センター』まで足を運んでいたのである。


  #


 孫にせがまれた、という建前ではあったが、若い頃よりこのシリーズに馴れ親しんでいた獄閻斎自身もまた、今回の新作映画を楽しみにしていたのである。

 監督が平成亀シリーズのあの人で、総監督が『えば』のあの御方おんかたである。

 無難にまとめた作品には絶対にならなさそうな濃ゆい布陣に、割と早めにリークしていたヤツの鬼のような形相や焼け爛れたような表皮、とにかく怖い外観。

 去年の巨人映画にはなんかすげーガッカリさせられたり、総監督のメンタルはもう大丈夫なのだろうか……とか、激しく不安な要素は多々ありつつも、いや、ひょっとしたら、今年こそはあのシリーズで本当に面白い傑作に出会えるのではないか……?

 そんな期待と疑念の綯交ぜになった気持で、老人は作品の公開日を心待ちにしていたのである。

 そして映画が開幕し、ストーリーも半ばを過ぎるころ、老人は、自身の期待の遥か右斜め上を行く凄まじい完成度の映像に完全に打ちのめされていたのである。


 傑作であった。


 正直これまでのこのシリーズ、主役のあいつのデザインや佇まいには、常に抗いがたい魅力を感じつつも、獄閻斎がリアルタイムで鑑賞してきた劇場公開作で素直に面白いと思えたもの、手放しで喜べるようなものは1作も無かったと言ってよい。

 いや、不満だらけと言ってよかった。作り手に殺意を感じることすらままあった。


 映画館で映画を観る初体験となったあの昭和の仕切り直しの奴も、子供心になんか地味でタルいなーと思いながら見ていた。(それでも冒頭のフナムシにはオシッコを漏らすくらいビビったものだった)

 それから数年後に公開される、薔薇と掛け合わせた訳のわからないやつのスチールを見たときは、スゲー! 新しい! と期待に胸を高鳴らせたものだったが、いざ公開された映画を観たら、絵面の格好良さはともかく脚本が滅茶苦茶で登場人物の行動も意味不明であり、とても大人が書いた話のように思えず、なんだか一気に萎えてしまったものだった。

 翌年以降のシリーズ展開でその傾向は加速してゆき、UFOに乗って未来人が出てきた時とか、「一昨年のやる気は何処にいったんだよー!」とスクリーンの向こうの作り手に叫びたくなる気持であった。

 こんなんだったら、もういっそハリウッドに作ってもらったほうが、ずっと格好良くて面白いヤツが見れるんじゃ……などと思っていた頃に現れたのは、巨大なイグアナであった。ヤツの面は封切時にスクリーンで拝んで以来二度と見ていないし、今後も死ぬまで見ることは無いだろう。

 

 対する日本の方も酷い有様であった。

 誰にも気づかれないうちにひっそり仕切り直されていた『ミレニアム』のあのタコ野郎をスクリーンで拝んだ時には、本当にもう絶望的にイヤな気分になったものだった。

 次の年に出てきた蜻蛉の時は、話はもとより特撮がもう本当にショボショボで悲しい気持ちにさせられた。

 護国聖獣が出てくる怖いヤツを見た時は、それまでとは見違えるような絵面の凄まじさに「作り手が変わるとこうも違うのか!」と胸がすく思いだったし、併映のハムちゃんずを見に来た幼児たちが怖がって泣き叫ぶ様が実に愉快であったが、肝心のストーリーの方はなんか昭和の心霊映画に逆戻りしている感じがして、「平成亀シリーズの後でこれはちょっと……」と、モヤモヤさせられたものだった。

 次いで始まった機龍シリーズは蜻蛉から大幅に持ち直した特撮に感心しつつも「もうガジラ関係ないやん『えば』やん……」と思い、なんだか寂しい気分になった。

 何度殺されても次の年には平気でリニューアルされて生き返る、あのイイ奴ぶった蛾には本当に辟易させられた。

 あの『ファイナルウォーズ』でマジにシリーズをファイナルにしてしまった例の監督が渡米してハリウッドデビューするという話を聞いた時は、「もうずーーーっとアメリカから帰ってこなければいいのに……」などと切に願ったものだった。

 

 時を経る事10年。

 満を持して公開されたハリウッドの仕切り直し作品は、終末感と絶望感のハンパない予告編に、これは、今度こそは! と期待に胸を膨らませながら劇場に足を運んだものだったが、現れたのはなんだかクマちゃんのような可愛らしいヤツであった。脚本も平成VS並みに滅茶苦茶であった。

 今思えば、完全に嘘予告であった。


 どの作品もこの作品も、出会った時期というかタイミングが悪かったのだろうか。

 世界中で親しまれ、作り手だって並々ならぬ愛情と熱意を注いでいるのは十分わかるのだが、何かこうシックリこないというか、ツボにくる作品がなかったのである。

 

 それがまあ、今作ときたらどうだ。

 開巻1分で、もう老人の目はスクリーンに釘付けであった。

 とにかくテンポがいい、話に引き込まれる。

 畳みかけるような状況の進行だけでグイグイ映画が進んでゆく。

 1秒たりとも画面から目が離せないテキストの多さ。耳に心地良い膨大な台詞の応酬。

 見る間に形態を変えてゆく、アイツの得体のしれない怖さと気持ち悪さ。

 自衛隊出動の頼もしさとワクワク感から、一気に絶望に転じる中盤の壮絶なカタストロフ。

 終盤の官民一体になった決死の作戦には興奮しすぎて涙が出そうになった。あーだれか彼らにスーパーXを上げてくれ!

 自衛隊と官僚組織が東京にのしかかる妖怪のような存在と戦う構図とか、話のキーになる犯人的存在が既にこの世の人ではないという構成も、去年悲しい思いをした警察ロボット映画の前世紀の劇場版2作を色濃く引き継いでいて、その部分も素晴らしかった。


 まったくなんという瑞々しさ、なんという鮮烈さ、なんという恐ろしさ。そして何という面白さであろう。

 過去作品へのオマージュや愛情が溢れつつ、決して懐古的ではない。

 新しいアイデアが、これでもか、これでもかと詰め込まれている。

 平成VSの体内放射が生温く見えてくる全方熱線とか、放射火炎を放つときのお口がクパァってなる、あの絶望的にイヤな感じとか、様相を変えながら東京を焼き尽くしてゆく熱線の新しさとか、爆撃するほうが決死の覚悟を要する絨毯爆撃とか、あのマーチと共に並走しながらヤツに特攻する在来線無人爆弾とか、最後の尻尾のアレとか、一体どうやったら考え付くのだろうか?

「まんま『えば』じゃん」とか笑う野郎もいるが、2016年の現代の日本人が『えば』無しで使途と戦ってるようなもんだぞ!

 実写でそんなもの見せられたら、そりゃ興奮するしそっちのほうがよっぽどスゲーじゃねーか!


「や……やっぱり餡野監督は天才じゃ!」

 心地よい疲労感に身を浸しながらエンドロールを眺めつつ、獄閻斎は大満足でそう呟いていたのである。


  #


 そんなわけでその夜。

 SNS『サエズッター』では……


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ごっくん   45分

@gokkun5959


「シン・ガジラ」見てきました。

過去作への愛情とリスペクトを散りばめつつ、新しい次元に達した傑作でした。

必見!


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 匿名掲示板にっちゃんねる映画板では……


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242 自分:名無シネマ@上映中[] 投稿日:2016/07/29(金) 09:45:12.11 ID:GoKUgOKU59 [9/11]


豊洲で見たよ

凄かったー!

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 中略

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371 自分:名無シネマ@上映中[] 投稿日:2016/07/29(金) 10:30:10.46 ID:GoKUgOKU59 [10/11]


今見てきた

傑作っしょ

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 中略

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620 自分:名無シネマ@上映中[] 投稿日:2016/07/29(金) 10:48:13.21 ID:GoKUgOKU59 [11/12]


こ、これは普通に傑作なのでは?

映像的にまるでチープさを感じさせないし、面白さはギャレガジに余裕で勝ってるでしょ

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 中略

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714 自分:名無シネマ@上映中[] 投稿日:2016/07/29(金) 11:10:13.46 ID:GoKU59go [12/12]


新宿で二回目見てきたけどマジすげーわ

劇場でも拍手が起こっていた面白かったよー!

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 etc etc...

 

 大邸宅、冥城屋敷の書斎で一人。

 昼間の興奮冷めやらぬ獄閻斎は、一人でも多くの人にその喜びを伝えようと、SNSや掲示板での宣伝活動に躍起になっていた。

 まだこの映画を観ていない気の毒な人たちが、映画館に足を運ぶためのきっかけになればと、パソコンのモニターに熱意を込めて、次々に賞賛の書き込みを行っていったのである。

 予想通り、映画を観た多くのネットユーザの評判も上々。掲示板は瞬く間に興奮のレスで埋まっていった。


 ところがだ。


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724 名前:なえタン[] 投稿日:2016/07/29(金) 11:12:11.20 ID:rAmenNae [1/1]


>>720

あのショボショボの着ぐるみみたいなCGがチープじゃないとかwwwww

ハリウッドのガジラの後で、あんなん色々終わってるっしょ?

ヘリの映像とかボロボロだし萎えるわー見る気なくすわwwwww


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 獄閻斎の賞賛の書き込みを揶揄する、不快なレスに老人は気づいた。


「……ンじゃとゴルァ……?」

 老人の眉がピクリと八の字になり、その形相がみるみる険しくなっていった。

 無視無視。匿名掲示板では、絡んでくるような輩はそのようにいなすのが楽しくネットをするための常道であるが、そこは獄閻斎も大人である。


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731 自分:名無シネマ@上映中[] 投稿日:2016/07/29(金) 11:12:12.12 ID:GoKU59go [13/13]


>>724

いやいや個々のCGのクオリティはハリウッドに及ばなくても、構図やカット割りが凝っていて飽きさせないのよ。

編集のおかげで、全然安っぽく見えないから

ここぞという時の見せ場の切り取り方がすごくセンスがあるのよ

実際に見ればわかるよ

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 ハンドルネーム『なえタン』なる人物の偏狭な考えを正そうと、獄閻斎は穏やかにそう切り返したのである。

 それなのに……


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740 名前:なえタン[] 投稿日:2016/07/29(金) 11:12:11.20 ID:rAmenNae [2/2]


>>731

しょぼい怪獣が歩き回る映画でセンスとかwwwww

センスって言葉の意味わかって使ってるのオッサン?

今さら日本でガジラとかお金貰っても見たくないwwwww


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 なんと、無礼千万にも、敵方はそのような言葉で老人を愚弄してきたのである。


「わ、分かっとらんのは貴様の方じゃー! 舐めとんのか! 何処の馬の骨とも知れん小童こわっぱがーーーーーーー!!!!!!!」

 獄閻斎は書斎の机から飛び上がり、パソコンのモニターに向かって思わずそう叫んでしまった。

 老人の銀色の総髪が聖典を愚弄された怒りでフルフルと震え、その目には真っ赤な戦火が燃え上がっていた。


 長い夜が始まろうとしていた。

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