第7話 役者はヴァルハラに集う
いつものように、自分の館でサラと談話しようとしていたスレイは、いつもと違う様子のサラのその言葉に、思わず耳を疑った。
「ワタシ、ヴァルハラに行くことになったの」
サラは沈痛な面持ちのままだった。それで、聞き違いでは無かったということを、遅ればせながら理解する。
「ヴァルハラに行くのは、戦死した人間だけのはずでは……」
「……その戦士たちに試練を課す天界の者に、ワタシも選ばれたみたい」
その話については、特級天使であるスレイの方が聞かされていない。詳しいことを後で調べる必要を感じたが、取り敢えず最も重要だと思ったことを聞く。
「……もう、天界には帰ってこれない?」
「いえ、試練を課す者は生き残れさえすれば、定期的に戻ってくることも出来るらしいの」
生き残りさえすれば……実に不穏な含みを持った物言いだ。試練を課す立場らしい天使たちの方は、ヴァルハラで死ねばほぼ確実に無に還るということなのだろうか。
人間たちの方は、戦功をあげさえすれば結局戦場に変わりはないとはいえ、ヴァルハラに戻ることも出来るようなのに。
そもそも、試練を与える者はどういう選考基準だというのか? サラは決して強くはない。スレイが天界での常識を教えるついでに、戦場でも通用するであろうレベルの護身術を習得させたとはいえ、それは天界で悪意を持った住人がいた場合に身を護るための
スレイから見るまでもなく、サラは本来悪魔より脆弱なはずの人間相手ですら、試練を課すと言えるほどの能力を有しているかは微妙なはずだ。
(……まさか……だからだというのか……?)
スレイに一つの考えが浮かんだ。とはいえ、情報があまりに足りないから憶測の域を出ない。やはり調査の必要がある。
「出立までは、時間がないのかい?」
「いえ、実はワタシもヴァルハラへの派遣が決まったと伝えられてただけで、具体的なことはまだ何も知らされてないの」
「分かった。すまない、これから用事があるから、少し出かけてくるよ」
「いってらっしゃい、スレイ」
(とはいえ……素直に聞いたところで、当事者も概要を知らされていないということは、知っている者が答えてくれるはずもない……そこまで秘密にしたいということは、やはり私の考えた通りのことなのか?)
ともかく、情報を集めることが最優先だ。今は情報が少なすぎる。自分の考えが間違っていることを祈りながら、スレイは行動を開始した。
(私としては、推測が間違っていることを期待したかったんだが……)
残念ながら、聞きこみで得た情報では推測を裏付けるような内容の方ばかりであって、彼女の推測を否定する要素はあまりない。
ちなみに、スレイは聞き込み方は公然と行うことにした。下手に隠そうとする方が上層部からは危険視されるだろうし、そもそもスレイが天界ではそこそこ有名だから聞き込みを秘密裏に行う方に無理がある、ということもある。
ただし、聞き方には留意した。秘密裏に行おうとしていることについて、そのことを直接聞いたところで答える者がいるわけもない。ゆえに、聞いたことは実に当たり障りのないことだった。
「君か君の知り合いで、ヴァルハラに行くことになった者はいるかい?」
これだけだ。これだけなら、聞いたところで問題にはならないだろう。
(まあ、今回は上層部でも意見が分かれているのかもしれないが)
集めた情報を元に、まずはヴァルハラに行く者たちの傾向を考える。
情報から分かったのは、今回ヴァルハラに行くことが決まったのは一対ニ翼の下級天使ばかりだということ。
ここからスレイが導き出した推測は、
ヴァルハラに集められた天使たちは、人間の戦士たちの選別役と、優れた戦士への上質な贄となることを兼ねている
サラもその一人だ。だから、選別役だというのに二対四翼以上の天使が選出されていない。優れた戦士を見定めろというのなら、別に上級天使以上の者には手加減をさせればいいだけの話だ。
逆に上級天使以上の実力が相手では、いかに優れた戦士だろうと、人間の範疇では倒すことなどまず不可能だ。
だから、天界からヴァルハラに赴く者に犠牲者を出したくないのなら、上級天使以上を選別すればいいだけの話だ。逆に人間の特に優れた戦士を創り出したいというのなら、人間には上質でかつ天界では実力が高いとは言えない下級天使を選別すればいい……そういうことなのだろう。
(これが本当だと仮定すれば、今回は上層部から私が独断で調査していたことへの詮索すら、こないかもしれない)
天界の住人を人間の贄にするかもしれないとなれば、上層部すら意見が割れかねない。サラの出立の時間が決まっていないのも、神が決めたこととはいえ上層部内ですら、天界の住人に犠牲を出す必要があるのかという議論で具体的な計画の議論が行われていない、という風に考えられなくもないからだ。
今はこの推測が一番の有力候補だった。
最初から天界の住人に犠牲者を出すことを前提にした計画……その場合サラが生き残れる可能性は……
口に出すまでもない。このままでは、最初の出立の段階で今生の別れを覚悟せねばなるまい。サラも薄々気付いているのではないだろうか。あの子は意外なところで敏いから。
もしこれが本当だとすれば、自分はどうすればいいのか?
「クク、ハハハハハ……!」
思わずスレイは笑い出した。どうする? そんなことは決まっている。そう、決まっているのだ。
天界や魔界や人間。いままで共に生きてきた同族たち。そしてサラ。
この中で一番大切なものなど、とうに決まっていたはずだろう? 今までは考えないようにしていた。天界の規律に背く行為になりかねないから。
だが、もういい。もうとっくにスレイは自分の心が何を欲しているのか、何を一番に考えているのか、答えが出てしまったから。
「まあ、推測が外れていることを祈ろうか。皆のために」
だが、残念ながらスレイの推測は時間とともに真実味を帯びていくばかりであり、ゆえにスレイはもはや一番大切なものを選びとる他になかった。
たとえ、それをサラ自身が望んでいなくとも、それでもなお……
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