第6話 魂狩りの都・ヴァルハラ

 少女たちの安息の日々は、死した戦士の魂を集めて競わせる、ヴァルハラと呼ばれる『死者の戦争の都』の建設によって、終わりを告げることとなる。

 神は天界と魔界の最終戦争・ラグナロクに備えるために、ヴァルハラに死んだ人間の魂を集めさせ始めていた。そこに集う戦士たちを恒久的にに戦わせ続け、競わせてより強き魂を集めようとしていたのだった。

 選びぬかれた魂は、最終決戦において人間でありながら、歴戦の勇者として戦列に加わることが許される。それを栄誉と考えるか、強制された運命と考えるかは別として、確かにヴァルハラが役割を終える時まで戦い続けた戦士たちは、人間でありながら並外れた強靭さを得ているはずである。



 その有用性は理解できたが、しかし人間たちを半強制的に連れてきた挙句、神の都合で戦わせるというのは、流石にどうなのだろうか?

 時間の経過とともに心身共に成長し、二人の距離もさらに縮まった頃。サラは天界での生活にすっかり慣れてきていた。もともと、魔界では決して恵まれた生活を送っていたわけではない。

 天界の住人の中には未だサラを警戒するものもいたが、スレイの手前あまりそれを直接口に出すものはいなかった。サラは生来のおとなしく心優しい気性が周囲に知れ渡ったこともあって、単純に悪魔だからといって批判するわけにもいかなくなったことも大きい。なにより、サラがスレイのお気に入りだという噂が天界中に知れ渡っていた。

「私たち、女同士なんだけど」

 スレイはそういったが、

「ワタシと仲がいいって噂になるの……いや?」

 こうサラに言われると、スレイは赤面して頷く他にない。それに、スレイとサラの仲についての噂は、あくまで女性同士の天使と悪魔にしては仲が良すぎる、といった程度だったので、スレイとしてははあまりそのことに触れる方が、よほど危険だと判断してもいた。

 まあ、そういった話題で盛り上がれるくらいには、まだまだ天界は平和だったのだ、この当時は。


 ともかく、スレイやサラは建設が正式に決まったヴァルハラについて、議論したものだった。ヴァルハラの建設が始まったばかりの頃である。

 漏れ聞こえてくるヴァルハラの情報は、血生臭く感じることばかりであって、決して気持ちがいいものではなかった。

「人間たちを強制的に戦わせるだなんて……ワタシにはいくら元戦士だったとはいえ、死んでまで戦いたがる者たちばかりとは思えないけど……」

「だが、確かにより精強な戦士が生まれるだろうね、そのシステムなら。とはいえ、神はなにをお考えなのだろう。今まで、人間を戦いには決して巻き込もうとは、なされなかったというのに」

 スレイとしては、戦力を拡充したいという気持ち自体は分からないではない。魔界と天界では、住人の数が違いすぎる。

 魔界の方は魔界の方で、住人の人数を自然交配で統制していないがため、そのままだと全ての住人に十分な魂の補充が出来なくなっているのだが。結果として天界の戦にかこつけて、サラのように自然交配で生まれた力の弱いものを、戦で満足な装備を与えぬことで死ぬように仕向け、それによって数を定期的に減らすことで数を管理している。

 天界は天界で、こちらは逆に数の統制が行き渡り過ぎてしまっていて、魂の補充は十分になされているものの、戦力として使える住人の数は魔界より圧倒的に少ないのが現状だ。

 その現状を打破すべく、余った魂の分配でヴァルハラを造り、そこで精強な戦士を誕生させる。理屈としては適っている。だが……

「それはあくまで、私たちの都合だろうに……」

 サラは述懐する。この頃のスレイは、確かに人間のことを魂を持つ生命としてその意志を尊重していた。スレイが人間のことを『サラに必要な魂を補充させるための獲物』としか思わなくなったのは、一体いつなのだろうか?

 それはともかく、スレイは理屈としてはヴァルハラの異議を認めていたようだが、そのために犠牲になる人間たちのことを思って、あまりヴァルハラの建設をこころよく思ってはいないようだった。

「連れてこられた人間たちは、戦いを拒否できないの?」

「拒否は出来るよ。とはいえ、ヴァルハラを逃げることは不可能らしい。魂も徐々にだが消耗されていく仕組みらしいから、えやかわきに襲われる。空腹感で死ぬまで苦しむか、他の人間を狩って魂を得て空腹を満たすか。大抵の人間がどちらを選ぶかは自明の理だろう」

 スレイは思う。確かに戦いを拒否は出来るだろう。しかし、このシステムでそこまでして戦いを拒否出来る者がいるだろうか。しかも、魂が消耗して弱ったところを襲われる危険もある。

 餓死か襲われて死ぬのを待つか、戦ってかてを得るかという選択肢で、前者を選ぶことが出来るのはよほどの聖人だろう。臆病者は、わざわざ戦士の都であるヴァルハラに連れてこられることなどないので、最初から考慮しない。

「ひどい……」

「ああ、そうだね……」

 サラやスレイは神を批判できる立場ではないので、これはあくまで内密の話だったが。正直なところ、ヴァルハラ自体には否定的な意見を持つ天使は、決して少なくないらしい。

 これには、天使の中で戦士として戦ってきた者たちにとって、人間を戦力として頼ることを侮辱と感じる者もいる、ということもあるのだが。

「ヴァルハラに連れて行かれた人間たちに、救いはないの?」

「そうなりそうな話は、今のところ聞かない……一定以上の戦果を上げて認められた者は、勇者として安息を得ることも出来るらしいけど……」

 とはいえ、それまでは戦い抜く必要はあるわけだ。それに、そこまで戦果をあげられる強者がどの程度の割合なのかなど、想像するまでもないだろう。

 大半の者は、殺し殺されて無に還っていくか、一定の戦功が認められれば再度ヴァルハラに降臨させられる。結局、血みどろの戦いを延々と続けるはめになる者も多いということだ。

「早く、天界と魔界の戦いなんて、終わってしまえばいいのに……」

「そうだね。そうすれば、君と私のように分かり合える者たちも、きっと出てくるだろうさ」

「そうね、スレイ」

 そうして、スレイとサラは互いを抱きしめてお互いの存在を確かめ合う。いつの頃からか、こうすることがあたり前となっていた。

 天界と魔界の戦いが終われば、悪魔と天使とてこうやって手と手を取り合う世界がやってくる。

 このときの二人は、まだ無邪気に未来の世界に安寧があることを信じていた。



 二人を取り巻く世界が、二人の想像などよりもずっと悪意に満ちていることに。そして二人が、主にスレイが血塗られた道を自ら歩んで行くことになることに。まだ二人は気付けないでいた。

 気付きたくなどなかった、ただそれだけのことかもしれない……

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